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第二章 ルートⅢ

第28話 戦後

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 敵兵の大部分を倒したところでストレッチ王国が降伏を申し出てきた。

 勝ったのは嬉しい事だ。

 しかし、あまりにもあっさりと勝ててしまい正直拍子抜けした。

 だがこれで……エイミーを陥れた国を滅ぼせる。後の事は王に任せて、俺達はエイミーを陥れたスパイ共の親玉を処断すれば良い。




 戦争に勝ったイットリウム王国はストレッチ王国の武装を解除させ、今後の要求やら何やらの詳細を詰める為にストレッチ王国王都で話し合う事とした。

 ストレッチ王国王都では歴史的な建築物や古代の書物なんかもかなり残されているらしく、そういった物を壊して欲しくないようだ。

 是非一度見に来て判断して欲しいと言われ、イットリウム王国側としては文化まで否定するつもりもないのでその提案に乗る事にした。

 イットリウム王国側からはジャルダン国王、シュタイン公爵、俺、アオイ、エイミーが。

 ストレッチ王国側からはベグレート国王、ヴァイセン侯爵、ブレイン侯爵、ランデル侯爵が。

 この九人で顔を突合せ、今後の話し合いを行おうと自己紹介を互いに始めたところ…………





 ズガンッ!!!




「エイミー! いきなり何をやっている!!」


 エイミーがブレイン侯爵の名前を聞いた途端に剣を抜き、猛然と襲い掛かった。

 ギリギリで俺とアオイが間に入って剣で受け止める事は出来たが、信じられない事に二人がかりでも押し返されそうな程の威力だ。

 今の攻撃で王宮が揺れ動いた気さえした。


「レイベルト、ブレイン侯爵を殺させて?」


 突然どうして……

 まだ何も話し合っていないじゃないか。


「待て! 先ずはワケを話せ!」

「そうだよエイミー! いきなり過ぎる!」


 今のエイミーからはアオイの五倍なんてものでは済まない魔力が放出されている。

 勇者サクラの話はおとぎ話の類だと思っていた。

 太陽を落とし、大地を割り、洪水を発生させ、台風や竜巻で何もかもを吹き飛ばす。

 冗談みたいな話だが、俺でさえ物理的な重圧を感じる魔力量は伝説が本当だった可能性を示唆している。


「うん。やっぱり見間違いじゃない。貴方はスパイ共に指示を出していたブレイン侯爵ですよね?」

「あ、あぁ……俺は確かにスパイの総指揮官でもある。しかし、一体何故?」


 スパイの親玉だと?

 何故エイミーがそれを知って……そうか! やり直しの記憶か!!


「私は貴方のスパイに大変お世話になりました。ですからお礼に殺して差し上げようと思ったんです。」


 ブレイン侯爵がスパイの親玉なら、エイミーが受けた仕打ちを思えば恨むのは当然。俺だってこいつを斬らずにはおけない。

 だが……。


「エイミー。せめて話し合いが終わるまでは待ってくれ。」

「私達は事情を知らないんだから、その辺を聞くまで待って?」

「……二人がそう言うなら。」


 なんとか俺とアオイの説得に応じてくれたエイミーだが、既に碌な話し合いが出来る雰囲気ではない。

 彼女の暴力的な魔力が放出され続け、俺とアオイ以外の全員が冷や汗をかいている。

 そんな中でも流石は王と言うべきか、国王同士で淡々と今後について話し合いが行われた。

 取り決めの内容としてストレッチ王国はそっくりそのままイットリウム王国へと吸収され、抱えていた属国は独立させる事で合意。

 民衆に圧制を敷かない事が条件ではあったが、我が国の王はそのような事をする人では決してない。

 特に問題なく話合いは進み、いよいよ…………


「で、ブレイン侯爵殿。お主がスパイの親玉で間違いないのじゃな?」

「えぇ。俺がスパイを指揮しています。……恐らく、英雄殿の奥方はスパイによって何かしらの不利益を被ったのでしょう。俺の首でその怒りを鎮めて頂けると…………」
「緊急!! ご報告申し上げます!! 王都内に正体不明の怪物が突如として出現!! 民衆に多大な被害が出ております!!」


 ブレイン侯爵が自身の首を差し出そうと提案しているところに、大声で衛兵が割って入ってきた。

 正体不明の怪物だと?


