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3 101号室 住人 小早川秀章
29.
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結局モヤモヤした気分でおやつを選ぶ気にもなれず、更にレジであの店員と顔を合わるのも嫌なので、ペットショップで買い物はしなかった。おそらくあそこへはもう行かないだろう。
今夜は久しぶりにいつきさんの夕飯にありつける。そういや今日は数日前に越してきた美沙恵さんの従姉妹が一緒に夕飯食べるって言ってたなぁ。対女対応も改善しつつある(と思う)のでなんとかなるだろう。
夕方、花子と散歩に出かけてから部屋でうたた寝していたら夕食時間ギリギリになっていた。いつもなら少し早めに行って手伝うのだが仕方ない。
食堂の玄関を開けると、中から伊織の声が聞こえた。
「あ、豆が転んだ。まぁいいや、味見」
「伊織くん!?」
「3秒ルール。知らない?落ちて3秒内はバイ菌着かないから大丈夫。五目豆ウマイ~」
「そんな訳ないよぉ。落ちた瞬間にバイ菌つくから!」
「まぁ、大丈夫なんじゃないですか?ランチョンマットの上だし。免疫できていいですよ」
中ではワイワイ言いながら夕食の準備をしていた。どうやら五目豆を小皿に入れている最中に豆がテーブルに転がったらしい。
そんなもの落ちた時点でアウトだ。但しいつきさんの言うとおりさほど不衛生な場所に落ちた訳じゃないのでオレ的にはセーフだが。
短い廊下を通って部屋に入る。
「あー、スミマセン。ちょっと遅くなった……」
「小早川さん、こんばんは」
「あ、秀兄ちゃん久しぶり!」
「……」
にこやかにいつきさんと伊織が出迎える中、ピシりと空気が固まったのがわかった。固まらせたのはオレか彼女か。
ペットショップで鍵を拾ってくれた女の子が目の前に居た。……あきらかに怯えて。
え?美沙恵さんの従姉妹?こんな子だったか?印象が全然違うんだけど?いやそれよりも……マジかぁ。え?あの子泣きそう?オレ悪者?いや、悪いのはオレなんだけど。マジかぁ。
内心頭を抱えつつ、いつきさんがお互いを紹介してるのをどこか遠くで聞いていた。
そんな微妙な空気をいつきさんは見逃さず、食卓に並ぶ温かな夕食を前にして尋問が始まった。ほわりほわりと湯気をあげる味噌汁やらトンカツやらを前に取り調べである。
いつの時代の刑事ドラマだとか、カツ丼でないだけマシなんだろうかとか現実逃避を試みるが逃避できるわけもない。
いつきさんを正面、隣に伊織が陣取って、斜め前に例の従姉妹が気持ち体をずらして座っている。
いつの間にやら猫のノラが従姉妹の膝に乗っていて、見下したような視線を向けてくる。元々ノラはオレにな懐いていないのだが……何だか腹立たしい。
洗いざらい喋らされて、いつきさんと伊織から白い目でみられた。うん、わかってる、自分が悪いのは十分わかってるって!
