ミスリルの剣

りっち

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サイザス防衛戦

42 レオナ (改)

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「今ので最後だな。片付けは頼んだぜ」

「はーい、お任せくださいっ。みんな行くよーっ」


 エマがみんなを引っ張っていき、モンスターの死体掃除を引き受けてくれる。


 日没までの間に防衛を変わってやるという話だったんだけど、そんな間にも既に10回を越える襲撃を撃退することになった。

 俺自身にはさほど疲労は感じないけど、低クラス冒険者だけでこの襲撃の頻度を捌き切るのはキツかっただろうなぁ。


 ミシェルに魔力操作を教わってなかったら俺だって無理だったろうけど、1撃で殺せる魔物の群れが襲撃してきても今の俺には脅威ではない。

 俺にとっては雑魚が大量に押し寄せてくるよりも、強力なモンスターが1体現れる方が恐ろしい。




「ん……。大分暗くなってきたな」


 余裕を持ってモンスターの撃退を続けていると、そろそろ日が傾いてきたようだ。


 日が傾いてきたことで、今更ながら周囲には篝火も用意されていない事に気付いた。

 弓も使っていなかったなら、今まで夜はどうやって過ごしていたんだろうな?


 流石にエマとトリーの姉妹を含めた今回の補充メンバーに聞いてみるも、ここで防衛戦に参加した経験がないから分からないそうだ。


 防衛の合間に、姉妹が調査してきてくれた防衛隊の現状について確認していく。


「う~ん。想定以上に怪我人が多いけど、戦えないって人の数は思ったより少ないな」

「回復魔法の使い手は居ませんけど、定期的に支給される回復ポーションのおかげで重傷者は居ないようでしたからね」


 この拠点の指揮官はあまり有能に感じないけれど、少なくとも気前がいい御仁ではあるらしい。

 物資は大量に用意してくれるし、使った物資の費用をあとから請求するような事はしないと名言してくれているおかげで、重傷者には惜しまずポーションを使用してこれたようだ。


 なんだかんだ言って有能な人ではあるのかもしれない。ただちょっと視野が狭いだけで。


「それにしても、軽傷の者にまでポーションの使用を認めて良かったんですか? 私達が来たばかりですし、次の補給までは少し時間が空くかと思いますけど……」

「いいんだよ。まずは防衛隊の態勢を整えるところから始めないといけねぇからな」


 さっきエマとトリーに指示を出して、負傷している者には軽傷でも惜しまずポーションを服用させたのだ。


 ポーションなんてCクラスの頃ですらほとんど触ったことのない高級品だ。

 俺の指示ではあっても、ポーションを乱用したことにエマは不安そうな様子を見せている。


「体調が万全じゃないとかえって怪我のリスクが高まるからな。物資に余裕があるならなるべく回復させるべきだ」

「言ってることは分かるんですけど……。貧乏性なのかなぁ私って……」

「どうせ作戦が終わったら回収されちまうモンを節約しても仕方ねぇさ。今使うべきものは遠慮無く使わせてもらおうぜ」


 不安そうなエマを安心させるために俺の意図を説明していると、拠点の方から凄い人数が俺に向かって来た。

 先頭にいるトリーが代表して報告してくれる。


「ソイル。みんな集めてきた。ポーションを服用したおかげで動けない人もいない。正真正銘防衛隊の全人数、私たちを含めて126名」


 トリーには一旦拠点まで戻ってもらって、1度全員と顔合わせする為に全員に前線まで来てもらうようお願いしたのだ。

 集まった冒険者たちはやはり年若い冒険者ばかりで、一時的に防衛を任された俺が無事な事実に安堵の表情を浮かべている。


「物資には余裕があるからな。装備品が損耗している奴らは遠慮無く新品に交換してくれ。その分働いてもらうけどなー?」


 怪我の治療の次は装備品の交換だ。精神的な余裕がある今のうちに、万全の態勢を整えてもらわないとな。


 さて、俺も含めて126人か。40人規模なら3交代制でもいけるかな?

 昼と夜の2交代にして1グループを休ませるべきか。それとももう少し細かいグループ分けをして、1回の防衛担当時間を短くしてやるべきか……。


 トリーの後ろに並んでいる沢山の若者を見ながら、俺は彼らの運用方法を思案する。

 その時、参加者の中に凄まじい量の魔力を感じ取ってしまった。


「……おお? こりゃあ、すげぇなぁ」 


 ここからだと誰なのか分からないけど、1人ミシェル並の魔力を持ってる奴が居るっぽいな?

