上 下
44 / 235

箱の中身。

しおりを挟む
 ガフォッ。という、真空チルド室を開けた時の様な音を立て、金庫室への扉が開かれる。体育館程の広さがある部屋には余計な物は何も置かれてはおらず、ノブの付いてない扉と地面から生えている柱、そして先程ルレイルさんが唱えた光の魔法によって灯された明かりだけだ。

「こちらがリブラ様の金庫です」

 左右五個づつ設えた扉の一つの前に立ち、明かりの魔法によって浮き上がった無気味なアルカイックスマイルでルレイルさんは告げた。これ、夜道で出会ったら腰抜かすヤツだっ。

「では、鍵を入れさせて頂きます」

 ポッケから渡した鍵を取り出し、一メートル程の高さがある柱の頭頂部に開いた穴に鍵を差し入れる。すると、柱が淡い青色の光を放って設えた扉が沈んでゆく。

「ほぇーっ、魔法でこんな事も出来るんですね」
「魔法というよりは錬金術の類ですわね」
「錬金術?」

 錬金術と聞いて、ねじり鉢巻をして腰に魚屋さんのエプロンを巻き、へいらっしゃい。と明朗な声掛けをするお店のご主人を連想した。

「正確には鍛治と錬金術の合わせ技。といった所でしょうか」
「合わせ技?」
「ええ、この鍵と扉は一級鍛治師によって作られています。そして、使われている素材に魔力を蓄える為の錬金術の技術が使われ、蓄えた魔力で扉が開かれるのです」

 なるほど。合わせ技だ。

「そんな講義はどうでも良いからとっとと入るわよ」

 痺れをきらしたエリシア王女が扉を潜る。次いでリリーカさんが潜り、最後は私。

「あれ、ルレイルさんは一緒に行かないのですか?」
「ええ、私はここでお待ちしておりますので、どうぞお気を付けていってらっしゃいませ」

 光加減によって無気味なアルカイックスマイルに見送られ、ホラー感覚で金庫への扉を潜った。


 扉を潜るとすぐに地下へと降りる階段になっていた。『金庫』という割には体育館程の広さしかない建物で、十人もの貴族のお宝を保管しているのを疑問に感じていたが、この階段で納得した。広い敷地の下に金庫があるんだね。

 中は暗いかと思いきや、天井に埋め込まれている白い帯から漏れる光で問題なく降りられる程の視界が保たれていた。

「思ってたより明るいのね」
光石こうせきと呼ばれる鉱物のお陰ですわ」
「あ、ルリさんが洞窟で見たっていう。コレがそうなんだ」

 確か周囲の魔力を吸収して発光する石だったっけ。魔法で脱走できない様に牢屋にも使われている素材、とも言ってたな。

「ルリ?! ソレは何処の泥棒猫ですのっ!?」

 私という者が居ながら他の女にうつつを抜かしてっ。とか言い出しそうな勢いで詰め寄るリリーカさん。

「泥棒猫て。たまたまオジサマのお店に居合わせただけの冒険者の人だよ」
「ああ、そうなんですの。良かったですわ、わたくしてっきりお姉様に捨てられるのかと思いました」
「え? いや、捨てるも何も元から何もないでしょう?」
「何を仰いますかお姉様。今わたくし達は恋人同士なのでしてよ?」

 フリでしょそれは。え? まさかこのヒト仮想と現実が入れ替わっちゃってる?!

「いや、あのね。リリーカさんと恋人なのはカーン君であってですね?」
「いいえっ、わたくしが──」
「あのさ」

 言い掛けたリリーカさんの言葉を遮り、エリシア王女が口を挟む。腕を組んで指をトントンしている事から察するに、苛立っておいでの様だ。

「話進まないから止めて貰って良い?」
「「はい。すみません」」

 威圧を含んだエリシア王女に、私とリリーカさん。二人揃って頭を下げた。


 階段を降りた先には木製の扉が設えてあった。そのドアノブに手を掛け、エリシア王女がこちらに振り向く。

「いい?」

 真顔で尋ねるエリシア王女に私とリリーカさんが頷く。この扉の向こうには、リブラ家所蔵のお宝が眠っている。そう思うだけで弥が上にも期待と緊張が高まる。

「いち、にの、さんっ! ……って言ったら開けるわよ」

 そういうコメディ要りませんて。


 ギギイィ。月日が経った味のある音と共にドアが開かれる。室内は暗く、廊下から差し込んだ光の分だけしか見る事が出来ない。

「明かりは点かないのかしら」

 エリシア王女が一歩を踏み出すと、途端室内に明かりが灯される。設置された光石によって室内全体が露わになり、目の前に広がる光景に誰もが声を失っていた。

 元冒険者で街を救った事もある英雄。そんなオジサマが所蔵するお宝。それを期待してここまでやって来た。しかし、教室を縦に二つ繋げたくらいの長さがある部屋の中央に、一メートル四方の木箱が五個だけ置かれていれば、声も出なくなるというものだ。なんつー空間の無駄遣いだ。