そう、そして悪いことをすれば謝らないといけないのもわかってるから!いつきさん、お願いですから恐ろしい笑顔でオレを追い詰めないでください。
「えっと、本当に重ねがさねごめん。もう二度としません。本当にゴメンナサイ」
ゴメンナサイしか言葉が出てこなかった。子供の謝罪かって思ったがゴメンナサイしか出てこない。この子にとったら本当に迷惑な話だよなぁ。なんか……奈菜が大きくなったらこんな感じなんだろうかと。話しながらすれてない彼女を見てて思ってしまったわけで。そんなことを思ってたら罪悪感が一気に押し寄せてきた。
「えっと、大丈夫なんで……」
全然大丈夫そうでない様子でそう言われるけど。そうだよなぁ、こっちが謝ったらそう言うしかないんだよなぁ。
「うん。鍵ありがとう。助かった」
言い損ねてたお礼も伝える。
「いえ、紛失されなくてよかったです」
顔を引きつらせながら答える橘さんにただただ罪悪感が増すばかり。本当、オレ最低……。
「鈴音さん。世の中には近寄ってはいけない人が何種類かいるんですけど。あの人は近寄ってはいけない人のひとりですからね?」
いつきさんの言葉にぐうの音もでない。
突然、静かに傍観していた伊織が元気に声を張り上げた。
「それじゃ、一段落したみたいだからご飯にしよう!熱い者は熱いうちにだからね。はい、いただきます!」
ちょっと冷めてしまったトンカツは、それでもサクサクしていた。レンコンと白菜の鰹節和えもシャキシャキしてて美味しかった。
伊織といつきさんが穏やかに橘さんに話ふっていたけどなかなかぎこちなさは消えず。橘さんは緊張のあまり五目豆を何度も箸で掴み損ねて泣きそうになってた。形式上和解したとはいえ、何度も脅しかけられたおっさんと一緒の食卓は嫌だよなぁ。
悶々としながら食事を終え、後片付けも済ませた。いつもならいつきさんにコーヒー頼むんだけど、今日はもう帰ろう。
「あの」
視界に橘さんの姿が入ってきた。視線を合わすことなく会釈する。
「あの……挨拶が遅くなってゴメンなさい。203号室に越してきた橘鈴音です。よろしくお願いします。これ、もし良ければ使ってください」
「あ、御丁寧に。ありがとうございます」
思わず条件反射で手を出して受け取ってしまった、おそらくは引っ越しの挨拶の品。
「いつきさん、ごちそうさまでした。とても美味しかったです。今日はこれで失礼しますね」
「お粗末さまでした。ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」
「鈴ねーちゃん、おやすみ!」
「はい、おやすみなさい」
橘さんはそう言ってふたりに笑顔を見せて挨拶していた。なんとも柔らかに微笑む子だ。
視線がふと自分と交差した瞬間、その笑みは消えてしまったのだが。
おそらく条件反射なんだろうとけど……ああまで怯えた顔をされると……地味にダメージを受ける。
「あ、……失礼します」
すぐさま目を伏せて彼女は食堂を後にした。
今夜は久しぶりにいつきさんの夕飯にありつける。そういや今日は数日前に越してきた美沙恵さんの従姉妹が一緒に夕飯食べるって言ってたなぁ。対女対応も改善しつつある(と思う)のでなんとかなるだろう。
夕方、花子と散歩に出かけてから部屋でうたた寝していたら夕食時間ギリギリになっていた。いつもなら少し早めに行って手伝うのだが仕方ない。
食堂の玄関を開けると、中から伊織の声が聞こえた。
「あ、豆が転んだ。まぁいいや、味見」
「伊織くん!?」
「3秒ルール。知らない?落ちて3秒内はバイ菌着かないから大丈夫。五目豆ウマイ~」
「そんな訳ないよぉ。落ちた瞬間にバイ菌つくから!」
「まぁ、大丈夫なんじゃないですか?ランチョンマットの上だし。免疫できていいですよ」
中ではワイワイ言いながら夕食の準備をしていた。どうやら五目豆を小皿に入れている最中に豆がテーブルに転がったらしい。
そんなもの落ちた時点でアウトだ。但しいつきさんの言うとおりさほど不衛生な場所に落ちた訳じゃないのでオレ的にはセーフだが。
短い廊下を通って部屋に入る。
「あー、スミマセン。ちょっと遅くなった……」
「小早川さん、こんばんは」
「あ、秀兄ちゃん久しぶり!」
「……」
にこやかにいつきさんと伊織が出迎える中、ピシりと空気が固まったのがわかった。固まらせたのはオレか彼女か。
ペットショップで鍵を拾ってくれた女の子が目の前に居た。……あきらかに怯えて。
え?美沙恵さんの従姉妹?こんな子だったか?印象が全然違うんだけど?いやそれよりも……マジかぁ。え?あの子泣きそう?オレ悪者?いや、悪いのはオレなんだけど。マジかぁ。
内心頭を抱えつつ、いつきさんがお互いを紹介してるのをどこか遠くで聞いていた。
そんな微妙な空気をいつきさんは見逃さず、食卓に並ぶ温かな夕食を前にして尋問が始まった。ほわりほわりと湯気をあげる味噌汁やらトンカツやらを前に取り調べである。
いつの時代の刑事ドラマだとか、カツ丼でないだけマシなんだろうかとか現実逃避を試みるが逃避できるわけもない。
いつきさんを正面、隣に伊織が陣取って、斜め前に例の従姉妹が気持ち体をずらして座っている。
いつの間にやら猫のノラが従姉妹の膝に乗っていて、見下したような視線を向けてくる。元々ノラはオレにな懐いていないのだが……何だか腹立たしい。
洗いざらい喋らされて、いつきさんと伊織から白い目でみられた。うん、わかってる、自分が悪いのは十分わかってるって!
