しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

文字の大きさ
上 下
26 / 44
3 101号室 住人 小早川秀章

26.

しおりを挟む
 翌週の土曜日、一番上の姉の咲子から電話があった。嫌な予感しかしないが出なければ更に面倒なことになることを今までの経験上、熟知しているためでるしかない。ブルドーザーのような姉、本当に手に負えない。

「はい」
『あ。秀章~?久しぶり!元気?』

 まったく脳天気な姉だ。三十路を越えて、ふたりの子供の母親になった今でも騒がしい。ここから2時間ほど離れた実家の近くに家を構え、気のよさそうな旦那と幸せな家庭を築いている。あんな姉に捕まってしまった彼が気の毒で仕方がない。

『今日と明日、いつものデパートの催事でルビーチョコのケーキがくるのよ。杏奈の誕生日に今年はそのケーキを秀章がプレゼントしてくれるわよって言ったら奈菜が直接お礼を言いたいっていうから。さぁ、杏奈。『……秀ちゃん!ありがとう!大好き!』よし、いい子ねぇ。じゃあね!』

 相変わらずこちらの都合を一切無視した嵐のような電話である。奈菜の誕生日はもうすぐだけどケーキの事なんて存在すら知らん。姉が食べたいだけなんだろうが奈菜を使ってくるところが腹立たしい。
 通話の切れたスマホを呆気にとられて眺めていると、咲子からケーキの詳細が送られてきた。ルビーチョコでコーティングされたパウンドケーキ。通常店頭販売のみで通販しておらず、期間限定で数量限定の商品である。(しかもお一人様1本限り!)ちなみに人行列必至の人気商品らしい。くれぐれも買い損ねのないようにと念押ししてある。え?あの女共の巣窟に突っ込んでいって並ぶのか?並ぶのか??

 無邪気な姪の杏奈(5歳)から嬉しそうにお礼を言われてしまっている。退路をすぱーんと絶たれており、前へ進むしかないのだ。
 姉は鬼だが姪は天使だ。恐ろしく可愛いのだ。あれは女ではない、天使だ。きっと旦那似なんだと思う。姉の悪影響を受けないこと祈ることしかできないが、できればそのまま育ってほしい。世のため人のためである。

  とりあえず、開店と同時に行けば混雑も少なかろうと、翌日朝から勢い込んで出かけてきたのだが。
 目の前に広がる行列にぞっとした。既に長蛇の列だ。いったいどこから入店したんだ、この人達は・・・・・・。
 
  重い重いため息をついて最後尾に並んだ。いったいどれくらいで順番が回ってくるんだろう。嫌だ、男で並んでるのはきっとオレだけだぞ。ホラ見ろ、チラチラ女達から視線を投げかけられる。ここ、逃げ場がないんだぞ?本当、恨む、姉。

 見るな寄るな触るな話しかけるなオーラを振りまきながら無表情で前方を居据えていると嫌なモノが目に入った。先週の飲み会でうるさくつきまとっていたあの女だ。友達とふたりで数人前に並んでおり、こっちを見てニコニコしている。……オレ、何か悪いことしたか?疫病神が張り付いて居るような気がしてならない。

「小早川さぁん。偶然ですね」

 そう言って列をするりと抜けてこちらへやってきた。友達ちゃんほっといていいのかよ、っていうか列に大人しく並べ。

「夢みたいです!こんなところで会えるなんてもう運命ですよねぇ、私たち」

 本当に夢みたいだよ。何で休日までこんな目にあわなきゃいけないんだ。

「ほら、先日言ってたお店。この後一緒に行きましょうよ。あ、お店に予約しますね?」

 そう言って店に電話しようとする。冗談じゃない。そんな話知らねぇし、行くって一言も言ってないよな?

「悪いけどこの後約束があるんで」
「ちょっとくらいいいじゃないですかぁ」
「(可愛い花子を)待たせてるんですよ。早く行かないといけないんで」
「ええぇ。じゃぁ今日は我慢しますから連絡先教えてくださいよぉ」

 え?何言ってんの?我慢するって何?オレ何も約束してないよね?何、そのあきらかにこっちが悪いっていう態度おかしいだろう?
 ちょっとどん引きだ。こんなに人の話を聞かない子を受付に置いてて大丈夫なのか?あの会社。

 唖然としていたら後ろから声をかけられた。

「秀章くん」

 声を聞いた瞬間「うげぇっ」って思ったけれど平静を保って振り向くと、アパートの住人の美沙恵さんがニコニコ笑いながら立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガラスの海を逞しく泳ぐ女たち

