ミスリルの剣

りっち

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大きな依頼

33 完成 (改)

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 3日間ほど集中して、滞っていた雑務をこなしていった。

 かなりのペースで依頼をこなしたはずなのに3日もかかるとは、いったいどれだけの依頼が滞っていたんだか……。


 安い仕事ではあったが数をこなしたのでまぁまぁの報酬になり、2日目からは宿のランクを上げることができた。

 流石に最初の宿にミシェルを宿泊させ続けるのは、俺のほうが落ち着かなかったからなぁ。これでひと安心ってもんだ。


「「おつかれさまーっ!」」


 すっかり片付いた依頼書を前に小躍りしているトゥムちゃんと、なぜかトゥムちゃんとハイタッチしてはしゃぐミシェル。


「ソイルさん! ミシェルちゃん! あっりがとー! これで滞っていた仕事は全部消化しましたよー!」

「トゥムちゃんもお疲れさん。おかげで当分は生活費に余裕が出来たよ」

「いえいえーっ! 溜まってた依頼を全て斡旋した私の評価も上がっちゃいますし!? みんなハッピー!」

「いえーいトゥムさんありがとーっ! 全消化祝いに今晩の夕食一緒にどう!? 奢ってくれるってよ、ソイルが!」

「なっ!? ミシェル! なに勝手なこと言って……!」


 喜ぶ2人を微笑ましく眺めていたら、テンションの上がったミシェルが突然爆弾発言をしやがった。


「いいかミシェル!? お前はトゥムちゃんがどれだけ飲むか知らねぇからそんなことが……!」

「いぇーいミシェルちゃんナーイス! ソイルさんっ、ご馳走になりまーっす!」

「なんで2人ともそんなに仲良くなってんの!? この3日間で何があったの!? ねぇ!?」


 見事な連携で瞬く間に奢りの流れを不動のものとするミシェルとトゥムちゃん。

 世話になった2人にお礼をするのは吝かじゃねぇんだが……。


 いつものメンバーにトゥムちゃんを交えた騒がしくも楽しい夕食の代償に、3日間の報酬は泡となって消えていった。




「街の中での仕事はもう残ってないし、今日からは討伐系や採取系の仕事もこなそう」

「ようやく冒険者っぽい仕事が出来るのね。街中の仕事も新鮮ではあったけど」


 嫌われ仕事を全て消化した後は、採取依頼や討伐依頼をみんなで協力してこなしていった。


 特に採取依頼は森の歩き方や植物の見分け方など教えることも多く、ミシェルも採取依頼のほうを優先して請けたがった。

 強力な魔法を惜しげもなく放てるミシェルにとって、討伐依頼ではあまり学べるものが多くないのだ。




「しっかり離れてね? フレイムサークル!」

「おお、こりゃありがてぇ……」


 しかし討伐依頼は討伐依頼で、ミシェルがいるから聖油を全く使用する必要がなく、その分が全て報酬に上乗せされていく形になった。

 旅の間にも思ったことだが、魔法を使えるってだけでこんなにも世界が変わってくるもんなのか。


「ソイル。貴方随分仕事しすぎじゃない? もう少しゆっくりしようって気は無いわけぇ?」

「悪い悪い。みんなのおかげでサクサク依頼がこなせるのが楽しくって、ついな」


 魔力操作を習得した今の俺には、Cクラスで斡旋される討伐依頼など簡単な仕事になってしまった。魔力操作なしでもこなしていた内容だからなぁ。

 それにやっぱりダイン家に用意してもらったこの剣の性能も素晴らしい。メインとして使ってやれる期間があまり長くないのが申し訳ないくらいの品質だ。


 そうして依頼をこなしながら、10日という時間は瞬く間に過ぎていった。





「お、来やがったかソイル。完成してるぜ。お前の15年間の集大成って奴がよぉ」


 約束の納品日。店の中で不敵な笑みを浮かべて仁王立ちするガンツの姿。

 ミシェルに追い立てられて朝イチでガンツに会いに来たのだが……。どうやら早すぎたということもなかったようで安心した。


 自信に満ちた表情のガンツは、余計なことは一切言わずに1度店に引っ込んで、奥からひと振りの剣を持って戻ってきた。


「これがソイルの為だけに打った、ソイルの為のミスリルの剣って奴だ」

「これがガンツが打ってくれた……、俺専用の剣っ……!」

「我ながら悪くない出来だと思うぜ。さぁ受け取ってやってくれ、ソイル!」


 鞘に納められた剣を、ガンツから恭しく受け取る。


 思った以上に軽い事実が、この剣の品質を物語っているかのように思えた。

 これが最高品質。これが最高水準って奴なのか……!


「ねぇソイルっ。剣を抜いてみて欲しいの。私、ソイルの剣を見てみたいっ」


 剣を受け取って身動きが取れない俺の袖を引っ張りながら、ソワソワした様子のミシェルが俺を急かしてくる。


「あ、ああそうだな。悪い、ちょっとぼうっとしちまってな……」


 ようやく手に入れたミスリルの剣を前に、つい感極まってしまったぜ。

 ミシェルに言われるまでもなく、早く俺の剣の本当の姿を拝んでやらねぇとなっ。


 意を決して握った柄が俺の手によく馴染むようだ。流石はガンツ。いい仕事してる。

 そのままゆっくりと剣を引き抜いていくと、薄青く輝く美しい剣の姿が顕わになった。


「…………っ」


 思わず息を飲んでしまう。それほどの美しさ。

 朝日に煌くその美しい刀身に、俺の目と心が釘付けにされる。


「綺麗……。これがソイルの剣なのね……」


 うっとりとしたミシェルの声。

 今この場をミシェルと共に迎えられたことが嬉しくて仕方ない。神にでも祈りたい気分だった。


「ねぇソイル。これが貴方の15年間の結晶なのだとしたら、貴方が積み重ねた15年間って、なんて美しいんでしょうね……」

「はは……。流石に俺の15年がこんなに綺麗なわけねぇだろ……。これは……、俺には勿体無いくらいの剣だよ……。まるで、まるで……」


 まるで、ミシェルのように美しい剣だと思った。


 俺のような魔力を殆ど持たない人間なんかに、親身になって魔力操作を教えてくれたミシェル。

 この美しいミスリルの剣は、ミシェルの気高く美しい在り方の如き存在に思えた。


「まるで、なぁに? ソイル」

「ん、いや……。なんでもねぇ。なんでもねぇよ……」


 言葉に詰まる俺を、首を傾げながら見上げてくるミシェル。

 その視線から逃げるように、ガンツのムサい親父面に視線を移す。


「ありがとなガンツ。想像も出来なかったほどの1品だったぜ」

「ガハハ! ソイルも随分素直になっちまったなぁ!?」


 なんだかミシェルの顔をまともに見るのが恥ずかしくて、つい目と話題を逸らしてしまった。

 しかし礼を言われたガンツは、職人としての自信とプライドに満ちた様子で嬉しそうに笑ってくれた。


「今後はそいつのメンテナンス面で付き合っていくことになりそうだな。よろしく頼むぜソイル」

「……ああ! これからも宜しくなっ!」


 そうだ。念願だったミスリルの剣を手に出来たけれど、コレは決してゴールなんかじゃないんだ。

 俺はこれから、この剣に相応しい冒険者として振舞わなければいけないんだ。


 気を引き締めて、剣を鞘に納めなおし腰に下げる。

 だけど腰に感じる重みでもう1度実感する。とうとう俺は、念願のミスリルの剣を手に入れる事が出来たんだと。


「ソイルさん。お嬢様。剣の受け取りは済みましたか?」


 感極まっていると、店に同行していなかったグリッジが店の外から声をかけてきた。

 コイツらとも剣の受け取りを共有したかった気持ちもあるし、ミシェルと2人で剣を受け取れたことが嬉しいような気持ちもある。我ながら複雑だぜ。


「おかげさまでな。この通り無事に受け取ったぜ」


 腰に下げた剣を軽く叩いてみせる。


「それは何よりです。念願叶っておめでとうございます」

「お前にもかなり世話になったよグリッジ。ありがとな」


 しかしグリッジは軽く頷いて見せただけで、真剣な表情をして全く別のことを俺に伝えてきた。


「それではお2人ともすぐに馬車へ。急いでネクスに向かいますよ」

「「へ?」」


 俺とミシェルの声が重なる。

 え、この流れで、何でいきなりそんな話に……?


 状況が飲み込めない俺とミシェルに、珍しく焦った様子のグリッジが捲し立ててくる。


「お嬢様お忘れですか? 私たちの滞在が許された期間はもう過ぎているんですよ。恐らくそろそろダイン家の者が違和感に気付き、イコンに迎えを差し向けていることでしょう」


 さ、差し向けるって。追っ手や刺客じゃねぇんだからさ……。

 だがグリッジの焦りようは、正に逃亡者の様子そのものにしか見えない。


「彼らに捕まって強制送還されるより、多少予定がズレこんだけど自主的に帰還した方が旦那様の心証は大きく変わってくるでしょう。分かったら急いでください。ほらっ、ソイルさんもグズグズしない!」

「「は、はいっ!」」


 グリッジの剣幕と勢いに圧された俺とミシェルはむりやり馬車に押し込められて、大急ぎでネクスへと向かう事になった。

 ネクスへの馬車移動って、なんかいつも余裕ねぇな!?


 グリッジとスティーブの2人はこまめに交代しながら、殆ど休まず馬車を走らせ、馬が潰れないギリギリを見極めつつネクスに急ぐ。

 この2人、相変わらず雇い主のご令嬢に配慮する気は一切無いらしい。

 だが以前の旅で逞しく成長したミシェルは、激しく揺れる馬車の中でも何とか最後まで耐え抜いてみせた。


 そのおかげでなんとか追っ手……、もとい迎えが差し向けられる前に、俺たちはネクスに到着することが出来たのだった。
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