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大貴族の人達。

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 門が開けられ再び動き出していた馬車が止まる。止まった場所は王城前ではなく、それより少し離れた場所。『離れ』というにはちょっと大き過ぎるが、来る途中で見かけた冠を持つ貴族の誰よりも大きな建物だ。ズラリと並ぶ二十人は居るであろう使用人達に目を見張る。

「お疲れ様で御座いました」

 燕尾服風のスーツを身に纏うバトラーさんが恭しく礼をする。リリーカさんが席を立つと真っ白な手袋をつけた手の平を空に向けた。その姿はなんか頂戴。的なものに見えなくはないが、馬車を降りるリリーカさんを介助する為だ。一応私も女なのだが、今は男装している為にそんな事はされない。

「大広間にて皆様がお待ち申し上げております」
「分かったわ。有難う」

 バトラーさんに礼を言い、馬車から降りた私の腕を取る。すると、それまでリリーカさんの側に居たバトラーさんが手を鎖骨に添えて目線をやや下げ後退る。ここからは私が彼女をエスコートする番だ。

「では行こうか」
「はい、カーン様」

 一歩を踏み出す為に足を上げ、地面に着くか着かないかのタイミングで、並んだ使用人達が無言のまま一斉にお辞儀をする。一糸乱れぬその動作に、またもや目を見張った。



 ハイヒールの音が、良く磨かれた石畳で産まれて壁に反響する。王様達が居住する館の中は静まり返っていて、時折見かける白甲冑の人達がガシャリと姿勢を正す姿に、『ご苦労様』という意を込めほんの僅かに頭を下げる。

「そういえば、さっきバトラーさんが『皆様』とか言っていたね」
「はい、仰っておりました。ですからわたくし、先程から嫌な予感しかしておりませんの」
「嫌な予感?」
「はい。あの姫様の事ですから、何か余計で、面倒な事になっているのではないかと」

 サプライズとは決して言えないブラックジョーク好きの王様の娘。フォワールからの求婚にしても、ここまで拗れてしまったのはエリシア王女の所為が大きい。

「ま、あの中に入れば明らかになると思いますわ」

 行く手には、白い甲冑を着込んで赤マントを背負う、近衛兵と思しき人達が立っている。彼らが守るその扉が、大広間なのだろう。

 ガチャリ、ギィィ。と趣のある音を立て、近衛兵によって大きな扉が開かれる。大広間にはエリシア王女をはじめ、三位のタドガー=ヘミニス=ラインマイル。八位のフレッド=アクラブ=ウォルハイマー。そしてストーカーのフォワールとその息子。と、後は面識のない人達が幾人か。それが一斉に、一部は敵意を剥き出しで。そして一部は好奇の目を私達に注いでいた。

「リリーカの言う通りだったね」
「ええ、本当に困ったお人ですわ」
「うぇっくしょいっ」

 絶妙なタイミングでくしゃみをするエリシア王女。それを見たタドガーが姫様の元へ歩みを進める。

「お風邪ですか?」
「ちょっ、何であんたが来るのよ。あっち行ってて頂戴っ」
「ああ……イイですねぇその表情」

 ゴキブリを追いやるかの様な扱いに、恍惚の表情を浮かべて下がるタドガー。その様子を見ていた他の大貴族達は、ただでさえ離れているのに更に離れる。

「姫様。緊急招集とお聞きしましたのに、この集まりは一体何の集まりなのです?」

 紫を基調としたドレスを身に纏い、孔雀の羽根の様な扇子を持つ貴婦人が言う。

「ホッホ、愚問じゃなマリアよ。姫様の事じゃどうせロクでもない事じゃて」
「うっさいわね」

 仙人の様な白いお髭をモゴモゴさせて言ったお爺ちゃんに、即座にツッコミを入れるエリシア王女。

「どうでもいいですけど姫様、朝中食がまだなので早めに終わらして下さまいませんか?」

 横綱顔負けの体格をしたご婦人が話をする度に、ピンクを基調としたドレスが破れるのではないかとヒヤヒヤさせる。ところで何だ? ちょうちゅうしょくって?