 ここにいる奴らはみんなEかDクラスのはずだし、持って生まれた才能、天才って奴かぁ。居るところには居るもんだねぇ。


「貴方がBクラスのソイルさんよね?」


 落ち零れの俺が眩い才能の存在に複雑な想いを抱いていると、集団から黒いローブにつばが広い帽子を被った、どう見ても魔法使いであろう若い女が前に出てきた。


「私はCクラスのレオナ。魔法使いよ。一応今まではこの場所のリーダー扱いされてたわ」

「なるほど。レオナはそのままリーダーを続けたいとか?」

「まさかっ。今までCクラスってだけでここの代表扱いだったけど、私には荷が重かったの。だからソイルさんが来てくれてありがたいわ」


 レオナと名乗った若い女性が右手を差し出してきたので握手する。友好的に迎えてもらって何よりだ。

 だけど俺だってBクラスってだけでいきなり指揮を任されてるんだよなぁ……。ま、言わないけどさ。


「改めて、俺はBクラスのソイルだ。剣と弓を扱える」

「ええ、少しだけど見てたわ。頼りにさせてもらいます」

「俺もこんな大人数の指揮なんか経験したことないけどな。任された以上は精一杯頑張らせてもらうよ」


 後ろに並んでいる面子からホッとした空気が伝わる。俺とレオナが揉めたら面倒な事になってただろうからな。

 俺の方がクラスは上だが、この現場に限って言えばレオナの方が先輩だ。彼女を蔑ろにするよりは、彼女と協力した方がどう考えても効率的だろう。


 レオナとの挨拶が済んだ後、集まっている冒険者にも簡単に挨拶を済ませて、今後の防衛体制の説明をしていく。


「今回補充された8名を含めて、現在この場所は126名の冒険者達が居る事になる! これからは40人前後の3グループに分けて、交代で防衛をしたいと思ってるんだ!」

「40人前後……。なら今までより大分余裕があるな」

「交代制ならゆっくり休めるね……。休めないの、ほんっと辛かったから……」


 俺の提案も特に反発も無く聞き入れてもらえているようだ。


 俺が1人でも防衛できた程度のモンスターの群れに40人規模の防衛人数は、本来なら必要無いかもしれない。

 けれど俺はまだ新参者で、ここにいる連中とも充分な信頼関係を築けているとはとても言いがたい。始めは安全策を取るべきだ。


「同じパーティに所属している者を中心に3グループに分かれてほしい! 多少の人数の誤差は気にしなくていいから、なるべく同じパーティのメンバーは同じグループに所属してくれ」