しらかわからし
ライト文芸
夫や彼がいるにも関わらず、彼らにはナイショの行動を取り続け、出逢ったカレとの不倫に走り、ないものねだりを不道徳な形で追い求め、それぞれの価値観の元で幸せを掴もうとしてもがく。 男性優位で不平等な社内で女の顔を持って逞しく泳ぐ女たちも好きな男の前では手弱女に変身する三人の女たちの赤裸々な姿。 男たちのエゴと、女たちの純粋さと逞しさ。 女たちは決して褒められたことではない欲望をどん欲に追い求めながらも孤独な彼女たちの心の叫びが聴こえてくる。 欲望とは欲しがる心、これを追求する女たちを描きました。 (登場人物) 課長 高橋 美夏 三十五歳 青森県津軽のオヤジ 田畑 静雄 四十五歳 婚約者 小川 蓮 三十六歳 主任 佐久間 緑子 三十五歳 高橋美夏の親友 緑子のカレ 大和 二十六歳 課長 山下 夢佳 三十三歳 執行役員 佐々木 五十歳 グループ会社本社社長 佐藤 社長秘書課長 五十嵐 以前の小説名は「男性優位で不平等な社内で女の顔を持って逞しく泳ぐ彼女たち」です。 今回、題名を変え、改稿して再度、公開しました。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

あなたの代わりに恋をする、はず、だった

清谷ロジィ
ライト文芸
主人公の澤野千佳(さわのちか)が星山高校に入学したのには目的があった。 それは、藤原遥(ふじわらはるか)という男の子と恋愛をすること。 その恋は、千佳の嘘が殺してしまったもう一人の知花(ちか)がするはずのものだった。 自分の罪を償うための嘘の恋。 それなのに、千佳は少しずつ遥に惹かれていく。 誰もが「嘘」を抱えて生きている。 だけど「本当」を手にしたとき「嘘」は新しい光を見せてくれる。 そんな希望の物語。

初めましてこんにちは、此方転生者案内所です。

結ノ葉
ライト文芸
やぁ!俺は日本にいる唯の社畜さ! 今日も元気に仕事仕事~いっけな~い、女の子がトラックの前に!助けなければ!何て思ってたらトラックに跳ねられちまった(TT) 暗転する視界の中 『もしかしたらワクワクドキドキの異世界転生が待っているぞ!』 なんて思ってたらまさかの異世界じゃなくて神域生活が始まって俺の心臓はドキドキバクバクでもう死んじゃいそう~! さて、次回俺見知らぬ聖女な少女(仮)(笑)に攻められて大ピンチ~! ………ねぇ、神様。有給楽しんでくる。あと宜しく✩ じゃねぇんだよ!!さっさと戻ってきてくれよカミサマ!は?あと100年後ぐらいに返ってくる??? 取り敢えずこの目の前の自称聖女どうにかしてから行ってくれよ~

交通量調査で知り合った彼女

マーブル
ライト文芸
私は約2ヶ月の間、生活費があと少し必要だったことから激短バイトの交通量調査をした。 そこで偶然知り合った若い女性と彼女になったのだが… 交通量調査歴、交際歴ともに2ヶ月間の彼女のお話しである。

古本屋のおかしな出来事

瑞多美音
ライト文芸
   古本屋でおきるおかしな出来事気になりませんか?  代々続く小さな古本屋……開いてるのかもよくわからず通りすぎるひとが多いこの店では時々おかしなことが起こる。  今日はそのうちのひとつをお話しよう。  

café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu
ライト文芸
café R のオーナー・莉子と、後輩の誘いから通い始めた盲目サラリーマン・連藤が、料理とワインで距離を縮めます。 連藤の同僚や後輩たちの恋愛模様を絡めながら、ふたりの恋愛はどう進むのか? ※小説家になろうでも連載をしている作品ですが、アルファポリスさんにて、書き直し投稿を行なっております。第1章の内容をより描写を濃く、エピソードを増やして、現在更新しております。

百人一首で対戦!? 和歌(わか)ってる、このままじゃ『嵐吹く』って

にけみ柚寿
ライト文芸
時は平成。かるた愛好クラブ所属の主人公・志木谷 桃菜は女子中学生。ある日桃菜は、百人一首の勝負を持ちかけられる。 クラブ活動の一環ではない。 お嬢様っぽい雰囲気の女子から、同級生の男子、聖を賭けての勝負しろと言われる。 (えっと……私は聖に恋愛感情はないのですが……) 争うつもりのない桃菜。だが、対戦相手の女子生徒は、勝負を受けないならば桃菜の秘密を公開すると宣言。 困った桃菜は、お嬢様から目をつけられ、もっと困っている美少年、聖(ちょっと気弱)とともに百人一首の修行を開始するが!

処理中です...