ミスリルの剣

りっち

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サイザス防衛戦

35 実績 (改)

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 ネクスでの楽しい夜を終えて、俺に冒険者としての日常が戻ってきた。

 この年までソロだった俺は新しくパーティを組むことも出来ない。魔力操作を覚えてからも結局1人であることは変わらない。


 1人で活動していると、なんだか賑やかだったミシェルとの旅が夢だったような気がしてくるから困るぜ。

 彼女に教わった魔力操作の技術と、目の前のモンスターに振るわれる薄青い美しい剣が、あの旅が夢でなかったことを俺に教えてくれてはいるがね。


 今日は冒険者ギルドの紹介で、Cクラスの俺がソロでこなすには少々厳しい討伐依頼を請けている。


「グルルルル……」


 目の前には依頼対象の巨大な獅子のモンスター。俺にとっては因縁深い相手だった。


 マンティコアと呼ばれる目の前のモンスターは、激昂した様子で俺を激しく威嚇してくる。

 ……が怖くもなんともない。今の俺には、このくらいのモンスターを相手取るのは難しくないからな。


「ガアァッ!」


 剣を構える俺に対して、マンティコアが意を決して飛び掛ってくる。

 人の身体能力の限界を遥かに超えたスピードだが、今の俺には充分に対応できる。


 相手の体内を走る魔力を感知し動きの先を読み、自分の体にも魔力を走らせ身体能力を上げる。

 マンティコアの爪は空を裂き、擦れ違い様にがら空きのわき腹を斬りつける!


「ギャウッ!?」


 ……が、浅いか!


 しかし反撃を受けるとは思っていなかったのか、想定外の痛みに怯むマンティコア。

 慌てて俺から距離を取ろうと後ろに下がるが、そんなもん追撃するに決まってるだろっ!


「はぁっ!」


 魔力で強化した追い足からの斬り下ろし! は避けられる。

 更に追撃の横薙ぎで顔を斬りつけるが、これも浅いか!


 顔の傷をものともせずに距離を取って、俺を睨みつけるマンティコア。

 その胸の辺りから頭部に向かって、大量の魔力が送られていくのが感じられた。これってブレスか!?


 でも悪いが、魔力を感知できる俺相手にブレスは悪手だぜ!


「ガアアアアア!!」


 モンスターの口から灼熱の火炎が吐き出される。

 だが吐き出された火炎の先に俺の姿はない。ファイアブレスが吐き出される瞬間に踏み込んで、顔の横に移動したからな。


 ブレスは確かに強力な範囲攻撃だけどよ。発射される場所とタイミングが分かってりゃあ怖くないんだよっ!


「っせぇい!」


 そして俺は無防備に炎を吐き出し続けるその首元目掛けて、薄青く煌く剣を全力で振り下ろす!


