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第二章 ルートⅠ

第20話 英勇夫婦が貴族に馴染むまで

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 いくら縁を切ったとはいえ、俺は自分と元婚約者の両親が死んでしまったという事で喪に服していた。

 確かに嫌な思いはさせられた。

 しかし、ずっと両家の世話になっていたのは紛れもない事実。

 初めにアオイから聞いた時は現実感が乏しく話を聞き流すような態度であったが、今は複雑ながらも多少なりとも悲しみを覚える。

 出来れば、素直に悲しみだけを抱かせて欲しいものだ。

 俺とエイミーの両親が襲撃を受け殺されてしまった事を王は大層気にしていらしたようで、優しい言葉を掛けてくれたのは非常に有難い事。

 もはやどっちが親なんだ、と言いたくなる。

 王はそんな俺を気遣い、“ネコミミカッチョシャン”と“アキバさんが作ったお土産の冥土服”なるものを俺にわざわざくれ……いや、無理矢理持たせてきた。

 またこのパターンかよ! と思ったのは不敬なので内緒だ。

 案の定返却は拒否され、またしても貴重な宝を譲り受ける事に……。

 王よ。重要な物をポンポンと俺に渡さないで頂きたい。

 この二つは伝説の勇者サクラが身に付けていた装備らしいのだが、俺とアオイのどちらが装備してみても全く何の効果も得られなかった。

 一応魔法効果が付与されていて、装備者の魔法威力が向上するらしいのだが、どういうわけか効果は発現しなかったのだ。

 あっ……一応効果はあったか。

 アオイが装備した姿を見た時、少し鼻血が出た。

 彼女が言うには“猫耳カチューシャ”と“アキバのメイド服”らしいのだが、恐らく長い時間の中で訛って伝わってしまったのだろうとの事。

 結局それが何なのか俺には理解出来ないまま、謎の装備としてお蔵入り決定だ。

 そうして喪が明けてから少しの時間を置き、俺は正式に王より領地を賜った。

 政治というのは難しい。

 俺に領地など治めた経験はなく、当然他の貴族との付き合い方など分かるわけもない。

 補佐の為の人材として、王よりグリム伯爵の次男坊を派遣してもらい、アオイと共に領地の運営と貴族との付き合い方を教わる日々を過ごしている……までは良いのだが、取り分け貴族との付き合い方が覚えられないのだ。

 暗黙の了解だったり、そもそもどこの家とどこの家がどう繋がっていて、各貴族家が治める領地では何が特産品なのか、どんな話題を好むのか、そして嫌うのか、という事を勉強しても全く追い付かない。

 相手の事を事前にある程度知っていないと無礼だとかなんとか。

 もう本当に意味が分からない。

 初対面なんだから知らなくて当たり前だろ、と思う俺は貴族失格なのだろうな。

 騎士家の出である俺なんて、裕福な商人程度のものでしかない平民と大差ない存在なのだから手加減して欲しい。

 俺達は最近色々なパーティに引っ張りだこ。つい先日も英勇夫婦の活躍を聞きたいとかで、ディライト侯爵主催のパーティに参加してきたばかりだ。

 その時だって、相手を分からないなりに頑張って話を合わせてみたのだが、俺があまり分かっていない事を察したダーナ子爵とかいう貴族がチクチクと嫌味を言ってきた事があった。

 アオイもフォローしようとしてくれたが、アオイもダーナ子爵をあまり良く知らなかったらしく、二人して嫌味を言われたのには辟易したものだ。


「なあアオイ。なんというか……俺とお前って国を救った英雄と勇者だよな?」

「そうだね。」

「英雄や勇者に気を遣わせる貴族の方が無礼じゃないか?」


 アオイは目を点にして俺の顔を見ている。

 どうした?


「た、確かに……そうだよね。本当に言われてみればその通りだ。もうそれでいく? 英雄と勇者に無礼だ! とか言って無礼討ちしちゃおっか?」

「さ、流石にそれは……。」

「何か言われても、だったら貴方が国を救えば良かったですよね。私達が頑張っている間、何してたんですかー? そもそも、貴方以外に文句を言っている人なんているんですか? なんかそういうデータとかってあるんですか? 居たとして、それって貴族全体の総意ではないですよね? って言えば大丈夫でしょ。」


 アオイ……。

 いくらなんでも煽り過ぎだろ……。


「いけるいける。この前の……ダーナ子爵だっけ? 私達より家格だって低いじゃん! 失敗した。あの時一発くらい殴っておけば良かったよ。」


 おいおい。

 俺は冗談で言ったんだぞ?


