ミスリルの剣

りっち

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17 ジェシー (改)

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「ねぇねぇ。それで? そんなのでどうやって火を起こすのよ?」

「……はぁ~。見ててもいいからもうちょっと離れてくれ。危ねぇから」


 パメラの1件以来、ミシェルはやたらと夜営の手伝いや見学をしたがった。あの時俺が、夜営もまともに出来ないと言ったのをかなり気にしているらしい。

 別にミシェルに言ったつもりはなかったんだけどな。


「へぇ~。魔法を使わずに火を起こすのって大変なのねぇ。私今まで知らなかったわ」

「悪いな。俺は魔法を使って火をつける方法を知らねぇんだよ」

「でもさぁ、こんなに手間がかかるなら、毎回私が魔法で火をつけたほうが効率良くない?」

「お、お嬢様!? お嬢様の魔法はそんなに軽々しく使って良いものでは御座いません!」


 何気ないミシェルの言葉に、夜営の手伝いもせずにミシェルの傍に控えていた役立たずの侍女が慌てて捲し立てる。


「夜営の準備など下々の者に任せておけば良いのです! それはお嬢様の仕事では御座いませんわ!」


 下々の仕事ねぇ。ま、それ自体は何も間違っちゃいないな。

 俺が下々の人間なのは疑いようもないし、ミシェルも今回の件が終われば、もう旅なんかする機会もないだろ。


「ジェシー? 一緒に旅してる仲間に向かって何てこと言うの? 出来る事はみんなでやって、全体の負担は減らしたほうが効率的でしょ?」


 ミシェルは正論を述べるが、それはあくまで身分が対等である場合の話だ。このメンバーの中ではミシェル1人が明確に身分が違う。彼女は尊重されてしかるべき存在だ。

 その本人から窘められてしまい、ジェシーは言葉を失ってしまう。


「ミシェル。ジェシーは何も間違ってないよ」


 別にジェシーを庇う気はないが、今のはジェシーの方が正しいと思う。

 俺とジェシーの立場は対等かもしれないが、ミシェルと俺達全員の立場は明確に違うのだから。


「お前は貴族で俺は平民。しかも金で雇われた冒険者だ。夜営なり旅に必要な作業を俺が負担するのは当然だ」

「なによ。ソイルも私が間違ってるって言うの?」
 
「貴族様はよくこう言うじゃないか。それは彼の仕事です。彼に仕事を与えるために、私はあえて何もしないのです、ってさ。ミシェルはれっきとした貴族なんだから、貴族らしく振舞うほうが正解だろ」

「たかが8人しかいない集団で貴族も平民もないわよ。こんな森の中で身分なんてなんの意味も持たないわ」


 俺の言葉に納得のいかないミシェルが食って掛かってくる。

 ミシェルの言っている事も間違っちゃいないんだけどな。お前は身分だけじゃなく実力も違うだろうが。


「俺たちの代わりはいくらでもいるけど、ミシェルの代わりは誰にも務まらないよ、呪文詠唱使いさん。ミシェルは特別な存在だから、常に万全の状態で不測の事態に備える義務があるんだ」

「特別な存在? 万全でいる義務? なによそれ? 私はただ偶然強い魔力を持って生まれただけの1人の人間でしかないわ!」


 ミシェルの言っている事は理解できる。理解できるけど、それは持って生まれた奴の言い分だ。

 確かにミシェルは強い魔力を持って生まれただけなのかもしれない。けどそれはどう足掻いても他の人間には手に入れられない、神に与えられし才能なんだよ。


「俺もただ偶然極端に弱い魔力しか持ってないだけの1人の人間だけどな。弱い魔力しか持たない者にミシェルの代わりは出来ないんだよ」


 才能の有無は自分じゃ決められない。才能を持って生まれた奴は、こんなの望んで手に入れたわけじゃないって言うかもしれない。

 だけど持たざる者は、それをどんなに渇望したって手に入れる事はできないんだぜ?


