ミスリルの剣

りっち

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26 ソイル④ (改)

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 翌日、ミシェルが渦の破壊に打って出ることを告げられる。どうやら俺が模擬戦をしているうちにダニーが渦の情報を掴んできたらしい。流石だ。

 慌ただしく準備をしているところを見ると、ミシェルたちはこれから直ぐに渦の破壊に赴くようだった。


「ソイル。悪いけど貴方にも同行してもらうわよ。今のソイルを1人にするわけにもいかないし」

「あ、そうなのか。うん、分かったよ」


 ミシェルが不在の間は宿で訓練を続けるつもりだったが、俺もまたミシェルの護衛を言い渡され、渦の破壊に同行する事になった。

 剣と弓を手に取り、直ぐに準備を整えた。



 ダニーの案内で、渦があるという森の中に足を踏み入れる。

 森に入った俺はミシェルの護衛に集中しなければと思いながらも、初めて触れる洪水のような情報量に圧倒されてしまった。


「う、おぉ……?」

「え? ソイル、どうかした?」

「あ……。いや、なんでもないよ、ごめん」


 思わず漏れてしまった俺の声に反応して首を傾げたミシェルに、なんでもないと手を振って応える。

 実際、何でもなくなんてないんだけどな……。


 魔力を感じ取れるようになったことで、この世界は本当に魔力に満ち溢れているということが改めて理解できる。

 森の中は魔力に溢れていて、その膨大な魔力の流れになんだか酔ってしまいそうになる。


 ……これほど魔力に満ちた世界で、俺自身の魔力のなんと頼りないことか。


「ん? なんだこれ……」


 森に溢れる魔力を感じ取っていると、受け取る魔力に違和感を覚えた。

 なんだか森から伝わる魔力が少し歪な気がする。まるで何かに魔力を奪われているかのように、森全体の魔力が一定方向に流れてしまっている。


 この異常な魔力の流れの原因があの渦であるとのなら、この森の中にあの渦があるのは間違いないってことだ。

 流石ダニー。疑っちゃいなかったが、お前さんは本当にいい仕事をする。


「ダニー。渦はあっちなんだろ? 魔力があっちに流れてるから」

「は……? 魔力の流れ? ソイル、お前なに言って……」

「あっ……悪い。何でも無いんだ……」


 思わず浮き足立って、指示も無いのにダニーに話しかけてしまう。

 指示も無いのに俺が話しかけたせいで、ダニーが困惑してしまっている。また迷惑をかけてしまった……。


 大人しくミシェルの後ろに下がろうとする俺を、そのミシェルが引き止める。


「……ダニー、行ってみましょう。ここでソイルが嘘を吐く理由が無いわ」

「……同感です。お嬢様に任せますよ」


 いや、ダニーは事前に渦を発見してるんだろ? ならダニーに案内してもらうのが1番確実なはずだ。

 そう口を挟もうとしたけれど、ダニーとミシェルの会話に俺が口を挟む権利なんてあるわけがない。


「ごめんなさいソイル。先頭に立ってみんなを案内してもらえる?」

「……ああ。案内すればいいんだな。分かったよ」


 ダニーと相談したミシェルが、俺に森の案内を命じてくる。


 既に渦を発見しているはずのダニーを差し置いて、なんで俺なんかが案内する必要があるのか……。

 そんな風に思わなくもないけれど、ミシェルが望むなら応えるだけだ。