「怪物は民衆を次々と食べている模様!! あ、あれです!!」


 焦って窓の方を指差す衛兵。

 わざわざ覗き込もうとするまでもなく、アレの姿を目視出来てしまった。


「なんだアレは……。」

「一般家屋以上に大きいぞ。」

「あんな不気味なもの、一体どこから……。」

「巨大で冒涜的な姿の黒い怪物……まさか。」


 ベグレート王は心当たりがあるのか、驚きながらも何かを確信したような顔つきで説明し始めた。


「アレは400年前、伝説の勇者が倒したとされる怪物だ……と思う。この国に突如として現れ、戦争相手であったにもかかわらず、伝説の勇者が倒してくれたとストレッチ王国王家に伝わっている。聞いていた姿形とまったく同じだ。」


 ここからでも見えるアレの姿は黒く、胴体から生えた何本もの触手が蠢いては五本の足で少しづつ移動している。


「……そのような話はイットリウム王国には伝わっていない。」

「そうか。長い時の中で伝わっていない話もあるのだろう。俺が言えた義理ではないが、ここには英雄と勇者二人が揃っている。なんとか民衆を助けてはくれまいか? この国最後の王の願いだ。」


 ベグレート王は王のプライドなどかなぐり捨て、土下座で俺達に願い出た。

 エイミーを陥れた国の王の願いなぞ本当は聞きたくない。

 しかし、だからと言って罪のない人々を放っておく事は騎士の誇りを汚してしまう。


「非常に業腹だが、民に罪はない。奴を倒しに行くぞ! 俺は前に出る! アオイとエイミーは魔法で援護を!」

「任せて!」

「……。」


 エイミーは俯いたまま返事をしない。


「エイミー! 早く行かなければ……。」
「ごめんなさい。私はどうしても助ける気にならないの。」


 彼女の魔力からは怒りの感情が伝わってくる。

 それも無理はない、か。


「エイミー。気持ちは分かるけど……」
「アオイちゃんには分からないよ。レイベルトだって分かってない。」


 俺達の言葉をぴしゃりと切って捨ててしまうエイミー。


「私はレイベルトもアオイちゃんも大好きだよ? でも……私の気持ちはきっと二人には分からない。戦争から婚約者が帰って来ないかもしれない中で違う人と関係を持って、心と体がバラバラになる感覚。行動と気持ちがちぐはぐになる感覚。考えてみれば、あれは暗示と薬を使われてたからなんだって気付いた。」


 エイミー……。


「私が裏切ったのは確か。でも二人は……そんな私を受け入れてくれた。凄く感謝してるの。だけど、それとこれとは別。私は心にも無い事は出来ない。頭では分かってるけど、この国の人を助ける事なんて出来ない。」


 すまないエイミー。

 俺は、君を分かった気になっていただけだったんだな……。


「辛い事を言わせてしまってすまない。」

「私もごめんなさい。」

「良いよ。私も……我儘でごめんなさい。多分、それでも二人は助けに行こうと思ってるよね?」

「……あぁ。」


 俺とてストレッチ王国を憎いと思う気持ちはある。

 暴れてしまいたいとも思わないわけではない。

 しかし、民衆まで巻き込む事はやはり出来ないんだ。


「やっぱり、私も行くよ。もし二人が帰って来なかったら、私は死んでも死にきれないから。」


 本当にすまん。

 俺はもう……アオイにもエイミーにも頭が上らんな。

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