しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

文字の大きさ
上 下
10 / 44
1.203号室 住人 橘鈴音

10.

しおりを挟む
 ほどなくして伊織くんが戻ってきた。手にはしっかり教科書らしきものを数冊抱えてる。
 テーブルに広げてまずは数学。
 ん、なんとなく記憶にあるよ、やった記憶はあるけど、覚えてないよ。なんたって数学のテストをまさかの丸暗記で乗り切ってきたからね。ごめんね、やっぱりお役には立てないよ。

 ふと、ノラはどこだろうと部屋を見渡すと、残念、キャットタワーの上部にあるハウスで寝てた。いつの間にあんな所に移動してたんだろう。

「橘さん、花子が戻ってきているんですけど」

 管理人さんに小声で話しかけられた。ハナコ?何だ?それは。

「野花の花に子供の子で『花子』っていうんですけど。お話ししてたウチで飼ってる犬です」

 ニコニコ笑顔の管理人さんだけど。犬って……ジャーマンシェパードだったよね?花子なの??何というか、独特のネーミングだなぁ。

「会われますか?」

 あ。それはもちろん会いたいです!

 伊織くんに「絶対戻ってきてよね!」と念をおされながら部屋を後にして、管理人さんの住まいへと向かう。
 アパートの入り口や階段付近は明かりがついているので足下も危うくはなかった。
 住まい勝手口の横には裏庭にかけて柵がしてあり、昼間、気候のいい時はここで遊んでいるらしい。

 管理人さんが勝手口を開けると、そこには大人2人が余裕では入れる土間があった。中に入ると外の寒さが幾分かマシになる。
 彼が「花子」と声をかけると軽やかな足音と共に中から花子ちゃんが顔をだした。多分、坂で出会った子だ。嬉しそうに目をキラキラさせながらやってきた。大きい!そして可愛い!

「花子、こちらは橘鈴音さん。ちゃんと覚えるんだよ」

 花子ちゃんは嬉しそうにふさふさとしっぽを振っている。優しそうな子だなぁ。

「触っても大丈夫ですか?」

「どうぞ」

 ものすごく真面目に紹介されたので私も挨拶することにした。しゃがみ込んでわんちゃんにゆっくりと手をグーで差し出す。

「花子ちゃん初めまして。鈴音です。よろしくね」

 花子ちゃんはクンクンと手の臭いをかいでくる。嬉しそうにゆさゆさとしっぽを振ってくれた。お友達になれるかなぁ。
 胸を触り、アゴを触り。嫌がらないみたいなので頭を撫で撫で。あ-、本当に可愛いなっ。     

「犬を飼われていたことがあるのですか?」

「いいえ。友達が犬を飼ってて。時々触らせてもらってました」

 理奈ちゃんに犬の触り方教えてもらったんだよね。

「ああ、そうなんですね。この子はきちんと訓練されてるんですけど、体が大きいから怖がられる方もいらしゃるんですよ。大丈夫なら良かったです」

「大きな犬は近所に飼っている人がいなかったので。お友達になれて嬉しいです」

 結構なお散歩量が必要だったり食費もかかるし、お世話が大変だってきいたことがあるんだよね。

「そうですね。基本散歩は僕がしてますけど、たまに気分転換だと言って住人の方も行かれます。あと門を閉鎖して走らせることもありますし」

 ああ、これだけ広い敷地があるならこの子も気持ち良く走れるだろうな。ああ、でもお散歩!いいなぁ。

「花子との対面も済みましたのでね。こちらからお伝えしたいことは以上です。ゆっくりご検討くださいね」

 管理人さんが目を少し細めてふんわり笑った。あ、なんか今初めて管理人さんの顔を認識したかも。美沙恵ちゃんの言ってた「イケメン」発言にも納得だよ。それに見てるとなんか癒やされる?のかなぁ。ほんわか気分になる。この人、眼差しがあったかい。でも……そんなに見つめられたら緊張する。
 思わず視線を外して花子に逃げる。つぶらな瞳がとってもカワイイ。

「花子も橘さんと散歩に行けたら喜びます」

 この子と一緒に散歩!私もお散歩行ってもいいの?!
  
「桜並木のいいコースがあるんですよ。……桜の季節になったらご案内しますね」

 なんて素敵な提案!

「秋は紅葉の綺麗な所もありますので。楽しみにしていてくださいね」

「はい!楽しみにしています!」

 ものすごく元気よく返事をしてしまった。だってこんなチャンスめったにないもんね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

処理中です...