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第四章 手紙
第91話 ……それから
しおりを挟む「……火東が、死んだ?」
「ええ、さっき中央署の中は大騒ぎになっていたわ。今朝、入院中の病室で首を吊っているのが発見されたって――」
あの廃ビルの一件から、10日が経っていた。順番に署に呼ばれて事情を聴かれていたユウ達は、今は中央署近くの喫茶店で席を温めている。
今日は土曜日で高校は休みなのだが、最後に呼び出された紅葉を心配したオカルト研究部が全員、顔を揃えていた。
そこへ顔を出した紅葉から出た言葉が、その場にいる全員を凍り付かせたのだ。
結局あいつ、何の責任も取らずに死んだのかよ……
ユウは、胕が煮えくり返るのを抑えるのに必死だった。
逮捕された犯行グループの自供により、この10年間で美月さんも含めれば12名もの女性が被害に遭っている事が分かった。そして、その全員が、もう亡くなっていたのだ。実際に、もう何人かのご遺体は証言を元に発見されてもいる。
現役の警察官、それも捜査第一課の課長という要職に付いていた人物が中心に行われていた猟奇的な事件は、日本中を騒然とさせていた。
一日中、テレビやネットで取り上げられ、まだまだ治まる様子は無い。
「……馬鹿な、男ですね」
その場の雰囲気を気にする様子も無く、青葉が口を開いた。
「刑に服している間に、自分の人生を見つめ直す時間はあったんです。そうすれば、違っていたかもしれません。あの男の魂は、吐き気がする程に濁っていました。その魂と同じか、それ以上に濁った魂達しか周りには集まってこないんですよ?
……想像も、したくない。あの男には、苦しみしかない時間が永劫と呼べるほどに続いてゆくんです。 勝ち逃げなんて、この世界には無いのに――」
彼女が冷たく言い放った言葉に、ユウといずみは顔を見合わせた。
「ねえ、青葉ちゃん。……魂が、集まるの?」
「はい。生きている間に、魂の色は決まります。そして亡くなった後は、みんながみんな今いるこの世界に暫く留まっているんですけど、その間に出会う魂は近い色を持った魂だけです。
どんな魂でも、死後に待っている条件や環境は同じですけど、どんな魂が周りに集まるかで、世界はまるで違ってしまいます。
優しい色を持つ魂の集まりと、濁った色をした魂の集まり、どちらが幸せで、どちらが苦しいか、言わなくても分かりますよね?」
その話を聞いたユウといずみは、全く同時にゴクリと唾を飲み込んだ。
「……な、なぁ、青葉。何時まで、魂はこの世界に居るんだ?その後って、いったい何処に……?」
ユウは恐る恐る、青葉に尋ねてみた。それは、全くもって気になる質問だ。
「その先の事は、私にも分かりません。でも……」
「……でも?」
「多分…… 生まれ変わるんだと思う」
青葉は、ユウをじっと見つめ目を細めた。何故、彼女は自分を見つめてくるのだろうか?不思議に思いながら、ユウは再び質問をした。
「う、生まれ変わるの?輪廻転生ってやつかなぁ……?」
「はい。仏教では、それを輪廻転生と言いますね。それから、もう一つの質問の何時迄この世界に魂が居るかですけど、それも何となく分かります」
「い、いつまでなの……?」
「はい。自分のエゴが、無くなるまで――です」
その質問に、青葉はキッパリと言い切った。
そして、その場にいる全員が顔を見合わせた。
それじゃあ――
あの男は本当に未来永劫、苦しみ続けるかもしれない……。
「……まぁ、その話は追々しましょう。今日分かった事は他にもあるから、皆に伝えておくわね」
紅葉が青葉の肩に優しく手を置き、続きを話し始めた。
「水崎さんのことだけれど、逮捕はされないみたいね」
「本当ですかっ!?」「本当っ!?」
ユウといずみが、同時に顔を上げテーブルに身を乗り出す。
結局あの日、水崎翔子の身柄を警察に引き渡して、彼女は拘留された。
彼女が気を失ってから、皆で話し合って決めたのだ。
事情はともかく、火東が生きていて大怪我を負っている以上、水崎の行った行為は傷害事件として警察に扱われるだろう。火東から水崎と小野の名前が出てくれば、隠しようの無い事実であった。
そこで考えたのは、今までの被害者と同様に水崎を襲った火東が、空手の有段者である彼女に逆に返り討ちにされたという、架空のストーリーだ。
私怨もあった翔子は、つい力が入り過ぎてしまい火東に大怪我を負わせてしまった。と、いうエピソードをでっち上げるのだ。
小野刑事は、それをたまたま目撃してしまい、止めるべく尽力したに過ぎない。
この提案に、最初は自分が全て背負うと猛烈に反対していた小野だったが、警察に拘留されてしまった水崎さんを守れるのは、あなたしかいないし、自らの手で復讐が果たせなかったと知り、意気阻喪するに違いない彼女から事実が語られれば、いくら未成年とはいえ、誘拐・監禁・殺人未遂など、彼女の今後の未来にかなりの暗い影を落とすことになる。しっかり彼女を支えて下さいと、紅葉に説得された。
紅葉の説得に渋々だが、小野は納得した。
ただ、これは難しい賭けだった。
