上 下
88 / 128
最終章 幸せな日々

番外編 第21話 天使

しおりを挟む
「お初にお目にかかりますナガツキ大公様。私はサルージ王国の第二王子、名をカイル=サルージと申します。」


 丁寧にお辞儀をし、俺よりも低い位置に頭を置くサクラよりやや年上に見える青年。まるで上位者に対しての挨拶であるかのようだ。

 にしても随分と腰の低い王子だな。しかも一緒にいる従者なんて俺達に土下座までしてるじゃないか。


「ようこそお越しくださいました。ナガツキ大公家一同歓迎致します。」

「「「ははぁっ!」」」


 ちょっと待て。お前王子だろ? 従者と一緒に土下座するのやめろ。


「どうか頭を上げて頂きたい。貴方は王族ですよ?」

「私のような下賤な者になんと寛大な……。」


 王族が下賤な者なわけないだろが。

 悲しい事に、国内の貴族は一部を除いてナガツキ家に対しては皆こうなのだ。

 相手が隣国だから大丈夫だろうと思っていたが、正直油断した。


「さあさあ。歓迎の準備は整っています。堅苦しい挨拶は抜きにして、先ずは食事でも。」

「なんと……たかが第二王子風情の私に食事まで…………。」
「カイル様、良かったですね。」
「おお。我らの王子が英雄に歓迎されている。」


 風情って何だよ。お前は俺達を何だと思ってるんだ?










 こちらへの敬意なのか畏怖なのかはたまた両方か、そういったものを払拭する為レイアが何度も俺達は普通の人間である事を説明した。

 酒をしこたま飲ませながら。

 何かが違う気はするが、結果としてある程度普通に接してくれるようにはなった。


「いやはや、レイベルト殿も息子のレイア殿も気さくで助かります。このカイル、先程までは正直生きた心地がしませんでした。ぷはぁっ。」


 だろうな。

 あそこまで自分を卑下するのだから、大方そんなところだとは思っていた。

 というか酒臭いなおい。


「ナガツキ大公家は確かに強くはありますが、心は普通の人間です。今後ともカイル様には普通に接して頂ければ幸いです。」

「英雄というからにはもっと怖そうな方を想像していましたが、雰囲気が優し気で話しやすい御仁。何故皆が恐れているのか不思議なくらいです。」


 それは俺も分からん。


「全くです。これも風評被害というやつかもしれません。ところで、そろそろうちのアーリィを紹介したいのですが。」

「おお! レイア殿が出す酒の旨さに目が眩み、すっかり失念していましたね。ひっく。」


 レイア。雰囲気を和ませる程度で良かったんだぞ?

 第二王子をこんなに酔わせてどうする気だ。

 これは後でアオイに怒られるな。


「アーリィを呼んできてくれ。」


 レイアが一度退席し、アーリィを呼びに行く。


「うちのアーリィは政治の話なんかも好きでして、カイル様とお話が合うかもしれません。」

「それは嬉しいですね。どうも年の近い御令嬢方は流行のお茶や小物、美しいドレス、恋愛ごとなどに興味があるようでして、私とはなかなか話が合わず……。」


 あぁ……普通の貴族令嬢はそうかもしれん。

 うちの娘達は全く違うようだが、一体どうやってサクラやアーリィは友達を作ってるんだ?

 他の令嬢達と話が合わないんじゃないか?


「連れて参りました。」

「良し入れ。」


 ドアから入って来たのは着飾った四人の女性陣。アオイ、エイミー、サクラ、アーリィだ。

 レイアよ。何故四人も連れて来たんだ?

 取り敢えずアーリィだけで良いだろが。


「な、なんと可憐な…………。初めまして。私はサルージ王国第二王子、カイル=サルージと申します。」


 カイル王子はアオイの手を取り挨拶をする。

 完全に勘違いしてるな。


「あ、あー……初めましてですけど、私は碧。レイベルトの妻です。」

「え? あ、これは失礼致しました。レイベルト殿の奥方は随分お若いようですが……。」


 勘違いされるのも仕方ない。見た目だけならレイアと姉弟にしか見えんからな。


「アオイは俺より年上ですよ。」

「うん? レイベルト殿も冗談を言うのですね。」

「いえ、冗談ではありませんが。」

「…………え?」


 分かるぞ。アオイを見た奴は大体こんな反応だからな。


「で、ではこちらがアーリィ殿で? 大変可愛らしい方だ。」


 エイミーの方を見ながら俺に質問するカイル王子。


「私はレイベルトの妻、エイミーです。」

「レイベルト殿。こちらの奥方も随分お若いですね?」

「あー……。エイミーは俺と同い年です。」

「…………もしや若返りの秘薬などお持ちなのですか?」

「持ってないです。」


 どうしてその結論に至ったんだ?