「アオイ、お前の一発は普通の人間だと潰れるだろうが。」

「しっつれいだなぁ。それは結構力を入れてやった時の話でしょ! ちゃんと加減するからダーナ子爵は精々骨折くらいで済むし問題ないよ。」


 大問題だ。


「人間の骨なんてね、200以上もあるんだから一本や二本折れたってどうって事ないって。」


 気持ちは痛い程理解出来るが、異国の姫のような見た目でチンピラのような事を言わないで欲しい。

 戦地で過ごした時間が長すぎたからか?


「アオイ。頼むからやめてくれ。」

「冗談だよ冗談。あっ……そう言えば、ルーガル伯爵っていたじゃん?」

「あぁ。あの髭が長い人か。」


 ルーガル伯爵は困った事があれば何でも相談してくれと言って結構優しくしてくれたんだよなぁ。

 去り際に「くれぐれも勇者様によろしく。」と顔を引き攣らせていたのは気になっていたが。


「そうそう。あいつなんて私に火遊びをしないかって言ってきたんだよ? 殴り潰してやろうかと思っちゃったよね。」

「良し潰そう。」

「え?」


 火遊びだと?

 これだから貴族は……


「俺は用事を思い出した。出掛けるから留守を頼むぞ。」

「……一応聞くけどさ、どこへ何をしに行くの?」


 そんなの決まっている。


「知れた事。ルーガル伯爵を潰しに……」
「ちょ、ちょっと! 本当に潰しちゃダメでしょ! あっ冗談? 冗談か……。」

「いや? 普通に潰すが?」


 これに限っては冗談ではない。


「ダメだってば! 殴るだけならともかく、潰しちゃうのは絶対マズいって!」

「大丈夫だ。少し体の形が平たくなるくらいだから問題ない。」

「問題だらけだよ! 普通の人は体が平たく変形するように出来てないんだからね!?」

「あいつも貴族の端くれだ。多分大丈夫だろ。」

「その無駄な貴族への信頼はなに!? そんな人間いるわけないじゃん!」


 貴族なんだし、少しばかり平たくなっても大丈夫だろ。

 俺は英雄だから、中身が口から出る程度に手加減しておいてやろう。


「制裁は必要だ。」

「そんなに怒らなくても良いってば。私がキッチリ説得しておいたから。」


 説得?


「何を話したんだ?」

「火遊びはそれなりに得意ですよって言って、火魔法で大理石の床をドロドロに溶かして見せてあげたんだ。『け…こけっこ……こけっこーですぅぅぅぅ!』って逃げてったけどね。ニワトリか! ってーの。」


 人の屋敷の床を溶かすのはマズい。

 普通の人間は絶対にやらない。

 というか、普通はやれない。


「初めて聞いたぞ。そんな事があったのなら騒ぎになりそうなものだが。」

「えっとね。私がお手洗いどこかなーって探してたらルーガル伯爵が案内してくれて、人気のない所まで移動したら火遊びがどうとか言われたのさ。」


 成る程。

 周りに誰もいないから騒ぎにならなかったのか。


「一応、主催者のディライト侯爵には謝っておいたよ。めっちゃ笑顔で許してくれたけど。」

「笑顔……で?」

「うん。むしろお礼を言われた。」

「は?」


 ディライト侯爵は頭がおかしい人なのだろうか。


「なんかね。『勇者様に溶かされた床は切り出して家宝にします!』って言って喜んでたからサインまで書いてあげたよ。アイドルってきっと、こんな気分なんだね。」


 アイドル? が何かは分からんが……。


「せめて一言相談してくれ。気が気じゃないだろう。」

「ごめんごめん。ついね。つい……。今度はちゃんと宣言してから魔法を撃つ事にするよ。」


 いや、撃つなよ……。








 そうして、アオイは意味の分からない言い掛かりをつけてきた一部の貴族達を徹底的に正論で煽り、時にはアオイを責め立てる輩に腹を立てた俺が相手を殴り、それを王が笑いながら許し……。

 俺達は一部の貴族に対する暴力装置として機能する事で、国内での地位を確立。

 絡んでくる貴族からは裁判にかけられた事もあったが、アオイの正論は無駄に鋭く、相手を逆に潰してしまっていた。

 そんな忙しい生活を続け、気付けば十数年が経過したある日…………



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