50 / 96
第二章 絆
第50話 門
しおりを挟む俺は…… この人の、記憶を視たのか?
ユウは一瞬で、今の状況を理解した。この目の前の女性は、もう生きてはいない。そして今まで、俺はこの人自身だった。
髪の毛が逆立つ感覚を、項の辺りに感じた。そして紅葉が首にかけてくれたアミュレットが微かに震えているのも分かった。
その時、ワンピースの女性とユウの間に青葉がスッと割り込んできた。女性が飛び退く様に後ろに下がる。
「先輩!」
ユウの位置からは青葉の表情は分からなかったが、ワンピースの女性は明らかに不愉快な表情をしている。
電車の発車を告げるベルが響き、続いて扉が閉まる音がした。電車がゆっくりと発車していく。だがユウには、そんな事を考えている余裕はなくなっていた。ワンピースの女性が、再び近づいてきたのだ。
ユウ達の横を電車がゆっくりと進んで、徐々にスピードを上げていく。
「……消えて下さい」
そしてあと数歩という所で、青葉の冷たい声が聞こえた。
ぞわり!
その瞬間、ユウの全身を今まで感じたことの無い悪寒が包み込んだ。全身の毛穴が粟粒の様にふくらんで弾け飛び、恐怖で両足が小刻みに震え始めた。
ズ…ズズ……ズズズ
‥‥なに? 何だ? あれ……何だよ?
青葉の背中から、何かが出てこようとしている。黒い靄の様なソレは、段々と膨れ上がりながら何かを形づくっていく。
……ねえ、先輩? それは何? それは、いったい何なんだよっ!?
憎悪、怒り、悲しみ、恐怖、色々な感情が雑じり合ったような真っ黒なソレは、あっという間に3m程の塊に膨れ上がり、円を作り上げた。
”ブラックホール”
そんな単語が、頭に浮かぶ。
……門だ。
あれは門だ。
あれは絶対に近寄ってはいけない、何処か恐ろしい場所へと繋がる門だ。
門という言葉が頭の中に浮かんだ瞬間、ユウをとてつもない恐怖が襲った。
……怖い。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい!!!
恐ろしくて、絶対に近寄りたくない!
全身が恐怖で、ガタガタと震えていた。その場から逃げ出そうと後ずさるが、足に力がはいらず何歩か下がるのがやっとだった。情けなく腰を抜かして尻もちをつきながら、それでもソレから少しでも離れようとユウは足を必死に動かし続けた。
そしてなんとか、5~6m離れた時だった。
ズゾゾゾ……!
何の前触れもなく、真っ暗な門の中から白い何かが姿を現す。
全身真っ白でうっすらと光っているそれは、人の赤ちゃんだった。ただ大きさは2mを優に超えているだろう。全裸で手足を丸め左手の親指をしゃぶっている。眠っているのか両目を閉じて、無心に親指をしゃぶり続けている。
ふと、全身の震えが止まった。
……熱い。胸から下げたアミュレットが、門が現れてから異常に熱かった。
スウッと赤子の目蓋が開いた。目の前には、ワンピースの彼女が立っている。
彼女は恐怖の表情を浮かべて、先程のユウと同じ様に全身を震わせていた。
赤子の右手が、ゆっくりと女の子に向かって伸びていく。左手は、しゃぶったままだった。
女の子は恐怖で体が動かないのか、赤子の大きな手が彼女の胴体を掴んでも何の抵抗もしなかった。ひょいっと片手で軽々と持ち上げられて、上下左右に揺さぶられてから彼女は初めて声にならない悲鳴を上げた。
彼女はひどく暴れて抵抗したが、声は届かない。彼女が悲鳴を上げ続けているのが分かっているのに、ユウには聴こえてこなかった。
まるで玩具で遊んでいるかの様に、赤子が女の子を振り回している。彼女の必死な抵抗など、まるで無意味だった。
「……や、めろ」
ユウは、やっとその一声を絞り出したのだ。
「やめろよ、先輩!やり過ぎだぞっ!!」
ユウの言葉に、青葉がゆっくりと振り向いた。
「……何故ですか?この人はあなたに手を出しました。消えて当然です」
無機質な彼女の声と共に、赤子が門の中に消えていく。その手にはまだ、女の子を掴んだままだった。
……まずい!