「ミシェルくらいの魔法使いになると分かるんだろ? 人がどのくらいの魔力を持っているかを。俺はミシェルの代わりを出来そうか? なぁ?」


 俺の言葉にミシェルは美しい顔を苦しそうに歪めて、けどそれ以上は何も言わなかった。

 ただ悔しそうに両手を強く握り締めていたみたいだが。


 その後ミシェルは黙って夜営の準備を見学して、ひと言も発することなく離れていった。


 その晩、いつも通りの長い見張り時間がやってくる。

 ダニーやスティーブは変更も考えてくれたけれど、もう慣れちまったし、下手に変更すると調子が狂いかねないからな。村の宿では普通に休めているし、問題ないさ。


「失礼します。少々お話を宜しいでしょうか」


 夜もすっかり更けて皆が寝静まった頃、珍しい事にジェシーが俺に話しかけてきた。


「暇してたから構わねぇよ。あまり騒ぐとみんな起きちまうけどな」

「ありがとうございます」


 話をしに来たと言いながら、俺の近くに座る気は無いらしい。立ったまま、しかも距離を取って俺に話しかけてくる。


「お話というのは先ほどのお嬢様との会話です。まず、私のフォローをしてくださったようで、ありがとうございました」


 事務的に、全く感情の乗らない感謝の言葉を述べるジェシー。

 まったくその気がない感謝なんて伝えない方がマシじゃねぇか? 少なくとも受け取って気分が良いモンじゃないな。


「ですがその後のお嬢様への暴言は見過ごすわけには参りません。お嬢様の事を何も知らない貴方が、お嬢様に軽々しく言葉を投げかけるようなことは許されません」


 そして素直に礼を言ったかと思えば、直ぐにミシェルへの態度を諌めて来た。

 こっちが本題かよ、ブレないねぇ。


「下々のことを何も知らずに手や口を出してきたのはミシェルの方だろ」


 さっきはお前の言い分の方が正しいと思ったから乗っただけだ。

 俺に無条件に突っかかってくる奴の言葉なんざ受け入れる義理はねぇ。


「お前の理屈で言うなら、ミシェルが俺の仕事に口を出すのも許されないんじゃないのか? ちゃんと手綱握れよ。その為に同行してんだろうが」

「なんということを……! 今の言葉、今すぐ取り消しなさいっ!」


 今が夜中だってことも覚えてないのか、ジェシーは激昂して俺に怒声をぶつけてくる。


「貴方にお嬢様の何が分かると言うのです! 生まれつき最高峰の魔力を有し、周囲に望まれるままに腕を磨き、人々のために苦心されているお嬢様の、なにを分かってそんな口を……!」


 どうやらミシェルを軽んじられることがこの女の逆鱗らしい。

 礼を言いに来たはずのその瞳は怒りに震え、今にも俺に襲い掛かろうとしているように見えた。


 はっ、流石旅に一切協力する気の無い馬鹿女だけある。野営中に見張りに襲い掛かったら困るのは自分たちだろ。


「逆に聞くけど、お前らは他の人の都合をどれだけ分かって偉ぶってるんだ? 夜営も出来ない。森も歩けない。渦の調査にだって加わってない。何しに同行してんだよ、この役立たずが」

「やっ、役立た……」

「俺はミシェルに苦言を呈したんじゃなくて、お前ら侍女2人に仕事しろって言ってんだよ。ここまではっきり言わなきゃ分からねぇのか?」


 俺の言葉がミシェルではなく自分に向けられたことで、一瞬怯むような様子を見せるジェシー。

 役立たずって言われたことがそんなに意外だったのかよ? 誰が見ても役立たずの足手纏いだろうが。


「お前らが宿で寛いでいる時に、ダニーやスティーブたちが何をしてるのか分かってるのか?」

「…………」

「ダニーの調査や案内無しでは渦に辿り着く事すら出来ない。スティーブやグリッジが馬車を整備しなきゃ、お前らだって歩いて移動しなきゃならないんだぞ? その間お前らは何してんだよ? あぁ?」


 コイツらにはコイツらの仕事はあるのかもしれない。けれど少なくとも渦の破壊の時と移動のとき以外に宿の外に出ているのを見た覚えはない。

 もし何か仕事してるって言うなら反論すりゃあいいのに、特に何も言い返すことなく黙って俺の話を聞いているジェシー。


「自分のことばかり主張するのは簡単だがよ。周りの仲間がなにをしているのかくらい把握したほうがいいんじゃないのか?」

「…………」

「ダニーのおかげでどれだけ早く進めてると思ってんだ? スティーブやグリッジのおかげでどれだけ快適に旅できてるのか分かってるのか? 聖騎士パメラのおかげで、初めて訪れた村落でどれほど便宜を図ってもらってるのか分かってるのか?」


 俺の言葉を黙って受け止めているジェシー。反応が無いから聞いてるのかどうかも分からねぇ。

 ったく、なんで雇われモンの俺がこんなことを説明しなきゃいけねぇんだよ。むしろ身内であるお前らが外野である俺に諭すような内容だろうが……!


「それらを何1つ知りもしないくせに、お嬢様の都合は理解しろ? ガキかよお前ら」


 何も反論を挟んでこないので、俺も言葉を止めるきっかけを見失ってしまう。

 今まで冷遇されていた不満もあって、ジェシーにぶつける言葉が止まらない。


「ミシェルが特別な人間だってのは俺も認めてるがよ。お前ら侍女2人はいったい何のために旅についてきてるんだよ? 今のところさぁ、ただのお荷物にしか見えねぇんだけど?」


 俺がムカついてんのはミシェルじゃなくてテメェらなんだよ。ミシェルは明確にこの旅の最重要人物だ。特別扱いして然るべきだし、尊重するのは当たり前だ。

 でもミシェルの存在を傘に着た侍女風情が、人を舐めんのも大概にしろよ……!


「特別なお嬢様にお仕えしているから、私たちも特別な存在ですぅってか? 脳味噌湧いてんじゃねぇの? 馬鹿馬鹿しい」

「っ……」

「夜営も碌に出来ない足手纏いっつったのはお前らに対してだよ。侍女風情がミシェルを盾にして甘えてんじゃねぇぞ、この役立たずが」

「……ソイルさんの言い分は聞いておきますわ。ですがお嬢様にはくれぐれもご配慮願います。それでは」


 結局なにを言い返してくることもなく、ジェシーは馬車に戻っていった。

 はっ、俺の言葉なんて聞く耳持たないってか? お前は雇われ侍女で貴族でもなんでもないくせによ。胸糞わりぃぜまったく。


 そんなムカムカした俺の前に、にやけ面のダニーが姿を現した。


「なんだよ。起きてきてたのかよダニー」

「いやぁ面白い見せもんだったぜぇ?」


 こっちは面白くもなんともねぇよ。最悪の気分だってんだ。

 だけどダニーはそんな俺には構わずに、ジェシーが去っていった方向を見ながら真剣な口調で呟いた。


「流石にミシェルお嬢様に思うところはねぇけどよ。ジェシーとステファニーの2人にはもう少し協力的になってもらわねぇと困るんだよなぁ。ここはお屋敷の中じゃねぇんだからなぁ?」


 そう思ってんなら自分で伝えてくれよ。とんだ貧乏くじを引かされちまったもんだぜ。

 ……これで少しは侍女たちも協力的になってくれれば良いんだけどなぁ。
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