ミスリルの剣

りっち

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一流との差

03 合同依頼 (改)

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「あ、ソイルさん! ちょっと変わった依頼があるんですけど、興味ありませんか?」


 ある日冒険者ギルドに顔を出すと、受付嬢のトゥムちゃんの方から声をかけられた。


「あぁ? 俺が気になるのは報酬だけだよ。報酬さえ良けりゃあなんでもやるぜ?」

 
 わざわざ俺に声をかけてきたってことは、他の奴らが嫌がってやらない依頼か、それとも報酬が良い依頼かね?


 色々な想定をしながら依頼内容を確認すると、死の森と呼ばれる場所の様子が少しおかしいと大規模な調査団を派遣することになり、冒険者から参加者を募っているらしい。


 死の森か。イコンからはちと離れちゃいるが依頼で何度か行った事はある。それに今回の依頼はかなり大きい規模の依頼らしいから危険度も低そうだ。


 肝心の報酬は……って、はぁ!? 日数に関わらず1人あたり金貨10枚だぁっ!?

 な、なんなんだよこれ……。流石に報酬が多すぎるぞ……。


「なぁなぁトゥムちゃんよ、報酬のところ間違ってねぇか? たかが調査任務でこんな報酬が出るわけねぇだろよ?」

「いえいえ、間違ってませんよーっ」


 訝しがる俺に対して、報酬に間違いは無いと胸を張るトゥムちゃん。


「何でも依頼主はお貴族様みたいで、早期解決のためにお金を惜しまない方針なんですって」


 貴族が冒険者に依頼してくるとかマジかよ……? ギルドが言っている以上は信用してもいいんだろうが……。

 いくら早期解決をお望みだからって、そんな理由で金貨をぽんぽん吐き出すたぁ、金ってのはある所にはあるもんなんだなぁ。


「いくら金を惜しまないってもなぁ……。それだけ危険度が高いってことなのか?」

「んー、危険度に関しては特に記載は無いんですけどねぇ……」


 特記事項は無いのか。いや、そもそもそれが分からないから調査をするのか。

 死の森は確かにモンスターが数多く生息する場所だけど……、俺でも活動できる程度の場所のはずなんだがなぁ。


「でもソイルさん。調査実施の初日に依頼が終わる可能性もあるわけですから、かなり美味しい依頼だと思いませんかっ?」

「確かに美味い話だがよぉ。どうすっかなぁ……」


 あまりの報酬額の高さに警鐘を鳴らしている俺と、その報酬額なら多少の危険を飲み込んででも依頼を受けたいと思っている俺がいる。

 ちっ、ダメだな。まだ判断材料が足りてねぇ。


「そんな割りの良い依頼なら競争率激しいんじゃねぇの? なんでC級の俺にそんな依頼を回してきたんだ?」

「ああ、実はこの依頼には受諾条件がありまして。C級以上であること、そして死の森での活動経験がある者にしか請けられないんですよ」


 ここですよーっと依頼書を指すトゥムちゃん。

 そこには確かに彼女の言う通りの受諾条件が記されていた。


「ほら、イコンから死の森ってかなり離れてるじゃないですかー。ここから死の森の依頼を請けるなんて、冗談抜きでソイルさんくらいしか居なくてですね。死の森での活動経験者が他に居ないんですよねー」


 ん、確かに死の森まではちょっと距離がある。少なくとも日帰りは無理だ。

 死の森での採取依頼なんかは常に請けられるとは言え、別にイコンに仕事が無いわけでもないしな。寸暇を惜しんで金を稼ぎたい奴でも無い限り、わざわざ死の森まで出張っては行かねぇのか。


「貴族様からの依頼に1人も冒険者を紹介できない街だと思われるのは流石に不味いじゃないですかっ! ということで、実際報酬もかなりいいですしぃ……。ソイルさんっ、請けてくれますよねっ!? ねっ!?」


 涙目になって懇願するトゥムちゃん。まぁこの涙は嘘泣きなんだけど、困っているのは本当のようだ。


 しっかし、俺にこんな仕事が回ってきたのはそんな理由なのかよ。変に勘ぐって損したぜ。

 たまに冒険者を使い捨てにするような依頼が入ることがあるらしいからな。ウマい話ったって考え無しに飛びつくわけにゃいかねぇんだよ。


 だが話を聞く限りじゃ、今回俺が選ばれたのは単純な消去法だし、依頼の裏に別の思惑があるわけじゃねぇはずだ。

 ……それに金貨10枚を逃す手はねぇよなぁ? 行くか、死の森。


 トゥムちゃんに受諾の意志を伝える。

 大袈裟に喜ぶトゥムちゃんを放置してギルドを後にし、万全の準備を整えて、死の森の手前にあるネクスという街に向かって出発した。



 ネクスまでは馬を使えば1日で到着できるが、俺みたいな底辺冒険者が馬なんて持ってるわけがない。

 徒歩で移動して丸3日、ようやく死の森の玄関口であるネクスへと到着した。


 金貨10枚を逃すわけにゃいかねぇからとちょっと急いで来たから、流石にくたびれちまったぜ。だがそのおかげで、調査任務の実施予定日までには余裕を持って到着できたようだ。