 いや、言いたい事は分かるがな。


「もしやこの方も……。」

「あぁ。その子はサクラ。エイミーとの娘で今は17歳です。」


 サクラの年齢を聞いた途端、カイル王子はほっとした様子を見せた。


「そ、それでは……お三方の後ろに隠れている方が……。」

「はい。アーリィ、恥ずかしがってないで出てくるんだ。」


 アーリィはもじもじしながらひょこっとアオイの後ろから顔を覗かせる。

 うちの娘はなんて可愛いのだろうか。


「……。」


 どうしたんだ?

 アーリィを見たかと思えば固まってるじゃないか。


「天使だ…………。」

「はい?」

「天使が地上に降臨なされたのだ。」


 ぼけーっとアーリィを見つめるカイル王子は熱に浮かされているかのように独り言を呟いた。

 この男は何を言ってるんだ?


「カイル様。恐れながら、天使よりも可愛いと思いますが。」

「し、失礼しました! その通りです! 天使などとは比較にならない程可愛い!」

「え、えっと。アーリィと申します。」

「ふおおおおおおおおおっっ!! 可愛いっ!!」


 興奮し過ぎだろ。

 完全に飲ませ過ぎたな。


「あの、あの……政治面で優れている殿方と伺っております。私もそういったお話を好んでする傾向にございまして。」

「アーリィ殿。私と結婚致しましょう。」


 ガシッとアーリィの手を取り求婚する第二王子は少し暴走気味のようだ。


「アーリィ殿程愛らしい方には第二王子の妻では相応しくないですね。ちょっと王位を簒奪して参りますので、二年……いや一年時間を下さい。貴女にきっと王妃の座をお贈り致します故! ひっく。」


 頼むからやめろ。国際問題になる。


「王子!」
「カイル様!」


 お? 良いぞ。

 従者達よ、お前らの王子がご乱心だから止めてくれ。


「誠に素晴らしき案かと!」
「お二人に乾杯!」


 なんでだよ!? お前らは止める側だろ!


「父さんごめん。」

「レイアは何を謝っているんだ?」

「その……従者の人達も酒を飲めないと可哀想かと思って…………。」


 は?


「たくさん飲ませてしまった。」

「待て。一応聞くが、何を飲ませた?」


 頼むからナガツキ家のおいしい湧き水とか健全なものであってくれっっ!


「英勇殺し。」


 お、お前…………。


「客に出す類いの酒じゃないだろ!」

「しかもストレートで。」

「謝る気あるのかお前は!?」

「ご、ごめんって。でも、今は酔ってるけど後で冷静になれば問題ないはずだから。」


 それもそうか。

 酔った状態が一生持続するわけじゃないしな。


「ちょっとちょっと。あれ、良いの?」


 アオイが俺の袖を引っ張りカイル王子に視線を向ける。

 何かを書いているようだが……何をやってるんだ?

 俺は後ろからこっそりと回り込み、王子が書いている文章を読んで見た。









 我、絶対強者レイベルト殿の名の下に王位を簒奪せん。

 英雄レイベルト殿と勇者アオイ殿の娘アーリィ殿を娶るにあたり、第二王子という私の格では不足である。

 これ程の強者の娘には王ですら格が足りないというのに、あろうことかアーリィ殿はサルージ王国王妃程度で我慢して下さるとの事。

 父上におかれましては、王位を私に明け渡し下さるのがよろしいかと。

 突然だと問題になるので、時間を掛けて兄上と王位継承を争う体で自然な流れを作り…………






「待て。その手紙を出してはいけない。」

「いきなり奪うのはマズいのでは?」


 いきなりじゃなくても奪うのはダメだろう。


「そもそも奪うのがマズい。」

「はぁ……。」


 良く分からないという顔をするカイル王子だが……俺の方が分からんわ!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5時から俺は! 地獄の様な異世界から帰ってきた俺が更に地獄の様な生活を送りながら希望を見出す物語。

石のやっさん
ファンタジー
地獄の様な異世界の生活!そして帰って来てからも地獄は続く救いはあるのか 主人公の理人は異世界召喚で、異世界ブリエールに召喚された。他の生徒と同じようにジョブやスキルを貰ったが、特殊なスキルのせいで、同級生に嫌われ殺され掛かり…命は助かったものの、生きるより辛い地獄の日々を送る事になる。 暗闇の部屋で血を吸われ、精気を奪われる日々。 そんな絶望の中時間が過ぎ、同級生の勇者大樹が魔王を討伐した事により事態が変わる。 女神により呼び出された理人は『元の世界に帰るか、この世界で生きていくか』選択を迫られる。 理人が監禁されてから数年が経ち同級生たちは異世界に基盤を作り全員が残る事を決意した。 だが、理人は帰る事を決意した。 元の世界に戻る事を選んだのは理人だけだった。 ジョブやスキルを返し、元の年齢まで若返った理人を襲ったのは更に続く地獄だった。 そんな彼を救ったのは、地獄で身に付いた能力だった。 地獄の異世界生活からたった1人この世界に帰ってきた男の苦悩の物語。 逆転が始まる迄数話掛かりますし、鬱展開もあります。 他の小説もあるので更新はゆっくりになりそうです。 最初に数話 異世界のパートはありますが、ただ地獄で此処での主人公は何も活躍しません。

勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが 別に気にも留めていなかった。 元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。 リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。 最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。 確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。 タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。

[完結:1話 1分読書]幼馴染を勇者に寝取られた不遇職の躍進

無責任
ファンタジー
<毎日更新 1分読書> 愛する幼馴染を失った不遇職の少年の物語 ユキムラは神託により不遇職となってしまう。 愛するエリスは、聖女となり、勇者のもとに行く事に・・・。 引き裂かれた関係をもがき苦しむ少年、少女の物語である。 アルファポリス版は、各ページに人物紹介などはありません。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 この物語の世界は、15歳が成年となる世界観の為、現実の日本社会とは異なる部分もあります。

たとえば勇者パーティを追放された少年が宿屋の未亡人達に恋するような物語

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが別に気にも留めていなかった。 ハーレムパーティ状態だったので元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、三人の幼馴染は確かに可愛いが、リヒトにとって恋愛対象にどうしても見られなかったからだ。 だから、ただ見せつけられても困るだけだった。 何故ならリヒトの好きなタイプの女性は…大人の女性だったから。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公にはなれない、背景に居るような主人公やヒロインが、楽しく暮すような話です。 1~2話は何時もの使いまわし。 リクエスト作品です。 今回は他作品もありますので亀更新になるかも知れません。 ※ つい調子にのって4作同時に書き始めてしまいました。   

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

妻を寝取ったパーティーメンバーに刺殺された俺はもう死にたくない。〜二度目の俺。最悪から最高の人生へ〜

橋本 悠
ファンタジー
両親の死、いじめ、NTRなどありとあらゆる`最悪`を経験し、終いにはパーティーメンバーに刺殺された俺は、異世界転生に成功した……と思いきや。 もしかして……また俺かよ!! 人生の最悪を賭けた二周目の俺が始まる……ってもうあんな最悪見たくない!!! さいっっっっこうの人生送ってやるよ!! ────── こちらの作品はカクヨム様でも連載させていただいております。 先取り更新はカクヨム様でございます。是非こちらもよろしくお願いします!

『異世界は貧乳が正義でした』~だから幼馴染の勇者に追放されても問題がない~ざまぁ? しませんよ!マジで!

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのガイアにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ガイアの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人去ったのだった。 実は彼は転生者で幼馴染には全く興味が無かったからだ。 そして彼は…此処からは読んでからのお楽しみです。 『美醜逆転』『男女比』で異世界系のリクエストを貰ったので書き始めてみました。 ただ、それだと面白味が無いので少し捻ってみました。 実験を兼ねた思いつきなので中編になるか長編になるか未定。 1話はいつもの使いまわしです。

俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前。でも……。二人が自分たちの間違いを後で思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになる。

のんびりとゆっくり
恋愛
俺は島森海定(しまもりうみさだ)。高校一年生。 俺は先輩に恋人を寝取られた。 ラブラブな二人。 小学校六年生から続いた恋が終わり、俺は心が壊れていく。 そして、雪が激しさを増す中、公園のベンチに座り、このまま雪に埋もれてもいいという気持ちになっていると……。 前世の記憶が俺の中に流れ込んできた。 前世でも俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前になっていた。 その後、少しずつ立ち直っていき、高校二年生を迎える。 春の始業式の日、俺は素敵な女性に出会った。 俺は彼女のことが好きになる。 しかし、彼女とはつり合わないのでは、という意識が強く、想いを伝えることはできない。 つらくて苦しくて悲しい気持ちが俺の心の中であふれていく。 今世ではこのようなことは繰り返したくない。 今世に意識が戻ってくると、俺は強くそう思った。 既に前世と同じように、恋人を先輩に寝取られてしまっている。 しかし、その後は、前世とは違う人生にしていきたい。 俺はこれからの人生を幸せな人生にするべく、自分磨きを一生懸命行い始めた。 一方で、俺を寝取った先輩と、その相手で俺の恋人だった女性の仲は、少しずつ壊れていく。そして、今世での高校二年生の春の始業式の日、俺は今世でも素敵な女性に出会った。 その女性が好きになった俺は、想いを伝えて恋人どうしになり。結婚して幸せになりたい。 俺の新しい人生が始まろうとしている。 この作品は、「カクヨム」様でも投稿を行っております。 「カクヨム」様では。「俺は先輩に恋人を寝取られて心が壊れる寸前になる。でもその後、素敵な女性と同じクラスになった。間違っていたと、寝取った先輩とその相手が思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになっていく。」という題名で投稿を行っております。

処理中です...