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4 102号室 住人 光井慎
44.
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常に慌ただしい土曜日。今日も夜の営業が始まった。今日のデザートにはズコットが新メニューとして加わるので少し緊張している。ズコットはチョコとナッツのドーム型のクリームをスポンジで覆ったものだ。フィレンツェ発祥のお菓子と言われているのだが、ここのお客様の好みにできるだけ合うようにアレンジした。そう、先日から忙しかった原因である。
「おーい、みっちゃん」
梅本さんが嬉しそうに近寄ってきた。梅本さんの中ではすっかり「みっちゃん」が定着してしまった。
「はい、なんですか?」
「お前さんがこの間怖がらせたって言ってたオレの知り合いの娘さん」
「ブレスレットの?」
「そう。その子からラブレター」
ニヤニヤしながら梅本さんが封筒を渡してくる。
可愛らしい、淡い小鳥の描かれた封筒はあの子の雰囲気にあったものだった。複雑な気分でその封筒を見ていると
「大丈夫だって。苦情なんて書いてないから。ほれ、受け取れって。大沢さん、ああ、その子の父親が謝ってたぞ。娘がとんだ失礼をって」
「?」
「まぁいいから。大沢さんとこの家族、今日来てるからな。はい、じゃぁ今日も頑張って」
梅本さんは手紙を押しつけて立ち去った。少し迷ったが結局その場で封をあけることにした。
『お兄さんへ
私はあまり上手に話ができないので手紙をかくことにしました。
この間はブレスレットの石を拾うのを手伝ってもらってありがとうございました。石は全部あったのでお店で直してもらうことができました。
いろいろ親切にしてもらったのにお礼も言わずにごめんなさい。あの日、両親に高校合格のお祝いで初めてちゃんとしたレストランに連れてきて貰いました。
あのブレスレットは友達とおそろいで作ったものだったので切れてしまって悲しかったのと、立派なレストランだからちゃんとしなければと思っていたのにブレスレットをばらまいてしまい、その様子を見られて恥ずかしくなって逃げてしまいました。
家に帰ってからバラバラになったブレスレットのことをお母さんに聞かれました。「親切な方だったのね」と言われてそのことに気がつきました。本当にそうです。それなのにお礼も言わずに逃げてしまって本当にごめんなさい。
それから、お父さんからお兄さんがお店のティラミスを作られていると聞きました。お兄さんのティラミス、すごく美味しかったです。またお店に連れて行ってもらえたら食べたいです。
大沢みこと 』
なんだかここ最近、今どき珍しいほど純粋な子に縁がある。なんというか……恥ずかしい。
「慎、何ニヤニヤしてんの?なになに?ファンレター?」
是川さんが興味津々に手元を覗くので素早く手紙を隠した。
「ニヤニヤなんてしてませんよ」
「よく言うよ。お前が嬉しそうに手紙読んでるからハルキが声かけ辛そうにしてるだろうが」
治紀くんはとても丁寧な仕事をしてくれる真面目なバイトくんだ。最近、なんとなく鈴ちゃんと似ているところがあると気がついた。
彼が申し訳なさそうに近づいてくる。
「すいません、慎さん。6番のお客様なんですけどお連れの方がどうやら今日、お誕生日だそうで。予約してないけどもし可能ならドルチェをバースデープレートに変更したいとこっそりお願いされまして。あ、4名様でCコース頼まれてます」
さてどうするか。通常のバースデープレートはホールケーキを事前に準備するのだが……。
「ちょっと一緒に来て」
治紀くんと一緒に梅本さんの元へ行く。梅本さんはチーズリゾットを調理中だった。
「ウメさん、スミマセン。Cコース頼まれてるお客様4名様なんですけど、ドルチェをバースデープレートに変更可能かと言われてまして」
「それで?」
「ホールのケーキは無理なので、4名様分のズコットを盛り合わせてデコレーションしようかと思うのですが構いませんか?