あの中に引きずり込まれたら、二度と戻って来られない気がした。
気が付くとユウは、女の子に向かって駆け出していた。力が入らない筈の両足で、前へ前へと走り出していた。そして女の子に抱きつくように、赤子の大きな右手に飛びかかっていく。
……彼女の体に触れた瞬間の感覚を、忘れられない。
それはまるで、冷たい電気に抱きついたみたいだった。
魂が麻痺していくような強烈な痺れを感じながらユウは女の子を抱えたままホームの上を数メートル転がり、そして止まると同時に彼女を背に庇う様にして体制を立て直した。
……真っ暗な門の中には赤子の右腕だけが生えていて、そして直に完全に消えた。すると黒い靄も段々と小さくなっていき、やがて完全に消えてしまった。
後ろを振り返ると、女の子が自分の肩を両手で抱きながら震えている。そして彼女も、直にすうっと消えていった。
……助かったのか?
気が緩んだ次の瞬間、ユウは意識を失った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕
ラララキヲ
恋愛
侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。
しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。
カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。
ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。
高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。
前世の夢を……
そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。
しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。
「これはわたくしが作った物よ!」
そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──
そして、ルイーゼは幸せになる。
〈※死人が出るのでR15に〉
〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げました。
※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!
ブラックマンバ~毒蛇の名で呼ばれる男妾
零
BL
ブラックマンバ。
上半身に刻まれた毒蛇のTATTOOからそう渾名された青年。
抱くものを執着させ、魔性と言われるその青年の生い立ち、、、
義父、警察官、、、
彼の上にのった男達、、、
拙作『The King of Physical BABYLON』登場人物のスピンオフとして書き始めましたが、こっちの方がメインになりつつあります。
妹に騙され性奴隷にされた〜だからって何でお前が俺を買うんだ!〜
りまり
BL
俺はこれでも公爵家の次男だ。
それなのに、家に金が無く後は没落寸前と聞くと俺を奴隷商に売りやがった!!!!
売られた俺を買ったのは、散々俺に言い寄っていた奴に買われたのだ。
買われてからは、散々だった。
これから俺はどうなっちまうんだ!!!!
妹が約束を破ったので、もう借金の肩代わりはやめます
なかの豹吏
恋愛
「わたしも好きだけど……いいよ、姉さんに譲ってあげる」
双子の妹のステラリアはそう言った。
幼なじみのリオネル、わたしはずっと好きだった。 妹もそうだと思ってたから、この時は本当に嬉しかった。
なのに、王子と婚約したステラリアは、王子妃教育に耐えきれずに家に帰ってきた。 そして、
「やっぱり女は初恋を追うものよね、姉さんはこんな身体だし、わたし、リオネルの妻になるわっ!」
なんて、身勝手な事を言ってきたのだった。
※この作品は他サイトにも掲載されています。
【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから
SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け
※一言でも感想嬉しいです!
孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。
——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」
ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。
ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。
——あぁ、ここで死ぬんだ……。
——『黒猫、死ぬのか?』
安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。
☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。
※ハードプレイ編「慎也は友秀さんの可愛いペット」※短編詰め合わせ
恭谷 澪吏(きょうや・みおり)
BL
攻め→高梨友秀(たかなし・ともひで)。180センチ。鍛え上げられたボディの商業デザイナー。格闘技をたしなむ。
受け→代田慎也(よだ・しんや)。雑誌の編集者。友秀によく仕事を依頼する。
愛情とも友情とも違う、「主従関係」。
ハードプレイ、野外プレイ、女装プレイでエスエムをしています。痛い熱い系注意。
声劇・セリフ集
常に眠い猫
大衆娯楽
小説ではありませんっ
主にセリフや声劇台本になります!
ふと浮かんだ小説に入れたいなと思ったセリフを登録しておく場でもあります!
あらゆる放送内でのご使用ご自由にどうぞ!
随時公開しておきます。
感想も待ってます!
アレンジ、語尾変換、なんでも自由に好きなように演じちゃってください!
現在使用されているライブ放送アプリ
ツイキャス
リスポン
Spoon
YouTube
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる