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行き倒れと日雇い魔法使い 1

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レントは通常の冒険者のように依頼を受けない。しかし、毎日朝一で組合にやってくると、貼り出されている依頼の内容をチェックしている。基本的には依頼に無い魔獣を獲物にしているからだ。獲物の取り合いなどトラブルの元だし時間の無駄だ。獲物の傾向と森の魔獣の分布情報を照らして今日の狩場の方向を決めると、広場の屋台で買った無発酵パンと炒め肉を手持ちの弁当箱に詰めて、レントは森を目指して街を出た。



森に入ってすぐ、通称『森の縁』と呼ばれる地帯で、レントは奇妙なものを見た。ちょっと開けた空き地で、肌色多めの人物がうつ伏せに倒れていたのだ。

「なんだこいつは……」

思わず口に出してしまった。
倒れている女(多分)は、普段から眉を顰められる格好をしているレントから見てもおかしな…というか、レントと真逆の格好だった。
黒髪をポニーテールにして、ハイネックノースリーブで肩と腹むき出しのカットソーに、太腿丸出しのショートパンツに膝上の長靴下を履いていた。かろうじて手甲を着け戦闘靴を履いているが、それ以外はとてもではないが森をうろつく格好ではなかった。
レントは記憶をたどるが、女に覚えはなかった。こんな格好で街をうろついていれば間違いなく噂になるが、レントは聞いたこともない。色街から逃げた女かとも思ったが、この服は露出は多いが寝台で着る服ではないように思える。そうなると、こういう服を着る文化の地域から旅をしてきたということだろうか、女一人で。そして、行き倒れた?

レントは面倒だと思いつつ女に声をかけた。
魔獣に襲われなくても、冒険者の街マイナは荒くれが多い。こんな格好で倒れていたら、即座に『お持ち帰り』されてしまうだろう。

「おい、生きているのか?どうしたんだ?」

女は何も答えない。

「聞こえているか?助けは要るか?」
「大丈夫です」

ようやく答えた声にはハリがある。

「…何をしているんだ?」
「行き倒れでーす」

(お前のような行き倒れがいるか!)
レントは思い切り不審者を見る目で女を見た。声を聞く限り普通に元気そうだった。

「………とてもそうは見えんが」
「人が行き倒れていたら、通りかかった人がどういう反応をするか興味がありまして」
「……あまり良い趣味とは言えんな」

やっぱり芝居だったらしい。
しかし、どういうつもりでそんな命を張った遊びをしているのだ。

「ここの近辺の連中はあまりガラがよくない。女が行き倒れていたら即座に誘拐されるぞ」
「おにーさんはしないんですか?」
「そんな面倒な事、誰がするか」
「そうですか……。実はおにーさんが来るまでに、お尻を揉んだのが五人、脚を撫でたのが二人、荷物に手を出そうとしたのが三人です」
「……よく無事だったな」

うつ伏せの女は無言でちょっと先の茂みを指さした
レントがのぞき込むと、十人の男が縛られて気絶していた。

「一通り触らせてから気絶させましたし、お互い様って事でいいですよね?」

レントが振り向くと、女が起き上がって服に付いた土を払っていた。黒髪黒目で、思ったより若いように思える。20歳前後だろうか。顔立ちがこの近辺の女とは違うから、やはりどこか遠くの国から流れてきたのかもしれない…とレントは思った。

「……それでも、罠にかけるような事ははやめておけ、無駄に敵を作るだけだ。こいつらは解放してもいいか?」
「はぁい」

意外にも女は素直に返事をした。
レントは男たちを起こすと縛っていた縄を切って行く。男たちは装備も財布もそのままで、身ぐるみはがされている訳では無いようだった。

「見ない顔だが冒険者か?」
「違いますよ」

レントの手が止まる。
(不意打ちとはいえ男をあっさり返り討ちにできるのに冒険者ではない?兵士には見えないし、何者だ……)
そう考えながら10人全員を開放すると、気が付いた男たち-冒険者だった-は、持ち物が無くなっていないことを確認すると、女を睨んだり脅えたりの表情で街まで戻っていった。

レントは改めて女を見た。細身でメリハリはあまり無いが、むしろ引き締まっていて無駄な肉が無い、女性らしさより力強ささえ感じさせる体形だった。そうは言っても露出が多く、身体に密着した服は露骨に線が出ているし、やはり目の毒だ。

「他に服は持ってないのか?」
「この程度ですね」

女は小型のトランクから丈の短い革のジャケットを出して羽織った。多少はマシになったが、ヘソも太腿も丸出しは変わらない。

「その恰好はどこの風習だ?」
「これは『人間の姿をした獣』用の装備です。特注して作ってもらいました。女一人だとどうしても下心丸出してで男が寄ってくるんですよ。面倒なので、最初から男好みの恰好して寄ってきた連中を『判らせる』ことにしたんです」

女はドヤ顔でそう言った。
レントは頭を抱えたくなってため息をついた。
言いたい事は判らぬでもないし、男どもに怪我もさせていないのだから、この娘は凶悪な人間では無いのだろう。だが…この街でこの娘を放置しておく訳にはいかない。
レントは荷物を降ろして自分の外套を取り出すと、女の頭からかぶせた。

「え?」
「ちょっと来い」
「へ?どこに?」
「いいから来い」
「え、やっぱり誘拐ですか?」
「い・い・か・ら黙って着いて来い」
「ちょ、待って、荷物ありますから」

レントは荷物を背負った女を街まで引っ張っていくと、古着屋に引っ張り込んだ。店主にサイズの合う地味な服を見繕ってもらうと、金を払って娘に押し付ける。

「着ろ!」
「いやいやいや、おにーさん貰えませんよ。なんですこれ、新手のナンパですか?」
「騒ぎを起こして欲しくないだけだ!。いいか、ここは他と比べものにならないくらい魔獣の被害が多い。お前が『判らせた』のは皆冒険者だ。同業者でもない痴女に恥をかかされた冒険者の男が増えてみろ、録でもない噂になって何かのはずみで暴発する、賭けてもいい。只でさえ討伐の手が足りてないのに、冒険者が騒ぎを起こして討伐が手薄になれば、どこかで誰かが魔獣の犠牲になるんだ。何しに来たか知らんが、この街にいる間は冒険者にちょっかいかけずにおとなしくしていろ」

そこまで言って、レントはふと思いついて付け足した。

「この街に『商売』に来たのなら、そこの通りを南に行けば色町があるから、そこのアイサって女将にこの街の流儀を聞いておけ」

それだけ言うとレントは返事も聞かず店を出ると、森に向かって行く。自称行き倒れ女は、その後ろ姿を言葉も無く見送っていた。
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