火東の口からは真実か、保身の為の都合の良い嘘が語られるのは間違いない。そうすれば小野とて、いつまで警察にいられるか分かりはしない。それに一番の懸念は水崎本人を、どう説得するかである。彼女の性格上、事実を全て話してもおかしくはないだろう。
だが――
火東は話を聴かれる前に、命を絶った。
後は、小野が水崎をどう説得するかだ。
「ええ……傷害事件なのは間違いないけれど、小野さんが上手くやったんじゃないかしら?」
「じゃあ直に、勾留が解かれるんですね。良かった~!」
「ええ、本当に。でも学校からの処分は、きっとあると思うの。最悪は、退学になるかもしれないわね」
「そんな……!水崎さんと、もう学校で会えなくなるの?今、水崎さんを一人になんてしたら、ぜったいダメなんだよ!」
「落ち着いて、いずみちゃん。……そうね、高校には私達からも働きかけましょう。天野先生なら、きっと相談に乗ってくれると思う。
でも高校のことは、彼女自身がどう考えているかも心配なの。彼女にはもう、高校に通う意思が無いかもしれないわ。
……本当に、いずみちゃんの言う通りなの。
今の水崎さんは、一人にするべきじゃない。ううん…… 一人にさせては、絶対に駄目なのよ」
「……そうですね。かといって、水崎が俺達に会うとも思えないし…… 何か、考えないとですね」
ユウの言葉に、全員が頷いた。
「それから小野さんは、近々どこかに移動になると思う。拳銃の不法所持の件は上手く誤魔化せたみだいだけれどね。
火東が…… 現役の警察官が、これだけの事件を起こしたのよ。上層部の責任は免れないとして、県警全体の改革は必ず行われる。少なくとも、火東の近くにいた人達は全員、移動になると思うわ」
……残念だが、その予想は当たるだろう。
これだけの事件を、身内が起こしたのだ。警察の信用回復には、かなりの時間と努力が必要になる。
「でも彼は、これからの警察に必要な人よ。簡単に、辞めてもらっては困るわ」
そう言って苦笑いを浮かべる彼女を見つめながら、ユウは思っていた。先生は小野さんのこと、どう思っているんだろう? ……と。小野さんが、先生のことを好きなのは分かっている。
……あなたは、小野さんが遠くに行ってしまっても平気なんですか?
ユウは、その質問をしようか迷い、止めておいた。二人の問題に立ち入るべきではないと思ったし、上手く言葉が出てこなかった、という理由もある。
「……如月君、どうしたの?そんなに難しい顔をして――?」
気が付つけば、彼女がユウを見ていた。 いえ――、と返しながらも、ユウはそんな彼女の態度に少しイラッとしていた。
だが次の言葉を聞いて、そんな気持ちなど吹き飛んでしまった。
「それから、貴方に頼まれていたことについても連絡があったの。火東のご家族のことだけれど、今朝、無事にうちの宗派のご本山に到着したそうよ」
嬉しそうな笑顔を落とす彼女と――
「――ッ! そうですか!無事に、着いたんですね。―――本当に、良かったです。それもこれも先生のお陰です。本当に、ありがとうございます!」
同じ笑顔で、頭を下げるユウ。
「私は、本山に繋げただけ。でも、あそこなら外部の人は絶対に入って来れないし、生活は質素だけれど当面の危険はない筈よ」
そんな二人が、少し眩しそうにお互いを見つめ合う。
あの日―― 犯行グループの襲撃を撃退した直後に、ユウから火東の家族の避難場所を相談された時は、驚いたものだった。
あんなに恐ろしい事があった直後に、自分達を襲った張本人の家族の心配をしていた彼に、紅葉は本当に驚いた。
……確かに、あの時点でもう火東の逮捕は決まっていた。そして逮捕されれば、この10年間の悪行が表に出るのは時間の問題だった。
「――悪いのは、火東です。そして家族は、その事実を全く知らずに今まで生活していた筈ですからね。でも世間は、そんなことにはお構いなしに、あの家族に牙を向けます。信じてた家族に裏切られた上に、そんな事態になったら、きっとあの家族は耐えられないと思うんです」
そう頭を下げて頼み込んできた彼に、紅葉は正直どう応えて良いか分からなかった。……なぜ、貴方がそこまで?と、思わずにはいられなかった。
怒っても、不思議ではない……。
「先生のお陰で、当面は身の安全は確保出来ましたね。……でも、あの家族はこれから大変な困難に立ち向かっていかなければならない。それこそ、一生を掛けてです。
火東は、本当に大変な罪を犯しました。どれだけの人の人生を、狂わせたのか分からない」
それでも彼は、悔しさに唇を震わせながら言葉を紡いでゆく。
「でも……それでも…… 残された人も、傷付けられた人達も、生きてゆくしかないんです。……俺は、あの家族に……余計な事をしたのかもしれないです。
でも……さっき青葉が話してくれた……その世界に行くまで……自分自身と話しながら……生きてゆくしか……ない。
俺は……どんなに苦しくても……その先に……その人にしか出せない答えがあるって……信じてますから」
そう言って哀しそうな笑顔を見せた男を、六つの視線が眩しそうに見つめた。
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