 さて、それじゃとりあえず冒険者ギルドに顔出しておくかねぇ。




「お? ソイルじゃねぇか。久しぶりだな。今日は何の用だ?」


 ネクスの冒険者ギルドの職員にも、俺の顔と名前をバッチリ覚えられているようだ。

 トゥムちゃんも言っていた通り、イコンからわざわざネクスまで依頼を請けに来る冒険者は本当に少ねぇんだろうな。


 ま、情報収集には好都合だ。この流れで依頼のことを聞いてみっか。


「死の森の合同調査依頼を請けたんだよ。予定日にゃ多少早ぇけどよ。なんか情報あったら教えてくれ」

「あ~、お前があの依頼を請けたのかぁ。イコンで死の森に入ったことがある奴ぁ少ねぇだろうからな」


 イコンは大して大きくもねぇ街だからな。俺が請けられる依頼が無くなるタイミングがあったりするんだ。

 そんな状況も数日待てば解消されるんだが、その数日すら惜しむ俺みたいな奴はネクスに足を運ぶしか無いんだよ。


「だが悪いけど詳細は語れねぇんだ。詳しい事は調査予定日に説明するの一点張りでな。こっちもあまり詳しい事は分かってねぇんだ」

「ああ? なんだよそりゃ。危険な任務だったりしねぇだろうな?


 ギルドにも依頼の詳細が伏せられてるのか? いきなりキナ臭くなってきやがったなぁ……。

 ギルドが貴族と言っている以上、依頼人の身分は保証されてるんだろうが……。冒険者ギルド員にすら情報を制限してるってのはちょっと危険か……?


「危険かどうかは不明だがよ、調査への参加者も今のところ50人を越えてるしな。そこまで危険度は高くねぇと思うぜ」

「確かに人は多いようだがなぁ……。ちなみに死の森に何か異常があるって話だけど、今って死の森に入ることも出来ないのか?」

「いや、死の森への通行制限は出てねぇよ。だから通常通り依頼もあるし、冒険者も普通に出入りしてんな」


 ……よく分からない状況だな? 冒険者が普通に出入りしている場所を調査するのに、そんな大金を払う意味があるのか?

 ちょっとキナ臭くはあるが、金貨10枚のためだ。多少危ない話だってのは織り込むべきか。


「調査予定日は5日後だよな? それまでは自由にしてていいのか?」

「ああ問題ないぞ。調査予定日にちゃんと顔出せるなら好きに過ごしゃいい」


 平然と好きにしろと言ってくるギルド員に拍子抜けする。本当に出入りすら制限してねぇようだなぁ?


 まぁいい。自分の目と足で事前調査できれば、本番の調査依頼での危険度はぐっと下がるはずだ。最悪、死の森がヤバそうなら依頼をキャンセルしてでも逃げることも視野に入れとくか。


「なら今のうちに死の森の様子を確かめておきたい。死の森に行く依頼はあるか?」

「はっ、お前は相変わらず仕事熱心だねぇ」


 俺の態度を茶化しながら、ギルドに寄せられた依頼書をパラパラと確認する職員。


「個人への依頼は無ぇみてぇだ。だが常設依頼はいつでも受け付けてるぜ?」

「常設でも構わない。具体的には何をすればいいんだ?」

「意外と採取依頼をこなしてくれる奴が少ねぇから、どうせ森に入るならついでにこなしてくれっとありがてぇかな?」


 採取依頼ね。討伐依頼と比べりゃ危険も少ないし、死の森の事前調査をしながらでもこなせそうだな。


 死の森は食用の植物も多いし、毒薬や傷薬の原料になるものも多い。だからイコンと比べると採取依頼の割りは良い筈なのだが、あまり人気が無いのには理由がある。

 単純な話、死の森では討伐依頼のほうが更に旨いのだ。装備品の素材として使えるモンスターも少なくねぇし、護衛依頼の報酬もいい。


 そんな死の森の採取依頼なんて請ける奴は、死の森で戦えませんと自己紹介して回るようなもんだからな。

 冒険者ってのは意外とメンツを気にする生き物だ。舐められたらお終いだから、モンスターと闘わずに済む採取依頼は本当に人気がない。当然イコンでもあまり人気が無い仕事だ。


 だけど俺みてぇな、実力もないくせにソロで冒険者やってるような奴にしてみりゃ最高の依頼だ。危険度は低いし、獲物の取り合いになる心配が無いんだからな。採取依頼様々だぜ。

 採取依頼を請ける奴の多くは駆け出しで、本当に戦えねぇ奴が多いんだけどよ。

 俺はメンツなんてどうでもいいもん気にしたこともねぇから、比較的安全で報酬も貰える採取依頼はかなり好きな仕事の1つなんだよなぁ。


 常設依頼で集めるべき採取物を職員に確認し、その中でも更に不足していて優先すべき物を教えてもらう。

 報酬的にはあまり意味の無いことなんだが、ギルドに恩を売っておくと時たま良い仕事を回してくれたりするんだ。正に今回みたいにな。

 だからこれもある意味、根回しみたいなもんだ。


 冒険者ギルドを後にして、探索に向かう準備を済ませる。疲労してる自覚は無ぇが、3日の移動で体に異常が出ていないかを入念にチェックする。

 特に不調は感じない。これなら問題ないだろう。


 日を跨ぐつもりは無いが、一応6食分くらいの食料と水を用意する。

 これで準備は万全だ。早速死の森に行ってみる事にしよう。


 こうして俺はネクスを出て、久しぶりに死の森に足を踏み入れるのだった。
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