ミスリルの剣

りっち

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大きな依頼

22 ミシェル③ (改)

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 ミシェルに冒険者の手解きをしながらも、黒い渦を破壊する旅は続いている。

 案内人であるパメラは、予定よりもかなり早いペースで進めているうえに被害も出ていない、とても順調なペースだぞと評価してくれた。


 順調と言えば、ミシェルへの手解きも順調だった。どうやらミシェルは冒険者としても優秀なようだ。

 ま、それも当然だな。素直に人の話は聞くし、根が真面目で何事にも手を抜かないのだから。


 おかげで、俺から見ればまだ危なっかしい部分は少なくないが、冒険者を名乗っても恥ずかしくない程度に旅慣れてくれた。

 夜営や食事の準備には不安がなくなったし、パメラが言うには夜の見張りも1人で行なっても問題ないくらいらしい。

 流石に依頼主であるミシェルを、実際に1人で見張りに立たせるわけにはいかねぇけどな。




「へぇ~、嬢ちゃんは魔法使いなのか。見たところ1人だけ若いのに、さぞかし優秀なんだなぁ」

「あははっ! そんなことないわよっ。私なんてまだまだ駆け出しなんだからっ」


 旅慣れたことで貴族臭さも抜けてきて、行く先々ではミシェルは貴族として見られなくなっていった。

 その代わりに冒険者として見られることが多くなり、ミシェルはまんざらでもなさそうな様子だ。

 貴族として見られなくなったのが嬉しいってのは、生粋の平民である俺には理解できないんだがね。でもまぁミシェルらしいと言えばミシェルらしいのかもな。


 ミシェルが旅慣れてくれたことで旅にも余裕が出てきて、以前よりも他のメンバーと手合わせをする時間が作れる様になった。

 しかし俺がみんなと手合わせしている様子を、ミシェルは不思議そうに眺めている。

 ……なにがそんなに不思議なんだよ? そんなに剣が珍しいわけでもないだろうに?


「ねぇソイル。前々から思ってたけど、貴方って魔力を使わなすぎじゃないの?」

「あ? どういう意味だよ?」

「パメラもグリッジもダニーもスティーブも、他のみんなは戦闘する時に魔力を体に走らせてるじゃない? でもソイルには魔力を走らせている様子が一切見受けられないんだけど、なんでなの?」

「ミシェルは俺の魔力量を分かってんじゃねぇのかよ? 俺は人より並外れて低い魔力しか持って生まれなかったんだ。魔力を使って戦闘なんて出来るわけねぇだろ?」


 他ならぬミシェルに魔力量のことを指摘されて、少し不機嫌に返事してしまう。

 俺の魔力量のことは知ってるはずだろうが? なんで今さらそんなこと言い出しやがったんだお前は?


 だけどミシェルは俺の言うことがいまいち伝わっていないようだ。いやいやそうじゃなくって、と言葉を続けた。


「何言ってるのよソイル? 確かに貴方の魔力量は心許無いけど、魔力を持たない人間なんていないのよ? 魔力の量が多いか少ないかと、魔力を使用するかどうかは別の話でしょうに」

「……は? 魔力の量と、魔力を使うかは、別の話……?」

「そりゃそうでしょ? お金を持っているか持っていないかと、お金を使うか使わないかは別の話よ?」


 あまりにも当然の様に語るミシェルの言葉を、俺は一瞬理解できない。

 だって俺には魔力が殆ど無くて、だから俺は魔法なんて使えないって……。師匠はいつも、魔法なんかに頼らなくても生きていけるようにって言いながら、俺に色んな事を教えてくれて……。


 俺の困惑に気付かないミシェルは、何を当たり前のことを、とでも言いたげに話し続ける。


「ソイルの魔力量が少ないのは分かってるけど、無いわけじゃないのよ? なら使わないと勿体無いじゃない。だから聞いてるのよ。なんで使わないの? って」


 なんで? と平然と聞いてくるミシェル。

 ミシェルの言葉はまるで、どうして貴方は生きているのに呼吸しないの? とでも言っているかのように俺には聞こえてしまった。


「……待て、待ってくれ。俺は魔力が極端に少ない。だから魔法は使えない……。それで終わる話じゃなかった、のか……?」


 そんなこと、誰にも言われた記憶はない……。

 魔力が無いから俺は落ち零れなんだ、先は見えているんだって、ずっとそうだって言われてきたのに……。


 師匠だって、お前は人並み外れて魔力が少ないんだから、別の技術を磨くしかないんだって、いつもそう言って……。


「……ソイル。魔力の使用っていうのは、魔力量には関係のない技術なの。確かに魔法を使う場合には一定の魔力量が求められるわ。でも魔法を使わなくても魔力を使うことは出来るのよ?」