 道中のモンスターを切り捨てながら、魔力の流れに沿って進む。

 森の奥に進むにつれて魔力の流れが速くなる。森全体の魔力は薄くなっているのに、周囲に漂う魔力はむしろ濃い。歪で不快な環境だな。


 暫く魔力の流れに従って歩き続け、ようやく森の魔力を奪い続ける渦のある場所に到着した。


「本当に、渦があった……!」


 誰かの声が聞こえたが、魔力の流れに沿ってくれば分かるだろ。

 そもそもダニーが渦を発見したから森に打って出たんじゃなかったのか? 渦がある事に驚いてどうするんだよ。


 それにしても……。今までなんて無駄な事をしていたんだろうな。聞き取りなんてしなくても、魔力を感知出来れば渦の有無なんて1発で分かるんじゃないか。

 ああ、だから以前の死の森の調査でも、渦の存在だけは確信していたのか。


「……話は後にしましょう。まずは渦を破壊してしまわないと」


 渦を前に雑談は無用と、ミシェルの言葉で全員が配置について渦の破壊に臨む。

 そして主戦力であるミシェルは、すぐに呪文詠唱を開始する。


「『我が肉体カラダコトワリの器。我が両手は滅びのしるべ』……」

「これは、凄いな……」


 護衛中なのも忘れて、思わず感嘆の言葉が漏れてしまう。

 魔力が感知できるようになったおかげで、ミシェルの呪文詠唱の凄まじさがより一層理解できるようになった。


「『我が理は退魔の光。穢れし命を世界に還せ。穢れを祓いて世界に帰せ。魔に染まりしその憐れな生命を、万物流転の流れに返せ』……」


 まるでミシェルの言葉全てが魔法陣の役割を果たすかのように、周囲から魔力が集められていく。

 集まった魔力はミシェルの体内に宿り、そこからミシェルの魔力と溶け合い増幅されて魔法が完成する。


 ……まさに人魔一体。これが攻撃魔法の究極系、呪文詠唱の本質なのか。


「『顕現せよ。閃天雷火』」


 夥しい量の魔力が込められたその魔法は、全ての威力を目の前の渦に集束させていく。

 詠唱の完了と共に放たれた浄化の炎は、まさに神の奇跡の如き威力と言っていいだろう。


 ――――だが。


「……ミシェル。渦が壊れてない」

「えっ!?」

「もう1回必要だ。それまでは食い止めるから」


 言うべきことを伝えたら、すぐにミシェルの前に出る。

 俺はミシェルの護衛を言い渡されているんだ。言われたことはこなさないと。


「う、嘘でしょ!? 呪文詠唱でも破壊できなかったですって!?」

「ミシェル様! 疑問は後です! 急ぎ詠唱を再開してください!」


 今まで1撃で渦を破壊してきたミシェルの呪文詠唱。だけどなぜか今回は渦の破壊に失敗してしまったようだ。


 ミシェルが放った魔法を糧に、渦から膨大な数のモンスターが凄まじい勢いで飛び出してくる。

 一旦剣を鞘に収めて弓に持ち替える。距離がある今のうちに少しでも数を減らそうか。


「『我が肉体カラダコトワリの器。我が両手は滅びのしるべ』」


 ミシェルが2発目の呪文詠唱を開始した。

 これが放たれれば俺達の勝ちだ。それまでミシェルを守り抜けばいい。単純なルールだ。


 弓を番える動作を魔力で加速し、弓が尽きるまでとにかく矢を放ち続ける。


「『滅びの炎よ。浄化の光よ。我が足元より立ち上り、器を通りて形を成せ。我が望むは魔の滅び。我が願うは清き祓い。世界にたゆたう意志なき力よ。形を成して意思を成せ。意思となって力と還れ』」


