上 下
49 / 128
第二章 ルートⅢ

第26話 勇者の楽しい交渉学習講座

しおりを挟む
「私は反対です! せっかく奇跡的に防衛戦に勝利出来たのですから、ここで欲をかくべきではない! 勝てたとして、我が国は更に疲弊するのですよ!?」


 確か……ビットレイ伯爵だな。

 あいつも家に戦死者が出ていない貴族家だったはず。


「疲弊はしない。ナガツキ伯爵家だけで戦争するつもりだからな。」

「なっ! 無茶だ! それにいくら疲弊しないとは言っても、再び相手に戦争の口実を与えてしまう!」


 言っている事は尤もらしいな。


「なら、相手を完膚なきまでに叩きのめす事が出来れば文句は無いんだな?」

「し、しかし……相手の兵は元を正せば罪のない民。それを大量に殺そうなど……やはりどんな理由があれど戦争には反対です。」


 ん?

 兵は確かに民だが、ただの民ではなく兵として出てきているのだから、死ぬ覚悟はあるだろう。


「なあ、ビットレイ伯爵。お前はどっちの味方なんだ? イットリウム王国が将来に渡って存続する可能性よりも、隣国の民が大事なのか?」


 勿論民に罪など無い。

 しかし、兵として戦場に出てきた奴は別だ。


「なんと無礼な! 私はただ暴力で解決するのは良くないと思っているだけです! しっかり話し合えば、戦争など起きないはずです!」

「確か……戦争前のストレッチ王国はかなり無茶な要求を出してきていたよな? それでも戦争を避ける為に苦渋を舐めながらも無茶を聞いていたはずだ。」

「はい。ですが、要求を呑みさえすれば戦争は起きません。」

「最後は聞けなくなって戦争になったと王より話を聞いているが……ビットレイ伯爵。お前の言う話し合いとは無茶な要求を聞き続ける事か?」

「そうは言っていません。ですが、良く考えてみて下さい。過去にイットリウム王国は属国でした。独立戦争の時に伝説の勇者が現れ、大量の兵を虐殺したと伝承に残っています。我々はその罪に対して、謝罪と賠償を行っていくべきなのです。」


 俺でも分かるぞ。こいつはスパイだな。


「向こうがイットリウム王国を侵略した際に起こった被害は向こうが謝罪と賠償すべきだろ。それに関しては何も言わないのか?」

「起こるべくして起こった事です。被害については悲しい事と思いますが、ストレッチ王国が慈悲をかけてくれたからこの程度で済んだのでしょう。」


 話にならん。


「王よ。ビットレイ伯爵はスパイではないのですか?」

「あー……一応、向こうの王族と親戚関係があってな。証拠もなしに処断は出来んのじゃ。」

「ふん! 私をスパイと決めつけるなど、英雄殿は野蛮ですね。これだから成り上がり者は……スパイと言うなら、貴方の第二夫人だって怪しいものですよ。」

「……何だと?」

「英雄殿の第二夫人は貴方を裏切ったのでしょう? それなのにどうして第二夫人に収まっているのです。謀略で陥れられたと吹聴しているようですが、本当は英雄殿もスパイで、もう一人のスパイを匿った……なんてあり得るのでは?」


 こいつっ! もう許せん!


