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第二章 ルートⅢ

第29話 勇者の絶望

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 伝説の勇者が倒したとされる怪物。

 奴には攻撃が殆どまともに通じる事はなく、俺の宝剣やエイミーの魔法だけは多少の効果があるようだった。

 だがそれだけだ。

 宝剣やエイミーの魔法も多少通じるだけで大して効果はない。

 あの怪物は傷を受けるとすぐに再生してしまって、倒せそうな様子がまるでなかった。

 伝説の勇者が倒したのであれば、何か対抗策があるのではないかとアオイが言い出し、それを王宮に戻って確認する事にした。

 あの怪物は俺達に大した興味を示さず、民衆を次々と食べる事に夢中だった故に撤退する事は簡単だった。





「ベグレート王。奴は強くて倒せそうもないよ。何か対抗する手段とか倒し方とか残されてないの?」

「倒し方は伝わってないが、そう言えば……伝説の勇者の暗号文書がある。そこにあの怪物への対抗策が無いか確認してみてくれ。此度の勇者殿も日本から来たなら読めるのではないか?」

「あるなら先に言え!」

「も、申し訳ない。」


 ベグレート王は急いで宝物庫に全員を案内し、勇者の暗号文書をアオイに手渡した。


「イットリウム王国の王宮にあった物と似てるね。まぁ、同一人物が書いたんだから当たり前か。」

「150年前にイットリウム王国から金で買い取ったと聞いている。当時の王が勇者に大層憧れを抱いていたそうだ。」

「勇者ファンって事ね。」

「ファンとは聞き慣れない言葉だ。勇者の言葉か……。」

「今から読み上げるよ。」
































10,858年

 繰り返される悠久の時に精神が擦り減っていく。

 私はどこで失敗したんだろう。

 思えば最初に『アレ』を召喚してしまった時点で失敗だったのかもしれない。そもそもこの世界に私が召喚されてしまった事が間違いだったのかもしれない。

 失敗を挙げればキリがない。

 私の繰り返した人生は百や二百ではないのだから。

 もう正確には覚えていないけど、一万年は生きたような気がする。

 あぁ……日記には自動で体感年数が記されるようにしたから、今は10,858年か。

 まさか、死に戻りが寿命での死にも適用されるだなんて…………。

 もう死にたい。

 私は能力が進化する過程で、いくらかの所有物も持ち越せる事に気が付いた。

 ただ、この世界には碌な道具が無い。持ち越せると言っても、大した物は持って行く事が出来ない。

 だから……日記を持って行く事にした。

 繰り返される時をまだ苦にも思っていなかった頃の日記。

 所有物を持ち越せる事に気付いたのは100か200年くらいの頃だから多少記憶の抜けはあるけど、ある程度書き直した日記を持ち越す事が出来た。

 時々あれを読み返して、初めてイットリウム公国の君主に会った事、その人と恋をした事、そして子供達が生まれた事、それらの出来事を思って少しでも自分を慰める。

 あの頃に戻れたら、悠久の時から逃れる方法を見つけられるかもしれない。

 でも、あの頃に戻ったら……子供達が生まれないかもしれない。あの恋が無くなってしまうかもしれない。

 私にはそんな事、耐えられない。

 何より、そんな気持ちすらもどうでも良くなりかけている事実が私を苦しめる。









12,013年

 久しぶりに日記を書いた。いつの間にかこんなに時間が経っていたなんて…………

 そんな事より、やっとこの繰り返しから逃れる魔法を開発した。

 私自身の魂にプロテクトを掛け、能力を封印してしまえば良い。

 そうすれば私は繰り返す事もなく、この世界にある輪廻の環に自身の魂を乗せる事が出来る。

 生まれ変わって今の記憶を失う事で、辛く苦しい時の牢獄から脱出する事が出来る。

 ただ気掛かりなのは『アレ』を召喚してしまった影響。

 いつからか『アレ』を召喚する手順を踏まなくても、死に戻る度勝手に現れるようになってしまった事。

 恐らく、私の魂が『さぐぬtヴぃらヴんみr』と繋がり『アレ』の因子を取り込んでしまったからだと思う。

 何度も繰り返した影響もあって、私は唯一無二の強さを手に入れていた。魔法技術だって、魂に手を加えるという神の領域にまで手が届きかけている。

 だから『アレ』を倒す事は苦でもない。

 でも……私の魂が能力を取り戻してしまえば、恐らく『アレ』も現れるに違いない。

 魂を封印する魔法は完璧じゃない。輪廻の流れで封印が徐々に解けていき、いつかは生まれ変わった私に再び能力が発現する時が来る。

 生まれ変わった私が……輪廻を繰り返し弱体化した私が『アレ』を倒せるだろうか?

