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「エイミ、いったいどうしていたんだい」
瑛美の部屋の前で待ち続けていたエドワードは瑛美を見つけるやいなや開口一番にそう言った。
どこか夢うつつな様子の瑛美は以前よりよりいっそうはかなげな印象を強めていた。
「エドワード?どうなさったの。こんな所で」
「君を捜していたんだよ。どこへ行っていたんだい?」
「先生が……先生が倒れられたと聞いて……」
不安そうな瑛美をみてエドワードはそれ以上問いつめるのをやめた。
「大丈夫。今は部屋で休まれているよ」
「ほんとうに?」
瑛美はすこしだけ安心したようだった。
「やはりどこか具合が悪かったのかしら……」
エドワードには説明することはできなかった。彼自身がいまだ何が起こったのか理解できてはいなかった。
「それよりエイミ……君はどこへいっていたんだい?」
瑛美はエドワードをみる。
「ずっと探していたんだよ」
彼女は澄み切った目でエドワードを見つめ静かに口を開いた。
「彼のところ。彼といたの」
瑛美は隠すことなくそう告げる。
「彼?あの時の子供?ファントム?」
瑛美はコクリと頷く。
「彼がそう言ったのですか?」
エドワードは思考が止まりそうになるのを寸前の所でこらえて瑛美を凝視する。
「ええ。みんなはそう呼ぶと」
エドワードは瑛美から視線をはずし信じられないというふうに頭をふった。
「彼とても博学ですの。音楽に関する知識が豊富で学ぶことが多々あります」
楽しそうに話す瑛美を見て、エドワードの焦りは強まるばかりだった。
「ああ、エイミ、聞いてください。彼は……彼はだめです」
瑛美は不思議そうにエドワードを見つめる。
「彼は人ではないのです」
瑛美はクスクスと笑いだした。
「まあ、エドワードったら。またご冗談ばかり」
「エイミ、信じてください。もう彼とは会わないと約束してください」
「あなたも彼と会われればおわかりになられます。彼はとてもいい人です」
「エイミ……」
「大丈夫ですわ。あなたの心配されるようなことはなにもありません」
「エイミ、あなたはだまされているのです。彼は……」
「エイミ。そこにいるのですか?」
それは篠宮の声だった。隣の部屋の奥から聞こえてくる。
「はい」
瑛美は礼儀正しく返事をした。
「ちょっと中へ……エドワードもいらっしゃるならご一緒に」
瑛美はエドワードの方をうかがい見る。彼はうなずき二人はドアをあけて部屋の中へはいった。
篠宮はベッドに身を起こしていた。その側でフランツが椅子に腰掛けている。
「先生、お体の方は?」
篠宮は柔らかく笑いかけた。
「大丈夫ですよ。心配をかけてしまったようですね」
それから篠宮はエドワードを見た。
「エドワード、あなたにも……取り乱してしまってごめんなさいね」
エドワードはいいえと首をふる。
「瑛美。実はあなたにお願いがあるのです」
「何でしょうか?」
「四日後の舞台。私の代わりをお願いします」
瑛美は、そしてエドワードも驚き篠宮を見る。
「先生?」
「フランツにはもう許可を頂きました」
フランツは頷く。
「待ってください。そんな急に……」
「大丈夫です。あなたならできますよ」
大きく動揺する恵美にかわりエドワードが口を開いた。
「まさか……どこか具合が悪いのですか?」
篠宮はやわらかくそれを否定した。
「私も……少々のことでは舞台を放棄したりしません」
「ではなぜ?」
篠宮は寂しそうに笑った。
「私の時間は終わったのです。私にはもう以前のように歌うことはできません」
篠宮は目を閉じた。
「多くの人が望む私の歌を、もう二度と歌うことはできませんの。だからエイミ……」
篠宮は目を開き瑛美を見つめる。
「あなたが私の代わりに歌いなさい」
「先生?」
「私は……夢から覚めてしまった」
瑛美はただ困惑するばかりだった。
「瑛美。あなた歌うことが好きなのでしょう?」
「……はい」
「では舞台に立ちなさい。あなたの才能は私が保証しましょう。ねえ、エドワード。この子は充分世界で通用する声と魅力を持っているでしょう?」
「はい。確かに」
「瑛美、自信を持ちなさい。今私の代わりができるのはあなたしかいないのです」
篠宮の言葉には偽りはなかった。今度の曲はとある作曲家が篠宮の為に新しく作曲したものでこの舞台が初演となるものだった。幅広い音域に高度なテクニックの数々。それは篠宮だからこそ歌い上げることができるものだった。並大抵の歌い手が一週間やそこらで仕上げることは不可能な話だ。
だが瑛美ならばそれも可能だ。彼女は常に篠宮とともにいてその歌も歌ってきた。技術的にも篠宮に負けてはいない。唯ひとつのことをのぞいては。
それは篠宮の言葉を借りるなら『思い出』。五十年以上生きてきた人間と十八年しか生きていない人間とではその厚みは大きく違ってくる。そしてそれはそのまま表現力の差となって現れる。
瑛美は悩む。自分にそんなことができるのかと。篠宮はもう二度と歌はない。それは彼女の目が語っている。もし自分ができなければ舞台は中止となるだろう。
いままで多くのことを篠宮から享受してきた瑛美としてはどうしても断わることができなかった。そして何よりも中止させたくはなかった。篠宮の誇りを守りたかった。
瑛美はじっと篠宮を見る。そしてゆっくりと口を開いた。
「わかりました」
篠宮はそれに笑顔で答えた。
「エドワード、瑛美にとっては初めてのことばかりです。どうか彼女を支えてくださいね」
「はい。できるかぎりのことは」
エドワードにはそう答えることしかできなかった。