「ギャインッ」


 魔力操作で瞬発力を上げた俺のミスリルの剣による全力の斬り下ろしは、まるで水を切る様に抵抗無くマンティコアの首を骨ごと両断する。

 一刀の下に首を断たれたマンティコアは、己が斬られた事も気付かないうちに絶命した。



「……まさか俺が、コイツを1人で仕留められるようになるとはね……」


 マンティコアは、俺の師匠の命を奪ったモンスターだった。

 師匠の命を奪った個体はその場で討伐されたから敵討ちでもなんでもねぇんだが、それでもなんだか1つの心残りが解消されたような気分になれた。


「……さてと。感傷に浸ってばかりもいられねぇ」


 戦闘が終了し、周囲に新手のモンスターがいないことを魔力感知で確認する。

 このモンスターが強力な個体だったせいもあってか、近くに他のモンスターの気配は感じられないようだ。


 地面に転がった首を回収し、少し離れた場所に置いておいた荷車に魔物の死体を乗せる。

 最高に重くてやってられねぇんだけど、今回の依頼はコイツの素材全てだ。なるべく傷をつけず、解体も控えるように言われてるからな。討伐に成功したコレからこそが本番だ。


「ぐおおおおっ……! 魔力操作習ってなかったら、運搬すらできなかったなこりゃああああ……!」


 魔力で身体能力を上げながら、しかしガス欠にならないように配慮しつつ、荷車を引いてイコンに戻った。


 無事に帰還した俺は、冒険者ギルドで落ち合った依頼人にモンスターの死体を引き渡す。


「正しくマンティコアの死体だね! よくやってくれた!」


 依頼人である商人の男は、持ち込まれた依頼品の状態を興奮気味に確認している。


「目立った傷はわき腹と首のモノの2点だけか! 実に素晴らしい! 血液は流石にどうしようもないが、他の素材はほぼ完全な状態と言っていい!」

「お褒めに預かって光栄ですよ。これで依頼は完了でいいっすかね?」

「うむ! 素晴らしい仕事だったぞ! 報酬には色をつけようじゃないか!」


 お、マジか? 追加報酬とは気前が良い依頼人だ。冒険者に感謝を示す方法ってモンをよく分かってやがらぁ。


「おーい! マンティコアは店に運んでおいてくれ! 私は依頼完了の手続きをしてから戻るから!」


 お付きの者に指示を出しながら 上機嫌でクエストカウンターに割符を渡している依頼人。

 冒険者ギルドで落ち合えば割符を俺が受け取る意味も無いからな。手っ取り早くて助かるぜ。


「それではなソイルとやら! また何かあったら頼むぞ!」

「そいつは光栄ですね。宜しくお願いしますわ」


 依頼人は納品されたマンティコアが気になるのか、挨拶だけを済ませて大急ぎでギルドを出て行った。

 ふむ、いい依頼人だったな。仕事が終わった後にダラダラと冒険者を拘束しないあたりが特に。


「ソーイールーさ~んっ!」

「うわっ! いきなり大声で人の名前呼ぶんじゃないっての!」


 依頼人を見送っていると、俺の背後からトゥムちゃんに大声で呼ばれてビビってしまった。

 クエスト完了直後の気を抜いた瞬間を狙いやがって。暗殺者かトゥムちゃんは?


「……それで? 何か用かトゥムちゃん。報酬受け取りに俺から受付に行くところだったんだけど?」

「ふっふっふ。聞いて驚かないでくださいよ~?」


 俺の問いに、チッチッチッと人差し指を振るトゥムちゃん。

 いつもふざけた態度の彼女だけど、今日は普段より心なしかテンションが高いな?


 トゥムちゃんってどこまでが冗談かわかんねぇから、テンションについていけねぇ時があんだよな……。


「ぱんぱかぱーんっ! おっめでとーございますっ! 今の依頼でソイルさんは、めでたくBクラスに昇級ですよ~っ! ぱちぱちぱち~」

「あ? しょ、昇級……?」


 ぱんぱかぱーんっ! と謎のメロディを口ずさみながら、トゥムちゃんは予想もしていなかったことを告げてきた。

 昇級よりもトゥムちゃんの謎のテンションが気になって仕方ないんだが?


「いや~Cクラスになってから長かったですねぇ! ソイルさんがCクラスになったのって、私が新人の時ですもんっ!」


 今じゃすっかり街で評判の美人受付嬢になっちゃいましたよーっ! と笑うトゥムちゃんを無視して、彼女の言葉を頭の中で反芻する。


 昇級……。つまり俺が、Bクラス冒険者に……?

 どうせC級止まりだと誰にも期待されなかった俺が、本当にBクラスになれたのか……!?


「トゥムちゃん、マジで……? 何かの間違いとかじゃなく……?」

「流石に冒険者の方に昇級なんてドッキリ仕掛けたりしませんって! おめでとうございますソイルさん。貴方は今日から正真正銘Bクラス冒険者ですよっ」


 そう言ってトゥムちゃんは俺に新しくなった冒険者証を手渡してくれた。


 それは今までずっと憧れていた、金属製のネームタグ。

 Cクラスまでの木製で安っぽい冒険者証と違う、金属製の綺麗な冒険者証だった。


「あ、ありがとうトゥムちゃん……」


 手渡されたネームタグを見詰めて、金属の冷たい感触に少し冷静さを取り戻す。

 落ち着くと、何で今更俺なんかが昇級をしたのかが気になってくる。


「でもなんで今になって? もう何年もCクラスのままで……。俺がBクラスに上がれることなんて一生無いんだと思ってたんだが……」

「いやいや。旅から戻ってきてからのソイルさんって、めちゃくちゃ仕事してるじゃないですか。それに依頼達成までの時間も非常に早くて、依頼の成功率も今のところ100%ですからねっ!」