そう、そして悪いことをすれば謝らないといけないのもわかってるから!いつきさん、お願いですから恐ろしい笑顔でオレを追い詰めないでください。
「えっと、本当に重ねがさねごめん。もう二度としません。本当にゴメンナサイ」
ゴメンナサイしか言葉が出てこなかった。子供の謝罪かって思ったがゴメンナサイしか出てこない。この子にとったら本当に迷惑な話だよなぁ。なんか……奈菜が大きくなったらこんな感じなんだろうかと。話しながらすれてない彼女を見てて思ってしまったわけで。そんなことを思ってたら罪悪感が一気に押し寄せてきた。
「えっと、大丈夫なんで……」
全然大丈夫そうでない様子でそう言われるけど。そうだよなぁ、こっちが謝ったらそう言うしかないんだよなぁ。
「うん。鍵ありがとう。助かった」
言い損ねてたお礼も伝える。
「いえ、紛失されなくてよかったです」
顔を引きつらせながら答える橘さんにただただ罪悪感が増すばかり。本当、オレ最低……。
「鈴音さん。世の中には近寄ってはいけない人が何種類かいるんですけど。あの人は近寄ってはいけない人のひとりですからね?」
いつきさんの言葉にぐうの音もでない。
突然、静かに傍観していた伊織が元気に声を張り上げた。
「それじゃ、一段落したみたいだからご飯にしよう!熱い者は熱いうちにだからね。はい、いただきます!」
ちょっと冷めてしまったトンカツは、それでもサクサクしていた。レンコンと白菜の鰹節和えもシャキシャキしてて美味しかった。
伊織といつきさんが穏やかに橘さんに話ふっていたけどなかなかぎこちなさは消えず。橘さんは緊張のあまり五目豆を何度も箸で掴み損ねて泣きそうになってた。形式上和解したとはいえ、何度も脅しかけられたおっさんと一緒の食卓は嫌だよなぁ。
悶々としながら食事を終え、後片付けも済ませた。いつもならいつきさんにコーヒー頼むんだけど、今日はもう帰ろう。
「あの」
視界に橘さんの姿が入ってきた。視線を合わすことなく会釈する。
「あの……挨拶が遅くなってゴメンなさい。203号室に越してきた橘鈴音です。よろしくお願いします。これ、もし良ければ使ってください」
「あ、御丁寧に。ありがとうございます」
思わず条件反射で手を出して受け取ってしまった、おそらくは引っ越しの挨拶の品。
「いつきさん、ごちそうさまでした。とても美味しかったです。今日はこれで失礼しますね」
「お粗末さまでした。ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」
「鈴ねーちゃん、おやすみ!」
「はい、おやすみなさい」
橘さんはそう言ってふたりに笑顔を見せて挨拶していた。なんとも柔らかに微笑む子だ。
視線がふと自分と交差した瞬間、その笑みは消えてしまったのだが。
おそらく条件反射なんだろうとけど……ああまで怯えた顔をされると……地味にダメージを受ける。
「あ、……失礼します」
すぐさま目を伏せて彼女は食堂を後にした。
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