「おま……」
「レイベルト。私に任せて。」

「止めるなアオイ!」

「ダーメ。割と本気で殴りつける気だったでしょ。それじゃあ意味ないよ。」

「意味ならある。ぶちのめせば少しは分かるだろ。」

「それがダメなんだって。ただ殴っても賛同は得られない。レイベルトは私の交渉を見学してて。」


 くっ! 仕方ない、か。


「えっと、ビットレイ伯爵は話し合いで解決出来ると思ってるんだよね?」

「はい。勿論です。勇者殿もそう思うでしょう?」

「うんうん。私も話し合いで解決出来ると思ってるよ。武力を背景にした話合いで、ね?」

「は?」


 アオイから突如として膨大な魔力が吹き出し、会場全体が恐ろしい程の寒気に包まれる。


「これから私がお前をぶち殺すから、話し合いで解決してみろよ。」


 ドスの利いた声で宣言し、笑顔でゆっくりと歩きだすアオイ。

 突然の事に驚いてしまったが……成る程。相手に恐怖を与える、という事か。

 この場にいるビットレイ伯爵以外の人間も、アオイの豹変した態度に後ずさりしている。


「ま、待って……下さい! 先ずは話し合いを……」

「そうだね。話し合いをしようか。先ずは土下座をしろ。」


 急いで土下座を始めるビットレイ伯爵。謝罪に関しては俺よりも上手いな。


「次に、スパイであった事を自白しろ。さもなければお前を痛めつける。」

「わ、私はスパイなどでは……」

「そう。」


 既にビットレイ伯爵の目の前に立っていたアオイは氷の剣を創り出し、その剣を土下座しているスパイ疑惑容疑者の腕に突き立て床に縫い付けた。


「ギャアアァァァ!」


 あまりの悲鳴に、会場にいた貴族は視線を逸らしていた。

 殴るよりも酷い。


「お前はスパイだろ? スパイだって言えよ。」

「ぐっ……こんな事をして、ストレッチ王国が黙っていませんよ!?」

「これから滅ぶ国がお前に何をしてくれるって言うんだ?」


 アオイがビットレイ伯爵の髪の毛をわし掴みにして無理矢理頭を引き上げた為、突き立てられた剣によって奴の腕には更に剣が深く食い込んでしまう。


「アギャアァァァァッ!!」

「ビットレイ伯爵。お前は敵か? それとも味方か?」


 かなりの痛みを伴ったのだろう。

 ビットレイ伯爵は浅い呼吸を繰り返し、脂汗が額に滲んでいる。

 それを見ていた貴族の一部は口を手で覆い、吐き気を我慢している者さえいる始末。


「も、もう……お許しを……」

「許すとか許さないとかじゃないんだよなぁ。お前がスパイかどうか。敵か味方か。それだけだよ。言いたくなるまで痛めつけるけど、どうする?」

「わ、私は……私はスパイでした! スパイとして色々と便宜をはかっていました!」

「そかそか。ビットレイ伯爵。君の言う通り、話し合いは大事だよね? でも君のやり方は下手だ。話し合いは私の方が上手かっただろ?」

「は、はひ……。」


 アオイ。

 人はそれを話し合いとは言わない。

 脅しと言うんだ。


「アオイ。その辺にしておけ。なぁビットレイ伯爵。俺の第二夫人を貶してくれたが、その親衛隊がいる前では絡んだりしない方が良いぞ? 奴らは身分も立場も関係なく理由も聞かずに殺しにくるからな。」


 ビットレイ伯爵の顔は青さを通り越して白くなり、かくかくと首を縦に振って了解の意を示す。

 ここまでやれば二度と絡んで来ないだろ。


「王様。スパイを見つけました!」


 今のやり取りはなんだったのかと思う程、急に明るい調子で王に話しかけるアオイ。


「う、うむ……。あー良かったなースパイが見つかって。本当に感謝感激じゃわい。」


 王よ。

 臣下に対して目をお逸らしになるとは……。

 余程恐ろしい思いをされたのでしょう。


「い、今からスパイ行為を自白する者に対しては処刑も拷問もせん。代わりに情報は吐いてもらうし、罪に応じて爵位は下げるがの。名乗りでなければ、勇者が今後残虐な行いをしてもわしは責任を取らん。絶対に取らん。(だって怖いもん。)」


 王よ。

 聞こえましたよ?


「王様ったら、大袈裟ですってぇ。」


 アオイ。

 大袈裟じゃないぞ?

 確かに効果的ではあったがな。

 王が今なら許してやるというような発言をした後、三人の貴族が前に出てきてスパイである事を自白し始めた。

 俺の嫁が余程怖かったらしい。

 それも仕方ない、か。

 自慢じゃないが、英雄である俺も……少しだけ怖かったからな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5時から俺は! 地獄の様な異世界から帰ってきた俺が更に地獄の様な生活を送りながら希望を見出す物語。

石のやっさん
ファンタジー
地獄の様な異世界の生活!そして帰って来てからも地獄は続く救いはあるのか 主人公の理人は異世界召喚で、異世界ブリエールに召喚された。他の生徒と同じようにジョブやスキルを貰ったが、特殊なスキルのせいで、同級生に嫌われ殺され掛かり…命は助かったものの、生きるより辛い地獄の日々を送る事になる。 暗闇の部屋で血を吸われ、精気を奪われる日々。 そんな絶望の中時間が過ぎ、同級生の勇者大樹が魔王を討伐した事により事態が変わる。 女神により呼び出された理人は『元の世界に帰るか、この世界で生きていくか』選択を迫られる。 理人が監禁されてから数年が経ち同級生たちは異世界に基盤を作り全員が残る事を決意した。 だが、理人は帰る事を決意した。 元の世界に戻る事を選んだのは理人だけだった。 ジョブやスキルを返し、元の年齢まで若返った理人を襲ったのは更に続く地獄だった。 そんな彼を救ったのは、地獄で身に付いた能力だった。 地獄の異世界生活からたった1人この世界に帰ってきた男の苦悩の物語。 逆転が始まる迄数話掛かりますし、鬱展開もあります。 他の小説もあるので更新はゆっくりになりそうです。 最初に数話 異世界のパートはありますが、ただ地獄で此処での主人公は何も活躍しません。

勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが 別に気にも留めていなかった。 元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。 リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。 最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。 確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。 タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。

たとえば勇者パーティを追放された少年が宿屋の未亡人達に恋するような物語

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが別に気にも留めていなかった。 ハーレムパーティ状態だったので元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、三人の幼馴染は確かに可愛いが、リヒトにとって恋愛対象にどうしても見られなかったからだ。 だから、ただ見せつけられても困るだけだった。 何故ならリヒトの好きなタイプの女性は…大人の女性だったから。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公にはなれない、背景に居るような主人公やヒロインが、楽しく暮すような話です。 1~2話は何時もの使いまわし。 リクエスト作品です。 今回は他作品もありますので亀更新になるかも知れません。 ※ つい調子にのって4作同時に書き始めてしまいました。   

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

『異世界は貧乳が正義でした』~だから幼馴染の勇者に追放されても問題がない~ざまぁ? しませんよ!マジで!

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのガイアにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ガイアの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人去ったのだった。 実は彼は転生者で幼馴染には全く興味が無かったからだ。 そして彼は…此処からは読んでからのお楽しみです。 『美醜逆転』『男女比』で異世界系のリクエストを貰ったので書き始めてみました。 ただ、それだと面白味が無いので少し捻ってみました。 実験を兼ねた思いつきなので中編になるか長編になるか未定。 1話はいつもの使いまわしです。

[完結:1話 1分読書]幼馴染を勇者に寝取られた不遇職の躍進

無責任
ファンタジー
<毎日更新 1分読書> 愛する幼馴染を失った不遇職の少年の物語 ユキムラは神託により不遇職となってしまう。 愛するエリスは、聖女となり、勇者のもとに行く事に・・・。 引き裂かれた関係をもがき苦しむ少年、少女の物語である。 アルファポリス版は、各ページに人物紹介などはありません。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 この物語の世界は、15歳が成年となる世界観の為、現実の日本社会とは異なる部分もあります。

俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前。でも……。二人が自分たちの間違いを後で思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになる。

のんびりとゆっくり
恋愛
俺は島森海定(しまもりうみさだ)。高校一年生。 俺は先輩に恋人を寝取られた。 ラブラブな二人。 小学校六年生から続いた恋が終わり、俺は心が壊れていく。 そして、雪が激しさを増す中、公園のベンチに座り、このまま雪に埋もれてもいいという気持ちになっていると……。 前世の記憶が俺の中に流れ込んできた。 前世でも俺は先輩に恋人を寝取られ、心が壊れる寸前になっていた。 その後、少しずつ立ち直っていき、高校二年生を迎える。 春の始業式の日、俺は素敵な女性に出会った。 俺は彼女のことが好きになる。 しかし、彼女とはつり合わないのでは、という意識が強く、想いを伝えることはできない。 つらくて苦しくて悲しい気持ちが俺の心の中であふれていく。 今世ではこのようなことは繰り返したくない。 今世に意識が戻ってくると、俺は強くそう思った。 既に前世と同じように、恋人を先輩に寝取られてしまっている。 しかし、その後は、前世とは違う人生にしていきたい。 俺はこれからの人生を幸せな人生にするべく、自分磨きを一生懸命行い始めた。 一方で、俺を寝取った先輩と、その相手で俺の恋人だった女性の仲は、少しずつ壊れていく。そして、今世での高校二年生の春の始業式の日、俺は今世でも素敵な女性に出会った。 その女性が好きになった俺は、想いを伝えて恋人どうしになり。結婚して幸せになりたい。 俺の新しい人生が始まろうとしている。 この作品は、「カクヨム」様でも投稿を行っております。 「カクヨム」様では。「俺は先輩に恋人を寝取られて心が壊れる寸前になる。でもその後、素敵な女性と同じクラスになった。間違っていたと、寝取った先輩とその相手が思っても間に合わない。俺は美少女で素敵な同級生と幸せになっていく。」という題名で投稿を行っております。

妻を寝取ったパーティーメンバーに刺殺された俺はもう死にたくない。〜二度目の俺。最悪から最高の人生へ〜

橋本 悠
ファンタジー
両親の死、いじめ、NTRなどありとあらゆる`最悪`を経験し、終いにはパーティーメンバーに刺殺された俺は、異世界転生に成功した……と思いきや。 もしかして……また俺かよ!! 人生の最悪を賭けた二周目の俺が始まる……ってもうあんな最悪見たくない!!! さいっっっっこうの人生送ってやるよ!! ────── こちらの作品はカクヨム様でも連載させていただいております。 先取り更新はカクヨム様でございます。是非こちらもよろしくお願いします!

処理中です...