 大量に仕事をこなしたのは金が必要だったから。

 依頼達成までの時間が短縮されたのは魔力操作を覚えたから。

 成功率が100%なのは、危険性の低い依頼を片っ端からこなしただけなんだけど……。


「依頼人達の評判もすっごく良いんですよ? 流石にギルドとしても評価しないわけにはいきませんって」

「次の仕事に繋がればと、依頼人には愛想よく対応していた自覚はあるけどよ……」

「愛想だけの問題じゃないですよ。仕事が丁寧ですし、依頼人の要望にも良く応えてくれてるじゃないですかっ」


 仕事が丁寧なのも、可能な限り依頼人の要望に応えたのも、全部金のためではあったんだが。

 金のためとは言え、俺の仕事っぷりが評価されたってことなんだろうか……?


「じゃあ……。本当に俺は、俺の力でBクラス冒険者になれたのか……!」

「マンティコアなんてCクラス冒険者がソロで倒す相手じゃないですしね。それを1人で、しかも傷をほぼ付けずに単独で狩ってきたんですもん。今回の依頼でダメ押しでしたね」


 俺に今回の依頼人を紹介した本人が、ソロで倒す相手じゃないとかのたまっているんだが?


 ……てか、今回の依頼がダメ押し?

 まさかトゥムちゃん。そのためにこの依頼を俺に回した、とか?


「あ、これ報酬です。大分喜んで割り増ししてくれたみたいですよ?」


 俺の疑問に気付かないトゥムちゃんがいつもの布袋を俺に手渡してきた。

 トゥムちゃんから受け取った報酬の袋は、受け取った俺の手にズッシリとした重みを伝えてくる。


 その報酬の重みで何故か俺は、Bクラスに昇級したことを実感できた。


「ソイルさーん? いっぱい報酬貰ったら、お世話になった人にお礼とかしてみる気はありませんかー?」

「あ? お礼?」 

「例えば美人で可愛い受付嬢さんを飲みに連れていってくれるとかーっ!」


 両手を頬に当てて、どうですかー? っと首を傾げて俺を見てくるトゥムちゃん。


「くく、ははははは! そうだな! 美人受付状のトゥムちゃんにはいつも御世話になってるから、お礼くらいしねぇとな!」


 くっそ……! 甘え上手なんだよなトゥムちゃんって!

 悔しいけどこういうところが人気なんだろうなぁ、まったくよっ!


「あ、あとガンツも呼んでいいか? 時間はトゥムちゃんに合わせるからよ」


 世話になった相手へのお礼ってんならガンツの野郎を呼ばないわけにはいかねぇだろ。

 報酬もたんまりいただいたし、たまにゃあパーッと景気よく奢ってやるぜぇ!


「あーら、ソイルさんは私と2人きりで飲むのはお嫌でしたー? なんちゃってっ」


 ……うん。正直な話、トゥムちゃんとのサシ飲みは勘弁して欲しいんだ。

 だってトゥムちゃんにつき合わされると一瞬で潰されちまうからな。生贄が必要なんだよ。


 元々ガンツを交えて3人で飲むことも多かったおかげで、トゥムちゃんも疑問に思うことなく生贄の召喚を了解してくれた。


「それじゃ日が落ちたらガンツさんと席取っといてくださいよ。3人でパーッとやりましょう! ソイルさんの奢りでっ!」

「流石に今日くらいは素直に奢らせてもらうって! 好きなだけ飲んでくれよっ!」


 イコンの冒険者ギルドの看板娘と、この街1番の鍛冶師と飲むなんて光栄だね。

 光栄すぎてまだ酒を飲んでもいないのに、もう酔っ払ったみたいなフワフワした気分になってきちまうぜ。


 Cクラス止まりと言われた俺が、こんなにあっさりBクラスに上がれるなんて……。

 これもミスリルの剣のおかげ、と言いたいところだけど……。どう考えてもミシェルのおかげだよな。
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