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遠い国から来た人形遣い 1

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「でででで でーっでっで でーっでっで ででー~♪」(繰り返し)

マイナの中郭の広場を、シノと人形が奇妙な踊りを踊りながら行進していた。上下とも黒づくめで、黒い紗のベールの頭巾までかぶった黒子姿のシノは、奇妙なフレーズを口ずさみながら、腕をまっすぐ下に伸ばしたまま、肩をすくめるように上下させる奇妙な踊りで歩く。引き連れている人形は貴族の従者のお仕着せのような服を着て、きちんとネクタイまでしており、顔にはあからさまな付け髭まで付けていた。人形はシノと全く同じ踊りをしながら後ろに付いて行進している。これだけ正確で滑らかな動きをする人形は滅多に見ない。

広場の端を一周すると、シノは一人正座して深々と頭を下げた。
シノの前には持ち歩いているトランクが、蓋を開いて置かれている。

「とざい、と~ざ~ーーい。さぁてこれなるは、海と大地を貫いてぇ~、空の果てより落ちてきた~。流れの人形遣いにございまする~。本日よりこの街でしばし人形芸を披露しますればー。皆々さまがたにおかれましてはー、どうぞほんのいっとき~、足を停めていただきたく~御願い~奉りまする~」

奇妙な踊りと奇妙な挨拶に引かれ、そこそこの人数がシノを囲んでいた。貧困層と冒険者ばかりの外郭と違って、中郭は普通の--芸を見る余裕のある住民も多かった。

「そいつは本当に人形なのかい?」

観客から声が飛んだ。確かに、普通の人形はもう少し小柄で、動きもぎくしゃくとしている。シノの人形は等身大でなめらかに動くから、人間が変装していると思われたのだろう。

「おお~っ、お客様からお疑いの目を向けられるとは、やつがれ人形遣いとして一生の不覚~…。が、なるほどこれなる人形は偉丈夫なれば~、お疑いもごもっともにございまする~。ではっ、これでいかが?」

立ち上がったシノが人形の服をめくると、その胴体は人間とは異なりむしろ骸骨に近いくらい細かった。更に「これこの通り糸をきれば~」と、指でハサミの真似をすると。人形は文字通り糸が切れたように、がくりと崩れ落ちてぺしゃんこになった。とても人間には真似のできる動きではない。

「本当に人形だっ」

と驚きの声が上がった。

「お疑いが晴れたならうれしうございまする~……はいはい、いつまでも寝ていない」

素に戻ったような口調でシノが胸の前で糸を結ぶしぐさをすると、人形は逆回ししたかの如く立ち上がる。
観客からクスクスと笑いが起きた。

「で~はでは、これより我が人形の妙技をご覧あれぇ~」

そう言ってシノは人形と距離を取った。人形は腰の細剣を引き抜いで手首ごとくるくる回すと片手でピタリと正眼に構える。

「ではまいりまする~…はいっ」

シノがリンゴを一つ投げると、人形の剣が目にもとまらぬ速さでリンゴの真ん中を貫いた。

「おお~~っ」

歓声が上がる。

「まだまだ~っ」

今度は両手で二つ同時に投げる。
人形の右手が素早く動くと、二つのリンゴを次々に刺し貫いた。

観衆から歓声だけでなく拍手が起きた。

「では最後にとぉ~っておきの技を~…」

そう言うと、人形は刺さっていた三つのリンゴを落として構えた。

「ドコドコドコドコドコドコドコ……はいっ」

口でドラムロールを再現したシノがリンゴを一つ投げると、人形は空中でそのリンゴを真っ二つに切り、二つになったリンゴを続けざまに突き刺した。

「ジャンっ!。ブラボー!おお…ブラボー!! 」

シノは身体を大きく反らせて拍手をしながら人形を称賛した。観客からも大きな拍手が起きた。

「ありがと~ございまする~。本日はご挨拶代わりにここまにございまする~、また後日この広場にて見参いたしますれば~、皆々様方には~何卒よしなにお願い申し上げまする~」

シノが正座して深々と頭を下げると、隣の人形は優雅に紳士の礼(ボウアンドスクレープ)を取った。

観衆から拍手と歓声とともにトランクにおひねりが投げ込まれる。

「ありがとうございまする~」

黒子姿のシノは明るい声で手を振りながらこぼれた硬貨を集めた。レントは人垣の端で腕を組んだままその姿を眺めていた。


手を振りながら近くの路地に入ったシノは、反対側から出て来た時には黒子の恰好から地味なスカート姿になっていた。背中に行李を背負っているから、人形はあの中に入っているのだろう。きょろきょろあたりを見回し、レントの姿を見つけると、シノはにこにこしながら駆けてきた。

茶を売る屋台でお茶と干し果物を買うと、二人は横に並べてあるベンチの一つに掛けた。

「見事なものだ」
「ありがとうございます」
「食べ物を粗末にするのは感心できんが」
「レントさんはPTAか何かですか?」
「意味は判らんが違う」
「まぁ、リンゴは後でスタッフが美味しくいただきますから無駄にはしませんよ」

シノの言う事の何割かは意味が判らないが、レントは問題なさそうなのでスルーしている。レントは経験から学ぶ男だ。
だが、何気ない会話を続けながら、レントは思い切りため息をつきたい気分だった。
正直後悔している。自分はいったい何をしているんだ?確かに変わり者の娘に関わる事になったが、冒険者にちょっかいさえ出さなければ、後はもう自分には関係ない。この娘のことなどどうでも良かった。
…どうでもよかったはずだった。

常在狩場で他人の事なんぞどうでもいいレントが、なんで狩にも行かずにこんな事をしているのか。一言でいえば、シノを警戒したからだった。



昨日の夕暮れに街の入り口で再会したあと、シノはレントに付き合って組合までやって来ると、買取査定の間もずっと待っていた。そして換金の終わったレントにこう言ったのだ。

「私、誰かに寄生してないと生きていけない寄生生物なんです。レントさん、宿主になっていただけませんか」
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