「うーん、そうだな。そうするか。バースデープレートは無理だけどそれっぽくしたプレートなら可能だと伝えてみて」
ということだからと、治紀くんを振り返ると「わかりました!」といってホールに向かう。どうやってこっそり確認するのだろうか?と思ったがそれよりも目の前の仕事を片付ける方が先だ。
と、思っていたのだがすぐに治紀くんが戻ってきた。
「慎さん、それでお願いしますってことです」
「早かったですね?」
「あ、廊下で待って貰っていたんです。電話かける用事があるっておっしゃってたんで」
なるほど。
「喜んでらっしゃいましたよ。無理言ってすみませんとのことです」
それには頷いて返答をし、プレートの内容を考えていく。1ホールは6カット。4カット分を均等に円状に並べて隙間はホイップクリームで埋めよう。イチゴでシックにデコレーションして……後は通常のバースデープレートと一緒で大丈夫だろう。
慌ただしく厨房を手伝ったりデザートプレートを作る中、顔なじみのお客様の来店があった。挨拶がてら料理を運ぶためにホールにでると彼女の姿が見えた。手紙をくれた高校生の大沢さんだ。今日も家族3人での来店のようだ。
じっと見ていたからだろうか、ふと彼女と目があった。自分は焦ることなく、自然に軽く会釈ができた。大沢さんも嬉しそうに笑って会釈してくれた。
手紙のお礼も言いたいから……後でテーブルに寄ってみようか?と。
そんな考えが浮かんだことに驚いたがすぐに気を引き締める。そう、そのためには目の前にある仕事をちゃんと片付けて時間を作らなければならない。もたもたしていてはタイミングを逃してしまう。
どこか高揚した気分を感じながら、当初の目的であるお客様のテーブルへと足を進める。さて今日もあと少し、頑張ろう。
「おーい、みっちゃん」
梅本さんが嬉しそうに近寄ってきた。梅本さんの中ではすっかり「みっちゃん」が定着してしまった。
「はい、なんですか?」
「お前さんがこの間怖がらせたって言ってたオレの知り合いの娘さん」
「ブレスレットの?」
「そう。その子からラブレター」
ニヤニヤしながら梅本さんが封筒を渡してくる。
可愛らしい、淡い小鳥の描かれた封筒はあの子の雰囲気にあったものだった。複雑な気分でその封筒を見ていると
「大丈夫だって。苦情なんて書いてないから。ほれ、受け取れって。大沢さん、ああ、その子の父親が謝ってたぞ。娘がとんだ失礼をって」
「?」
「まぁいいから。大沢さんとこの家族、今日来てるからな。はい、じゃぁ今日も頑張って」
梅本さんは手紙を押しつけて立ち去った。少し迷ったが結局その場で封をあけることにした。
『お兄さんへ
私はあまり上手に話ができないので手紙をかくことにしました。
この間はブレスレットの石を拾うのを手伝ってもらってありがとうございました。石は全部あったのでお店で直してもらうことができました。
いろいろ親切にしてもらったのにお礼も言わずにごめんなさい。あの日、両親に高校合格のお祝いで初めてちゃんとしたレストランに連れてきて貰いました。
あのブレスレットは友達とおそろいで作ったものだったので切れてしまって悲しかったのと、立派なレストランだからちゃんとしなければと思っていたのにブレスレットをばらまいてしまい、その様子を見られて恥ずかしくなって逃げてしまいました。
家に帰ってからバラバラになったブレスレットのことをお母さんに聞かれました。「親切な方だったのね」と言われてそのことに気がつきました。本当にそうです。それなのにお礼も言わずに逃げてしまって本当にごめんなさい。
それから、お父さんからお兄さんがお店のティラミスを作られていると聞きました。お兄さんのティラミス、すごく美味しかったです。またお店に連れて行ってもらえたら食べたいです。
大沢みこと 』
なんだかここ最近、今どき珍しいほど純粋な子に縁がある。なんというか……恥ずかしい。
「慎、何ニヤニヤしてんの?なになに?ファンレター?」
是川さんが興味津々に手元を覗くので素早く手紙を隠した。
「ニヤニヤなんてしてませんよ」
「よく言うよ。お前が嬉しそうに手紙読んでるからハルキが声かけ辛そうにしてるだろうが」
治紀くんはとても丁寧な仕事をしてくれる真面目なバイトくんだ。最近、なんとなく鈴ちゃんと似ているところがあると気がついた。
彼が申し訳なさそうに近づいてくる。
「すいません、慎さん。6番のお客様なんですけどお連れの方がどうやら今日、お誕生日だそうで。予約してないけどもし可能ならドルチェをバースデープレートに変更したいとこっそりお願いされまして。あ、4名様でCコース頼まれてます」
さてどうするか。通常のバースデープレートはホールケーキを事前に準備するのだが……。
「ちょっと一緒に来て」
治紀くんと一緒に梅本さんの元へ行く。梅本さんはチーズリゾットを調理中だった。
「ウメさん、スミマセン。Cコース頼まれてるお客様4名様なんですけど、ドルチェをバースデープレートに変更可能かと言われてまして」
「それで?」
「ホールのケーキは無理なので、4名様分のズコットを盛り合わせてデコレーションしようかと思うのですが構いませんか?
「うーん、そうだな。そうするか。バースデープレートは無理だけどそれっぽくしたプレートなら可能だと伝えてみて」
ということだからと、治紀くんを振り返ると「わかりました!」といってホールに向かう。どうやってこっそり確認するのだろうか?と思ったがそれよりも目の前の仕事を片付ける方が先だ。
と、思っていたのだがすぐに治紀くんが戻ってきた。
「慎さん、それでお願いしますってことです」
「早かったですね?」
「あ、廊下で待って貰っていたんです。電話かける用事があるっておっしゃってたんで」
なるほど。
「喜んでらっしゃいましたよ。無理言ってすみませんとのことです」
それには頷いて返答をし、プレートの内容を考えていく。1ホールは6カット。4カット分を均等に円状に並べて隙間はホイップクリームで埋めよう。イチゴでシックにデコレーションして……後は通常のバースデープレートと一緒で大丈夫だろう。
慌ただしく厨房を手伝ったりデザートプレートを作る中、顔なじみのお客様の来店があった。挨拶がてら料理を運ぶためにホールにでると彼女の姿が見えた。手紙をくれた高校生の大沢さんだ。今日も家族3人での来店のようだ。
じっと見ていたからだろうか、ふと彼女と目があった。自分は焦ることなく、自然に軽く会釈ができた。大沢さんも嬉しそうに笑って会釈してくれた。
手紙のお礼も言いたいから……後でテーブルに寄ってみようか?と。
そんな考えが浮かんだことに驚いたがすぐに気を引き締める。そう、そのためには目の前にある仕事をちゃんと片付けて時間を作らなければならない。もたもたしていてはタイミングを逃してしまう。
どこか高揚した気分を感じながら、当初の目的であるお客様のテーブルへと足を進める。さて今日もあと少し、頑張ろう。
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