ミスリルの剣

りっち

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サイザス防衛戦

49 順調 (改)

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「よっしゃー! ようやく交替だぜーっ!」

「あははっ! 訓練したことが直ぐに試せる環境って悪くないねっ」


 新人冒険者の成長と共に、全く問題が無くなった拠点防衛。

 以前はギリギリの極限状態でモンスターとの連戦を強いられていた地獄の戦場だった筈なのに、今では新人冒険者の育成と稼ぎの場みたいになってしまっているな?


 剣と魔法の訓練によってみんな飛躍的に腕を上げた。各グループに1人か2人は、体に魔力を走らせることが出来るようになってしまったほどだ。

 更にみんな解体も上手くなってきたので、大量のモンスター素材が溢れるようにしまい、余裕のある拠点防衛の人数を更に減らして、サイザスまで大量のモンスター素材をピストン輸送で運びこむ事になった。

 腕を上げた彼らなら、もう輸送に護衛なんて必要無いからな。


「ソイルさんが来てくれてから、全てが劇的に変わってくれましたよっ」

「ソイルが居てくれるなら、このまま一生防衛戦が続いてもいいくらい。お金にも困らないし」

「気を抜きすぎだっての。上手くいってる時ほど気を引き締めるんだ」


 ウキウキしているエマとトリーに釘を刺しておく。

 気を抜くのは依頼完了報告を聞いてからだ。それまでは何が起こるか分からないからな。


 全てが上手く回っているようにも思えるが、実は懸念事項も幾つかある。

 1つは、俺の他にBクラス以上の冒険者が1人も拠点に送られてこないことだ。

 イコンからだって俺以外に3人の冒険者がサイザスに向かったはずなのに、徒歩で移動していたとしてもまだ到着していないのは流石におかしい。

 討伐隊に参加するにしても、かならずこの道を通るはずなんだけどなぁ?


 2つ目は当然、この防衛任務がいつまで続くかってことだ。

 指揮個体さえ潰せば終わるって話だったが、実際その話さえ推測に過ぎないんだよな。


 そもそも俺は討伐隊にも指揮官にも接触していないので、判断材料がなにも無い状態だ。他人が舵取りしている船に強制的に乗せられてるみたいで、あまりいい気分はしねぇ。


 そして3つ目は俺の気のせいかもしれないが、モンスターの襲撃の頻度が増えているように思えるのだ。

 新人達も急速に腕を上げているのでまだまだ余裕があるが……。今後どうなっていくかは正直未知数って奴だな。




「ソイルだ。入るぜ」


 今後の見通しに若干の不安を覚えながらも、幾つかの資料を用意してニクロムのところに顔を出した。

 一応の現場指揮官として、責任者に中間報告って奴だ。


「ソイル、良く来てくれたな!」


 入室した俺を笑顔で迎えてくれるニクロム。


 彼の目の下に色濃く刻まれていたクマは随分と薄くなり、部屋の中に積まれていた書類も無くなっている。

 業務に余裕が出来て睡眠もしっかり取れているらしいな。


 ニクロムの仕事を増やしていたのも、結局は防衛現場の余裕の無さが原因だった。


 俺が到着するまで防衛の指揮を任されていたレオナは、自身の負担が大きい上に自由に動くこともできず、他の者たちにまともに指示を出す余裕すら無かったのだ。

 若者たちも限界ギリギリの状況の中で物資の管理など出来るはずもなく、乱雑で整理されていない不正確な情報がニクロムの業務を滞らせていき、ニクロムもまたこの部屋に釘付けにされてしまっていたのだ。