 魔法と魔力は別。それくらいなら知ってる。知ってるけど……。

 魔法が使えなくても……、魔力を使うことは出来る……? そんなの、そんなの誰にも……。


「貴方何年も冒険者として暮らしてきたんでしょう? そんなソイルがどうしてこんな基本的な事を……」

「き、ほん……? 魔力を使う事は、常識なの、か……?」

「……えっ、本当に知らない、の? だって貴方、Cクラス冒険者なんでしょう……? 今まで魔力を一切使わずにモンスターと戦ってきたって言うの……!?」


 信じられないものを見るような目で俺を見てくるミシェル。

 つまり魔力の使用ってのは、それだけ当たり前のことで、誰にだって使えるありふれた技術だったってことで……。


「……呆れたわ。まさか魔力を一切使わずに、身体能力と技術だけで何年も生き残って、Cクラスまで昇格したっていうの?」


 ミシェルの静かな呟きが、何故だか妙に耳に残る。

 魔力の使い方なんて知らねぇよ……! なんでと言われたって、俺だって何も知らねぇんだよ!


 師匠だって他の冒険者だって、俺にそんなこと教えちゃくれなかった……。誰1人教えちゃくれなかったんだよ……!


「そっか……。どうして私がソイルの援護に安心感を覚えたのか、分かった気がする……」

「……え?」

「私はソイルとは逆で、魔力を動かさずに戦うなんて考えられない。戦闘中は瞬き1つにすら魔力を走らせていると言ってもいい」


 瞬きにすら魔力を……?

 つまり魔力を使うってことは、本当に呼吸するのと同じくらいに、使おうと意識することさえ必要ない、技術とさえ呼べないようなものだってことか……。


「魔力っていうのは動かせば動かすほど消費されていくものだから。あの時魔力を消費せずに戦うソイルの姿が、魔力を消費させるのが当然と思っていた私にとって、凄く心地良いものに感じたのかもしれないわ……」


 ミシェルが何か言っているけど聞き取れない、それどころじゃない。

 魔力なんか少なくたって、努力次第でいつか必ずBクラスに上がってやるって、それだけを考えて過ごしてきた俺の15年って、いったいなんだったんだよ……?


「は、はは……。嘘だろおい……。俺って、魔力が無いだけの落ち零れじゃなかったのかよ……」

「えっ……? あ、あれ? ソイル……?」

「まさかそれ以上に、誰でもやってることすら出来ない、最悪の落ち零れ野郎だったのかよ……」


 目の前が真っ暗になる。

 何も見えない。何も聞こえない。まるで世界そのものが暗く沈んでしまったかのようだ。


 ミスリルの剣? 俺みたいな最悪の落ち零れが、そんなものを望むなんて許されるはずがないだろ?

 なんで……、なんで師匠も、他の奴等も誰も教えてくれなかったんだ? 魔力量と魔力操作技術が関係無いなら、誰か教えてくれたっていいじゃねぇか……!


 ……はは、そんなの決まってる。教えるまでもねぇんだよ、そんなこと。

 誰もが出来て当然なんだ。出来ない奴なんていないんだ。呼吸が出来ない奴なんて、瞬き出来ない奴なんている訳ねぇだろうがよぉ……。


「えっ? ちょ、ちょっとソイル……? ソイルっ!?」


 俺の今までの冒険者生活って、いったいなんだったんだ……? 周りの奴には俺ってどう見えてたんだ……?

 陸に上がった魚が酸素を求めてもがく様に、呼吸すらできねぇのに、それでも往生際悪く口をパクパクと無意味に動かしているようにしか……、映ってなかったんじゃねぇのかよ?


 なんてこった……。なんてこったよ……。

 こんなことってあるかよ……。現実ってのはどこまでクソなんだ……。


 うだつの上がらねぇ俺だって、ミスリルの剣さえ手に出来れば、きっと何かが変わるはず?

 そんな訳ねぇ。そんな訳あるはずがねぇだろ?

 元々生まれ持った魔力すら最低の奴が、更にはそれを磨くこともしてこなかったんだから。


「ソイルっ! ねぇソイルったら! ソイルっ!?」


 うだつの上がらねぇ日々の全ては自業自得、全ては俺の空回りだったってワケだ……。


 俺の今まで積んできた経験が、全て嘘だったかのような気になってくる。


 ……いや、気になってくるどころの話じゃない。
 
 実際に無駄だったんだ。実際に空っぽだったんだ。


 俺は今まで懸命に全力に、誰よりも努力しているつもりでいながら、15年も空っぽの人生を歩んできただけだったんだ……!


「ソイル!? ソイルどうしちゃったの!? ねぇ! 私の声が聞こえてるっ!?」


 ミシェルの声が耳に届く。でも何を言ってるのか理解できない。


 頭が回らない。思考が出来ない。

 足にも手にも力は入らず、視界は真っ暗で、まるで暗い海の底に沈んでしまったみたいに思えた。


 あ、れ……? 俺って今まで、どうやって息……、してたんだっけ……?
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