 多分無理だ。

 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 後世の人には迷惑を掛けてしまう。

 だって『アレ』を倒す事など弱体化して魔法の知識さえも失った私では恐らく不可能。

 万が一生まれ変わった私と『アレ』が戦う事になれば、私は魂を吸収されてやり直しが発動せず、世界は滅びる。

 ごめんなさい。

 無責任でごめんなさい。

 私は……後の世の滅びよりも、私自身を優先してしまいました。

 私が弱いから……終わりの見えない時間に心が耐えられないから……この世界を見捨てる事にします。

 もう少し魔法の研究をすれば、もしかしたら完璧に能力を封じる事だって出来たかもしれない。

 『アレ』の因子を取り除く事も出来たのかもしれない。

 でも、その魔法を完成させるまで、今度は1,000年? それとも10,000年? 或いは100年?

 もう無理です。

 私は私として生きる事にもう耐えられません。


 本当にごめんなさい。

 死ぬのは辛いの。死んだ時の記憶を持って生き返るのはもっと辛いの。それを繰り返すのは更に辛いの。何よりも…………同じ時を何度も過ごす事が本当に辛いの。

 助けて欲しかったのに…………。














 死ね。皆死ね。世界なんて滅びろ。『アレ』も人も動物も、皆死ね。

 どうせなら、いっそ私の手で…………




 ごめんなさい。ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 願わくば、私の魂が覚醒しない事を。






 手慰みで造った聖剣モドキをイットリウム王家に残します。多少は『アレ』にもダメージが通るでしょう。

 この日記を読んでいるという事は、恐らく私以外の勇者が出現したはずです。

 勇者が聖剣モドキを使えば……万に一つの勝ち目はあるかもしれません。

 生まれ変わった私の能力が発現するタイミングと勇者が再び現れるタイミングが運良く重なる事を祈っています。


 ごめんなさい。

 無理を承知でお願いします。






 あぁ……やっと死ねる。

 『私』を終われる。


















「これが……こんな物が……勇者の日記?」


 一万年だと?

 明らかに勇者サクラは摩耗していた。

 人間の精神に変調をきたすには十分な時だった、という事だ。


「つまり、碌な対策が無いという事じゃな。」

「対策は聖剣モドキのみ、か。多少傷つけられる程度の。絶望的だ……。」

「この日記の通りだとするなら、英雄も勇者もあの怪物を倒すには単に強さが足りていないという事なのだろうな。」

「そ、それでは! ストレッチ王国どころか、全人類が滅びるという事ではないか!!」

「うるさいぞヴァイセン侯爵。今は対策を考えろ。」

「はいはい。ヴァイセン侯爵はうるさいから少し黙って。イットリウム王家に残した聖剣モドキって、多分その宝剣の事だよね?」


 アオイが俺の持つ宝剣を抜き、まじまじと眺める。


「あ、柄に『♰桜♰ソード』って書いて……って中二病かよ。」


 中二病?


「まぁ、それは良いか。今の所一番可能性が高いのはエイミーが宝剣で戦う事だね。私の攻撃は全く通用しなかったし。」

「アオイ、エイミーは剣術をそれ程習得してないんじゃないか?」

「ううん。私程じゃないけど、それなりには使えるよう訓練しておいた…………ってどうしたのエイミー?」


 エイミーの顔は青く、体が震えている。


「だって……つまり、私は勇者サクラの生まれ変わりで、前世の私のせいで訳の分からない怪物が現れて…………。」


 怪物が現れたのも自分のせいだと気にしているのか。

 エイミーのせいではないというのに。


「それは違うぞ。そもそも勇者を呼んだこの世界の人間が悪い。エイミーが悪いなんて事はないはずだ。」

「おうとも。英雄の言う通り、儂の御先祖様が勇者を呼んだから悪いんじゃ。死んだら文句を言っておくわい。」

「そうそう。むしろいきなりあの怪物を呼び出してしまったわけじゃない事に感謝した方が良いくらいじゃない?」

「そうだな。400年前のストレッチ王国を救ってくれたのは伝説の勇者だ。特に気に病む必要などないだろう。」

「し、しかし王よ。元を正せば勇者が怪物を呼んだから…………」
「うるさいわ! ヴァイセン侯爵。貴様は貝のように黙っておけ!」


 ヴァイセン侯爵は無視しよう。


「どうだエイミー? いけそうか? 勿論俺やアオイも援護はするぞ。」

「……うん。私、やってみるよ。」


 覚悟の決まった顔でアオイから宝剣を受け取るエイミー。


「君に大変な役目を押し付けてしまってすまない。」


 最悪の場合、俺が盾になってでも必ず守ってみせる。


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