 余裕が出来た防衛隊のみんなで改めて物資の確認をして、古い情報は破棄してもらった。その後はちゃんと使用した物資を記録して、毎日定時にニクロムに提出している。

 国からの支援物資の補給記録を破棄してしまうのには少し迷ったが、そのせいで負担が増してしまうのは本末転倒だったからなぁ。


「ソイルのおかげで私の業務が非常にスムーズになってくれた。心から礼を言うぞっ」

「防衛隊の連中にも余裕が出来てきたからな。空いた時間を役に立てられたなら何よりだ」

「そうそう。防衛に関しても何か要望があれば遠慮なく言って欲しい。可能な限り便宜を図ろうじゃないかっ」


 ニクロムは踊り出しても不思議じゃなさそうなくらいに上機嫌だ。

 彼の頭を悩ませていたもう1つの問題である補給物資の費用も、拠点から運び出される大量のモンスター素材のおかげで一気に解決してしまったからな。


 今まではなんの生産性も無い現場に多額の費用を投入するしか出来なかったのに、今ではモンスター素材の売却で補給物資の費用を差っ引いても大幅な黒字経営だ。

 ただの防衛戦のはずが利益まで出し始めたんじゃ、そりゃニクロムも上機嫌になるだろうよ。


「便宜を図ってもらえるのはありがたいな。それじゃお言葉に甘えさせてもらうとして……」


 まずは補給物資のポーション類の数を減らして、その分を武器と矢の補充に充ててもらうようお願いする。


 若者たちはほぼ怪我をしなくなったので、ポーション類は今ある分で問題ない。むしろモンスターを狩り続けている事で、今度は武器の損耗が非常に激しいのだ。

 乱戦中に剣が折れでもしたら致命的だ。予備の武器と潤沢な矢数は用意しておきたい。


「あとこれは出来たらで構わないんだが……。もっと駆け出し冒険者を集められないか?」

「……なに?」


 低クラス冒険者ってのは数が多くて、嫌われ仕事にすらありつけずにギリギリの生活をしている奴らも少なくない。

 そんな稼げないEクラスDクラスの奴らに、ここはかなり良い稼ぎ場所になると思うんだよな。


 幸い拠点防衛は完全に黒字化しているので、ある程度なら移動費を負担してやってもいいだろう。

 満足に戦えなくても、人手が増えれば素材の解体や運搬を任せることも出来るし、満足に戦えるまで指導してやることだって可能だ。


「なるほど……! 無限にモンスターが襲撃してくる現状は、言い換えれば無限に稼げる狩場でもあるのか……!」

「今ですら素材の解体と運搬が追いついてないからな。もし戦えない奴でも、荷台が押せりゃ充分役に立ってもらえるぜ」


 ニクロムと話し合った結果、移動費と滞在費の負担、戦い方と解体技術の指導が受けられる場所だって触れ込みで、各街の冒険者ギルドに通達を出してもらえる事になった。

 あとは各地域のギルドと、本人達の判断に委ねる。


「戦えぬ者に参加されても悪戯に犠牲が増えるだけだと思っていたが……。今の状況なら、人手は多ければ多いほど良いということだな。であれば、なるべく良い条件を提示すると約束しよう」


 俺と話しながら書いた手紙を直ぐにサイザスに届けるように手配してから、ニクロムは少し憂鬱そうな表情で、話は変わるが……、と話題を変えた。


「3日後が討伐隊の帰還予定日だ。討伐に成功したかどうかに関係無く、未開地域から討伐隊が戻ってくるのだ」


 予定日まで帰還していない時点で討伐に成功しているとは思えんがな……、と零してから話を続けるニクロム。


「討伐が成功していない場合、討伐隊は1度サイザスに戻って装備品の手入れや休養を取る事になるだろうが……。指揮官であるフラスト将軍と、防衛の指揮を執るソイルは顔を合わせなければならないだろう」


 指揮官のフラストね。

 出来れば顔を合わせたくないが……。現場指揮を任されている以上無視は出来ねぇか。


「ソイルに抜けられては私も困るのでな。お前がこの場に留まれるよう進言するつもりだ。そして出来ればお前からも、討伐隊に加わりたいなどと口にしないで欲しいのだが……」


 俺の様子を窺う様に、慎重な口調で語るニクロム。

 今更だな。若い連中を放り出してバックレるつもりはねぇって。


「ああ。俺は魔力が極端に少ないから、討伐隊に志願しても役に立てるとは思えないしな。このまま防衛に参加すべきだと自分でも思ってるよ」

「そっ、そうかっ! ありがたいっ! ここでソイルに抜けられたら、またまともに寝られぬ日々に戻ると思うとつい……、な。許せ」


 心配しなくても、俺が抜けたくらいじゃもう問題ないと思うけどな。

 実際今だって最前線を離れて拠点まで戻ってきてるわけだし。


 それにしても、とうとう討伐隊と指揮官殿のご登場ってわけかい。厄介な事にならなきゃいいんだけどなぁ?
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