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第三章 死闘
第80話 バスケマン
しおりを挟む「汚い手で、その女性に触ってんじゃねえよっ!!!」
大男が雄叫びを上げ、その迫力に押された男が一歩、二歩と後退した。
大男はバスケットボールをリズムカルにバウンドすると、信じられないスピードで距離を縮めてきた。あっと思った時にはもう、目の前に迫っている。
すると―― 目の前で大男の体が反転する。
ボールに視線が釘付けになっていた男は、一瞬にして消えたボールの行方を、まるで手品でも観ている様な不思議な気持ちで探した。
次の瞬間。ゴッ!と強い衝撃を頭に感じて、男はまた意識を失いそうになった。
転がっていくボールを見て、見失ったボールがまた頭に直撃したのだと理解した。
ふらふらと体を揺らす男に、大男が拳を握り締めながら近付いてくる。
朦朧とする意識の中で、男はその様子を何の感情もないまま、まるで夢でも視ている様に見つめている。
ゆっくりと、大男が拳を振り上げて――
「流ぇ――っ、やめろ―――っ!!」
するとそこに突然、先程まで遠くで叫び声を上げていた男が突っ込んできた。もの凄い勢いでタックルされた男は、車との間に挟まれ意識を失った。
いずみを襲っていた男が気を失っているのを確認し、ユウがヨロヨロと立ち上がった。肩でぜいぜいと息をしながら、拳を振り上げたまま固まっていた流にようやっとの様子で声を掛けてきた。
「ハァハァハァ……! ばかやろ……。お前のその手は、そこに転がっているボールをネットに叩き込む為にあるんだろうが。そんな奴、殴って汚すなよ」
「………あ、ああ。すまない。金森が襲われているのを見たら、ついカッとなって」
自分は守られたのだと、その時になって流はようやく気が付く。ユウの心遣いが、嬉しかった。
「だけどさ、本当に助かったよ。……親友」
親友がニッと笑い、つられて流もニッと笑った。
「……だけど、どうなっているんだ?大体、この男は誰なんだよ?何で金森を連れ去ろうとしてたんだ?」
今日の昼休み、確かにユウから金森を駅に着くまででいいから見守っていてほしいと頼まれた。そして何かあったら、助けてやってほしいとも言われた。
だけど、まさか男に襲われるとは夢にも思っていなかった。
「ああ、それな。いやちょっと、いず……金森と黒木先輩が質が悪い連中に目を付けられちゃってさ。もちろん警察には相談してあったんだけど警察も忙しがってて、中々手が回らなくてさ…… ごめん、流を危険な事に巻き込んじゃったな」
そう言うと、親友は深々と頭を下げた。
「そ、そうなのか?まあ、でも金森を守れたから良かったよ」
そう言うと流はまたニッと笑って、車椅子の上で気持ちよさそうな寝顔を見せている金森を愛おしそうに見つめた。
「本当、助かった。一生恩に着るからな、流」
もう一度、深々と頭を下げたユウを見て、照れ臭くなった流は「よせよ」と、言って笑った。
「お前と金森の役に立てたんだ。俺も嬉しいよ。だけど……」
言い掛け、流は続きを話すことを躊躇う。
「……だけど?だけど何だよ、流」
「……いや、何でもない」
その様子を見ていたユウが訝し気な視線を自分に向けてきた。が、その時には、やはりこの続きは自分の胸の中にだけに留めておこうと決めていた。
……だけどさ、ユウ。
心の中でだけ、流は話しを続けた。
お前はさっき、俺の手を汚すんじゃないと言ってくれたよな?
だけどさ、ユウ。お前のその手は、もっと大切な人を……
バスケより大切な存在を、守る為にあるんじゃないの?
車椅子の上で眠る愛おしい君の寝顔を、流はもう一度見つめた。そしてその女性の元に駆け寄る、友の心配そうな横顔もだ。
流は寄り添う二人を見つめながら、自分が初めて見付けたバスケより大切な存在は、同じくらい大切なこの親友が守る役目なのかもしれないと感じていた。
沈みかけの夕日が、やけに眩しくて――
重なり合って一つに視えた二人から、春日流は視線を外した。
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