「たったこれっぽっち!?」
「これはちょっと……」

 もっとこう、ね。木箱が積み上がった状態を思い浮かべていただけに、私と王女の落胆は凄まじいモノがある。それに輪を三つも四つもかけて、絶望ともいえる表情をしている人が一名。所有者の娘が一番ダメージ大きいな。

「どどどどうなさるおつもりですかっ!? このままでは、わたくしの負けは確定ではありませんかっ」
「ホント、どうしようかな。サヒタリオは乗り気だし、今更取り消せないしなぁ……逃げるか」

 オイ。ダメだろ逃げちゃ。

「と、取り敢えず中を確認しよ? 万が一にも貴重なお宝が在るかもしれないし」
「万が一……」

 益々暗くなるリリーカさん。室内の空気が重い。

「お……」

 お?

「おほほほっ! いいですわっ、こうなったら箱の隅々まで存分に調べて差し上げますわっ!」

 奇声を上げて、一番左の箱へと向かうリリーカさん。ついにリリーカさんが壊れたっ。

「じゃあ、私はアレにしようかしら」

 エリシア王女は左から二番目の箱に向かう。さて、私はどうしようか。残りは真ん中から右にかけての三つ。私はその内の真ん中を選んだ。何故? と言われたら、私はこう答えるだろう。ただなんとなく、と。


 木箱の蓋を開けると、長い間放置されていた証の埃が舞い上がる。その埃を手で払い除けて中身を確認する。木箱にはギッシリと物が詰め込まれていたが、出てくる物は使えそうにないものばかり。

 破れたマントに錆び付いてくの字に曲がった剣。先端に水晶球が付いた、半ばから折れた杖。ホントロクなものが無いな。

 その他としては、ヤバイ色をしたポーションらしきモノや何かの干物。そしてこれは……

「なんでこんなもんがあるのよ」

 手に取った小瓶には、かすれた文字で『ひと匙一晩中』と書かれていた。まさかオジサマ、これを使っておばさまと? いや、むしろ逆だな。おばさまならやりかねん。

「コッチには良い物有った?」

 探索を終えたエリシア王女が私の方へとやって来る。その背後には、王女が担当した箱の中身であろう物達が転がっていた。ただ食い散らかしただけじゃん。

「王女殿下は如何でした?」
「ダメね。ゴミしかないわ」

 改めて食い散らかした物達を見ると、高そうな物がちらほらと転がっているのが見て取れる。

「ご、ゴミですか?」
「ゴミよ」
「そうですか……」

 王女が発する威圧にこれ以上は突っ込めなかった。

「あと一つね」

 四つ目までを確認し終え、残るは目の前に置かれた木箱のみ。

「じゃあ、開けるわよ」

 エリシア王女が木箱の蓋に手を掛ける。王女の言葉に私は頷き、リリーカさんは祈りを捧げていた。

「いち、にの、さんっ! って言った方が良い?」

 いいから早よ開けんかいっ。


 エリシア王女が蓋を開ける。その中身に王女と私は言葉も出ず、リリーカさんに至っては腰を抜かしてその場に座り込んだ。

「カラ!?」

 そう、声を失っていたのはお宝がギッシリ入ってたからではなく、何も入っていなかったからだ。部屋だけでなく箱の中身も空間の無駄遣いっ!

「ん? 何か、ある」

 漆黒に染まる箱の中に手を突っ込むと、金属製の何かが指先に当たった。

「ネックレス?」

 底に置かれていたのは金色のチェーンが付いたネックレス。先端にはひし形をした立方体の鉱石らしき石が付いている。

「これ、真っ黒だけど何の石だろ?」

 付いている漆黒の石はまるでブラックホールの中心部。光さえも逃さず、全てを吸い込みそうな錯覚さえ覚える。

「やっと出たわね、お宝らしいお宝が」

 アンタが転がした物の中にも価値ある物があるけどね。

「ですが、何故コレだけが入れられていたのでしょうか?」
「まあ、ここで考えてても仕方がないから、イクテュエスに鑑定してもらいましょっ」

 魔導鑑定機ならこのネックレスの正体も判るだろうと頷き、ユーリウス所有の金庫を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...