瑛美の部屋の前で待ち続けていたエドワードは瑛美を見つけるやいなや開口一番にそう言った。
どこか夢うつつな様子の瑛美は以前よりよりいっそうはかなげな印象を強めていた。
「エドワード?どうなさったの。こんな所で」
「君を捜していたんだよ。どこへ行っていたんだい?」
「先生が……先生が倒れられたと聞いて……」
不安そうな瑛美をみてエドワードはそれ以上問いつめるのをやめた。
「大丈夫。今は部屋で休まれているよ」
「ほんとうに?」
瑛美はすこしだけ安心したようだった。
「やはりどこか具合が悪かったのかしら……」
エドワードには説明することはできなかった。彼自身がいまだ何が起こったのか理解できてはいなかった。
「それよりエイミ……君はどこへいっていたんだい?」
瑛美はエドワードをみる。
「ずっと探していたんだよ」
彼女は澄み切った目でエドワードを見つめ静かに口を開いた。
「彼のところ。彼といたの」
瑛美は隠すことなくそう告げる。
「彼?あの時の子供?ファントム?」
瑛美はコクリと頷く。
「彼がそう言ったのですか?」
エドワードは思考が止まりそうになるのを寸前の所でこらえて瑛美を凝視する。
「ええ。みんなはそう呼ぶと」
エドワードは瑛美から視線をはずし信じられないというふうに頭をふった。
「彼とても博学ですの。音楽に関する知識が豊富で学ぶことが多々あります」
楽しそうに話す瑛美を見て、エドワードの焦りは強まるばかりだった。
「ああ、エイミ、聞いてください。彼は……彼はだめです」
瑛美は不思議そうにエドワードを見つめる。
「彼は人ではないのです」
瑛美はクスクスと笑いだした。
「まあ、エドワードったら。またご冗談ばかり」
「エイミ、信じてください。もう彼とは会わないと約束してください」
「あなたも彼と会われればおわかりになられます。彼はとてもいい人です」
「エイミ……」
「大丈夫ですわ。あなたの心配されるようなことはなにもありません」
「エイミ、あなたはだまされているのです。彼は……」
「エイミ。そこにいるのですか?」
それは篠宮の声だった。隣の部屋の奥から聞こえてくる。
「はい」
瑛美は礼儀正しく返事をした。
「ちょっと中へ……エドワードもいらっしゃるならご一緒に」
瑛美はエドワードの方をうかがい見る。彼はうなずき二人はドアをあけて部屋の中へはいった。
篠宮はベッドに身を起こしていた。その側でフランツが椅子に腰掛けている。
「先生、お体の方は?」
篠宮は柔らかく笑いかけた。
「大丈夫ですよ。心配をかけてしまったようですね」
それから篠宮はエドワードを見た。
「エドワード、あなたにも……取り乱してしまってごめんなさいね」
エドワードはいいえと首をふる。
「瑛美。実はあなたにお願いがあるのです」
「何でしょうか?」
「四日後の舞台。私の代わりをお願いします」
瑛美は、そしてエドワードも驚き篠宮を見る。
「先生?」
「フランツにはもう許可を頂きました」
フランツは頷く。
「待ってください。そんな急に……」
「大丈夫です。あなたならできますよ」
大きく動揺する恵美にかわりエドワードが口を開いた。
「まさか……どこか具合が悪いのですか?」
篠宮はやわらかくそれを否定した。
「私も……少々のことでは舞台を放棄したりしません」
「ではなぜ?」
篠宮は寂しそうに笑った。
「私の時間は終わったのです。私にはもう以前のように歌うことはできません」
篠宮は目を閉じた。
「多くの人が望む私の歌を、もう二度と歌うことはできませんの。だからエイミ……」
篠宮は目を開き瑛美を見つめる。
「あなたが私の代わりに歌いなさい」
「先生?」
「私は……夢から覚めてしまった」
瑛美はただ困惑するばかりだった。
「瑛美。あなた歌うことが好きなのでしょう?」
「……はい」
「では舞台に立ちなさい。あなたの才能は私が保証しましょう。ねえ、エドワード。この子は充分世界で通用する声と魅力を持っているでしょう?」
「はい。確かに」
「瑛美、自信を持ちなさい。今私の代わりができるのはあなたしかいないのです」
篠宮の言葉には偽りはなかった。今度の曲はとある作曲家が篠宮の為に新しく作曲したものでこの舞台が初演となるものだった。幅広い音域に高度なテクニックの数々。それは篠宮だからこそ歌い上げることができるものだった。並大抵の歌い手が一週間やそこらで仕上げることは不可能な話だ。
だが瑛美ならばそれも可能だ。彼女は常に篠宮とともにいてその歌も歌ってきた。技術的にも篠宮に負けてはいない。唯ひとつのことをのぞいては。
それは篠宮の言葉を借りるなら『思い出』。五十年以上生きてきた人間と十八年しか生きていない人間とではその厚みは大きく違ってくる。そしてそれはそのまま表現力の差となって現れる。
瑛美は悩む。自分にそんなことができるのかと。篠宮はもう二度と歌はない。それは彼女の目が語っている。もし自分ができなければ舞台は中止となるだろう。
いままで多くのことを篠宮から享受してきた瑛美としてはどうしても断わることができなかった。そして何よりも中止させたくはなかった。篠宮の誇りを守りたかった。
瑛美はじっと篠宮を見る。そしてゆっくりと口を開いた。
「わかりました」
篠宮はそれに笑顔で答えた。
「エドワード、瑛美にとっては初めてのことばかりです。どうか彼女を支えてくださいね」
「はい。できるかぎりのことは」
エドワードにはそう答えることしかできなかった。
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