 同じパーティを組んでいるメンバー同士は、なるべく同じグループで活動してもらう。

 人数にはかなり余裕があるので、グループ毎に多少に人数差が出来てしまっても、さほど負担にはならないはずだ。


「グループ分けが完了したら代表の者が俺に声をかけてくれ! 質問がある奴は遠慮無く聞きに来てくれていいからなー!」


 新参者の俺がグループ分けを指示するのは難しいので、本人たちに話し合って決めてもらう事にする。


 俺の言葉にザワザワと喧騒が強くなるが、揉めている雰囲気はない。グループ分けも思ったよりスムーズに進んでいるようだ。

 ギリギリの状況の中で防衛戦を繰り返してきた連中だ。結束が強まっていても不思議じゃない。


「レオナ、1つ教えてくれ」


 グループ分けが終わるまでに、襲撃してくるモンスターに矢を放ちながら、前任の責任者であるレオナと情報交換しておく事にした。


「モンスターたちは夜も襲ってくるんだよな? 見たところ篝火の跡も無いんだけど、夜間は今までどうやって凌いでいたんだ?」

「それがねぇ……。私がひと晩中照明魔法イルミネイトを維持して持たせてるの。1人でね……」


 ウンザリとした表情を浮かべて、吐き捨てるように説明するレオナ。

 夜の帳が下り始めている空を忌々しげに睨みながら、更に言葉を続けてくる。


「でもひと晩中張り付いてないといけないし、魔力消費も半端じゃないし……。私1人の負担が大きすぎて、はっきり言って辛いわね……」


 矢を放つ俺にどん引きしながらも、疲れ切った様子で口を開くレオナ。


 いくらなんでも、たった1人で連日連夜照明魔法を発動し続けるなんて正気の沙汰じゃない。

 それでも他に出来る者がいないからと、レオナは歯を食い縛って耐えていたんだろうな。


「俺は使えないけど、イルミネイトって割と初歩的な魔法だよな? レオナなら人に教えたり出来るか?」

「ん。教える事は可能だと思うけど……。私は他人の魔力量を測ったり出来ないから、誰に教えるべきかが分からないわ」


 少し思案した後、力なく首を振るレオナ。


 俺にとっては自然に出来ることだけれど、魔力感知の魔法はミシェルクラスですら簡単に習得できない超高等魔法の1つらしいからな。

 ひと晩中イルミネイトを発動できるレオナが優秀なのは間違いないだろうけれど、それでもまだ魔力感知は使えないみたいだ。


「手当たり次第に教えて回れっていうのなら、申し訳ないけど断らせてもらうわよ。ただでさえ大きい私の負担が更に増えちゃうじゃないの」

「それなら大丈夫だ。逆に俺は魔法が使えないけど人の魔力量を感知することが出来るからな」


 へっ……? と呆けた表情のレオナ。

 魔法使いのレオナは、魔力感知の難易度を俺以上に理解しているのかもしれない。魔法使いでも無い俺がどうしてそんな高等技術を? って感じか。


 ま、俺の魔力感知は落ち零れ故の能力なんだけどよ。


「ほほほ本当にっ!? それなら私の負担も一気に減るし、ひょっとしたら夜に眠る事も出来ちゃうの!?」

「まぁ教えるのはレオナだから、始めは負担が増えちまうんだがな……」


 ミシェルに魔力制御を習いはしたが、俺の魔力では初歩的な魔法を行使することすら難しいと、魔法については何も教えてもらえなかったからな。

 疲れ切ってるレオナには申しわけねぇが、イルミネイトの指導はレオナに担当してもらう他無いのだ。


「俺がそれぞれのグループのメンバーから2、3人魔力が多い奴を選別するから、イルミネイトを教えてやってくれないか?」

「やるやるっ! やるに決まってるわよっ! ここに来てから夜はずっと起きてなきゃいけなくて、生活リズムが狂って肌は荒れちゃうし、もうほんと泣きたくなってたのよぉっ!」


 凄い剣幕でレオナが俺に詰め寄ってくる。

 っておおい!? 命よりも肌荒れの心配かよ!?


 間近で見てもレオナの肌が荒れてるようには見えないんだけど、女には譲れないことなのかもしれない。労いの意味も込めてフォローしておいたほうが良さそうかな?


「落ち着いてくれレオナ。これだけ近くで見ても、肌荒れなんてちっとも気にならないくらいには美人だぞ?」

「……へっ? あっ……」


 俺の言葉が予想外だったのか、思考が停止した様に動きを止めるレオナ。

 そのおかげでレオナはようやく、俺と鼻先がぶつかりような距離まで詰め寄っている現状に気付いたようだ。


 真っ赤になって固まってしまったレオナから、俺のほうからやんわり距離を取ってやる。


「肌荒れ対策って訳じゃないが、魔法使いであるレオナが全く戦いに参加できないのは勿体無さ過ぎるからな。もう少しレオナの負担を減らして、少なくとももうちょっと自由に動ける様にはしてやるつもりだ」


 大量に襲い掛かってくるモンスターの大群。そんな相手には殲滅力の高い攻撃魔法こそが有効のはずだ。

 レオナを照明代わりに使い潰すなんて馬鹿のすることだろう。


 ……必死に戦い続けていたここにいるメンバーを責めることなんて出来はしないがね。


「本職の魔法使いのレオナに魔法を教えてもらえるんだから、教わる側のメリットもでかいだろう。レオナ。頼めるかな?」


 俺が魔力操作を覚えて人生が一変した様に、魔法使い志望でなくても魔法使いに指導を受ける意味は計り知れない。

 レオナの指導を受けたがる奴はいくらでも居るはずだ。


 っと、流石に今から指導しても今晩には間に合わないか……?

 いきなり前言を撤回する事になってかっこ悪いけど、これはレオナにちゃんと謝罪すべきだな……。


「あー……、偉そうなこと言って申し訳ないが、流石に今晩はレオナに頼らざるを得ないと思う……。悪いけどレオナ、今晩まではイルミネイトを担当してもらっていいかな?」


 なるべく高圧的にならないようにレオナにお伺いを立ててみる。が、レオナは未だに固まったままだった。


 ふむ。確かに負担を減らせると希望を持った瞬間に、やっぱり今日は担当してくれと言われたら相当ショックだったのかもしれない。彼女には申し訳ないことをしてしまった。


「こ、これが高クラス冒険者ですか……! 無自覚と言うのは恐ろしいですね……!」

「自覚が無いから色々と振りまいてそうだね。でも前任者と仲がいいのは、防衛隊にとってはプラス」


 エマとトリーがコソコソなにか言っているけど意味が分からない。


 っと、そろそろあたりも暗くなってきたし、急いでイルミネイト習得希望者を選出しないといけないな。

 2人の話は重要そうでもないし、とりあえず気にしなくてもいっか。
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