「ミネルヴァ、あんた食べ過ぎよ。少しはダイエットなさいな。何か行事がある度にサイズが変わってちゃ、服を仕立てる者も大変でしょうに」
「何を言ってるのよマリア。これでも痩せたのよ」
「……………………どこが?」

 長い長いタメの後、マリアさんがツッコミを入れる。そして、手に持っていた孔雀羽根の扇子をミネルヴァさんの顎に当てて上下させる。その度に生まれた波紋が、ふくよか過ぎる肉を波立たせていた。

「全く醜い、醜いですわ。まるで──」

 そこで言葉に詰まるマリアさん。そしてミネルヴァさんの顔が熟れたトマトの様に真っ赤になる。その体型からはトマトというよりもチョロギに見えて仕方がない。

「まるで何?! もしかして、豚とでも言うつもりだったのかしら!?」
「別に私は何も言ってませんわよ。兎に角、一日十食をやめた方が良いわね」

 十食!? コイツ一日でそんなに食ってんのか!? そりゃデブるわ。

「カーン様、面識の無い方もいらっしゃいますから、今のうちにご紹介致しますわ。まずは左から」

 王女が嫌そうな顔をしているのが、冠三位のタドガー。そこからかなり離れた場所に、冠五位のマリア=レーヴェ=ティルレット。その隣でタプタプされているのが、冠六位のミネルヴァ=パルセノス=リザベルト。何かとお世話になった八位のフレッド=アクラブ=ウォルハイマー。モゴモゴ髭がムッ○を彷彿とさせる仙人風お爺ちゃん、十位のマクシム=コロゼク=ハネス。そしてアルカイックスマイルを浮かべる、十二位のルレイル=イクテュエス=パーソンズ。と、十二名の内の九名の冠のくらいを持つ大貴族が、大集合であった。

「まだ一人来てないけど、まあいいわ。それじゃっ、始めるわよっ!」

 椅子から立ち上がったエリシア王女は、左手は握って自らの腰に当て、右手は人差し指を真っ直ぐに伸ばしてリリーカさんに向けた。

「リブラ争奪っ、両家お宝対決をねっ!」

 ねっ、ねっ、ね……と、室内に王女の声が木霊する。呼ばれた大貴族達も、どうリアクションして良いのかも分からず、ただただ唖然と立ち尽くしていた。

「ホッホッホ。だから言うたじゃろう? ロクでも無い事じゃとな」
「──っ!」

 凍り付いた場の空気とマクシムお爺ちゃんのセリフとで、ポージングまでして宣言したエリシア王女は顔を真っ赤にして差した指を震わせていた。


「──つまりは最も価値あるお宝を出した方が、リブラを娶れる。という事ですのね?」
「そうよ」

 恥ずかしい思いをして少し拗ねた王女がぶっきらぼうに応えた。

「けれどそれは必要ありますの?」
「と、言うと?」
「この様な気品の欠片も無い穀潰しに、そんなチャンスを与える事がですわ」

 持っていた孔雀の扇子をビシッとフォワールに向けるマリアさん。当のフォワールは平静を装っているが、その手の平は彼等の見えない所で強く握られていた。

「穀潰しとは心外ですレーヴェ様。確かにわたくしは国益になんら寄与してはおりません。しかし、金というのは貯めていては何ら益を齎しません。使ってこその金に御座います。その様な理由により、素晴らしき品々を産み出した職人達に敬意を表し、美術品を蒐集している次第に御座います」

 ポッテリしたお腹に手を添えて、恭しく礼をするフォワール。

「ホッホッホ、そうじゃな。金は使う事によって巡るモンじゃ。そして最終的には国へと還る」
「ちょっと、アレを庇うおつもりですの?」
「んにゃ、別に庇おうとしている訳ではおらんよ。ヤツの言う事もまた真理じゃて」

 あのお爺ちゃんの言う事も最もなんだけど、散財し過ぎているってどうなんだろうと思ってしまう。

「まあ、それについての議論は後でやって頂戴。私はとっとと始めたいんだけどいいかしら?」
「私も姫様に同意します。朝中食が冷めてしまいますもの」

 食う気満々のミネルヴァさんに同意する事なくエリシア王女は立ち上がる。

「いい? これが済んだら、互いに干渉はしない事。それを破った者はそれなりに覚悟して頂戴」
「畏まりました」

 肩口に手を添え恭しくお辞儀をするフォワール。リリーカさんはというと微動だにしなかった。

「どうなの? リブラ」
「リリーカ?」

 彼女の肩に手を置くと、その身が僅かに震えていた。不安そうな笑みを向けるリリーカさん。

「大丈夫。きっと勝てるよ」

 そう囁くと、不安そうな笑みが幾分か和らいだ。

「王女殿下。こちらも準備は整っております。どうぞお始め下さい」
「分かったわ。では、まずサヒタリオから見せてもらいましょう」
「畏まりました。おい」

 フォワールは扉に向かって指を鳴らす。開かれた扉から運ばれてきたフォワールのお宝に、関心の声をあげた。
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