 ミシェルが言葉を紡ぐごとに、世界中から魔力が集まりミシェルに流れ込んでいく。


 ……本当に呪文詠唱は美しい魔法だと思う。

 周囲から魔力を集めている点では渦と同じなのに、これは奪っているのではなく贈られている様にすら感じられてしまう。


「っと……準備不足だったな」


 大量のモンスターに対して直ぐに矢が尽きてしまった。

 弓を投げ捨て前に出て、モンスターを斬るべく剣を振るう。


「『我が理は退魔の光。穢れし命を世界に還せ。穢れを祓いて世界に帰せ』」


 迫り来るモンスターを片っ端から切り捨てながら、この場に集う魔力の奔流に感動する。

 ミシェルの美しい呪文詠唱のおかげで、地獄のような状況が天上の風景のように思えて仕方が無い。


「『滅びの炎よ。浄化の光よ。我が足元より立ち上り、器を通りて形を成せ』」


 渦から溢れ出るモンスターは斬っても斬ってもキリがないが、俺の役目はモンスターの殲滅じゃなくてミシェルの護衛だ。俺自身が無理をする必要はどこにもない。

 ただひたすらに、モンスターの足を止めればそれでいい。


「『我が望むは魔の滅び。我が願うは清き祓い。世界にたゆたう意志なき力よ。形を成して意思を成せ。意思となって力と還れ』」

「あっ……。っと、どうするか……」


 ミシェルの呪文詠唱に聞き惚れながらモンスターを切り捨てていると、バキンという鈍い音と共に、俺の剣が根元から折れてしまった。

 今まで剣でこんな大量のモンスターを相手取ったことなんてなかったからな。無理させすぎちまったようだ。


 すぐに腰からダガーを抜くが、これでモンスターを食い止めるのは少し辛いな。


「『魔に染まりしその憐れな生命を、万物流転の流れに返せ』」


 だがこんなに美しい魔法を邪魔させる気は毛頭無い。

 なるべくダガーに負担をかけないようにモンスターの急所を1撃で切り裂きながら、手当たり次第にモンスターを切り殺す。


「ソイルーー! これをーーーっ!」


 無駄な動きを極力廃し、1撃で確実にモンスターを切り殺していると、ダニーの叫びと共に何かがこちらに飛んでくる。

 次の瞬間俺の傍の地面に突き立ったのは、普段ダニーが使っているショートソードだった。


 ありがたいがダニーは大丈夫なのかと視線を向けると、ダニーの手にはしっかりと別の剣が握られているようだった。

 どうやら問題なさそうなので、ありがたくお借りしよう。


「『我が理の力を持って、万象全ての淀みを払え。我が両手が導きたるは、神なる裁きの救済の炎也』」


 ショートソードを拾ってモンスターを斬り殺す。

 ダニーの剣は元々俺が使っていたものよりも性能がよく、切れ味も強度も気持ちが良いくらいだった。これで何も考えず、またひたすらにモンスターを斬り捨てよう。


「『顕現せよ。閃天雷火』」


 何も考えずに、ただ迫り来るモンスターを斬り殺し続けて、とうとうミシェルの呪文詠唱が完成する。


 いつものように足元から膨大な魔力が放出され、眼前の敵全てが燃やされていく。

 その聖なる炎は黒い渦をも飲み込んで、この世界の全てを浄化していくかのようだ。


 ……だが、渦はまだ死んでいない。

 ミシェルの呪文詠唱を2発も喰らって、未だ死に絶えていないらしい。


 ……嘘だろ? なんだこれは? ミシェルの呪文詠唱に2発も耐えれるなんて、そんなことありえるのか?


 いや、今はそんなことはどうでもいい。俺の手には剣があり、渦が死んでいないことがは分かっているんだ。

 ならば、俺のやるべき事は1つ。


「っ!? ソ、ソイル!?」


 驚くミシェルを無視し、全身になけなしの魔力を走らせ一気に渦に駆け寄る。

 そして渦から魔物が出てくる前に、渦の中心……周囲の魔力を吸い込み続けているところ目掛けて、手にしたショートソードを全力で突き立てる。


「う……おぉっ……!?」


 剣を突き立てた瞬間、ショートソード越しにゾワリとした感覚が伝わってくる。

 そしてその感覚が一瞬で膨れ上がり、やがて剣の先から魔力が爆ぜた。


「…………っ」


 予想外の不快感と背筋の凍るような感覚に身が竦み、一瞬呆けてしまう。

 しかし長年の冒険者生活で染み付いた警戒心が、すぐに俺の意識を引き戻す。


「そうだ、渦はっ……」


 気を取り直して剣の先を確認する。

 しかし突き立てたはずの剣は刃が消失していて、刃の先にあったはずの黒い渦もどこにも見当たらない。


 けれど魔力の流れは正常化していて、今まで渦があった場所から森に向かって、まるで世界へ還ることを喜ぶ様に魔力が流れていくのが感じられるのだった。
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