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第一章

第15話 疫病神

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「くそっ! あの馬鹿どもが!!」

「父さん、そんなに怒ってどうしたのさ。」

「どうしたもこうしたもないわ! ロカネ家とモネーノ家が揃って王宮へ向かったと報告があった!」

「な、なぜ……。」

「英雄と縁を結び直す為以外に考えられるかっ!」

「結び直しなんてどうせ出来ないって。そんなに深刻に考えなくても……。」

「俺の後を継ぐつもりならもう少し考えろ! 婚約の結び直しが出来ないのは当然の事として、俺らはただでさえ英雄に恨まれているはずだ。あの馬鹿どもがやり過ぎると、英雄が法など無視して俺らを抹殺しにやって来かねんぞ!」


 なんなら、合法的に俺らを始末しにかかる可能性とて十分にあり得る。

 馬鹿だから騙しやすかろうと目的の達成を急ぎ過ぎたか?

 しかし、あのタイミングで奴らに話を持ち掛けるのが最良だった。


「マズいじゃないか!」

「だからそう言っている!」

「急いで追いかけないと!」

「奴らが家を発ったのは昨日の話だ! もう間に合わん!」


 クソっ!

 見張り役は何をしていた?


「モネーノ家の見張り役をクビにしろ。ついでに適当な借金を作った事にでもして、奴隷に落としておけ!」

「わ、わかったよ。」


 少し前から嫌な予感はしていた。

 結婚前夜になって突然モネーノ家から結婚を延期して欲しいと言われた時点で、絶対にロクでもない事情があるはずだと詳細を聞いてみれば、英雄が帰還したと告げられた時には度肝を抜かれた。

 どうしてこうも上手くいかん?

 せっかく、時間をかけてモネーノ家を手中に収めるよう動いたというのに。

 まさか、元婚約者が生きて戻って来るなど……しかも救国の英雄として祭り上げられるなど悪夢以外の何物でもない。

 我が家は隣国ストレッチ王国のスパイだ。

 15年も前からこの街で商会を立ち上げ、ストレッチ王国のバックアップにより規模を伸ばし、根を張ってきた。

 俺らの任務は本来、万が一戦争がうまくいかずとも、このイットリウム王国に楔を打っておく意味合いの保険的な役割でしかなかったはずなのだが……


「まさか、勝ち戦をひっくり返されるとは……。」


 俺の家以外にも各地方でスパイどもが活動しては裏工作をしていた。

 英雄がかつて、鍛え上げた兵を上官に奪い取られた直後に奇襲を受け、そこから勇者と共に生還した話はあまりにも有名だ。

 その上官という奴もストレッチ王国のスパイで、英雄と勇者を始末する作戦だったとは聞いていたが、あんな死地から生還するなど信じられん。

 その後も本国の工作により死地へと送られ続けた英雄と勇者だったが、これがどういうわけかどの戦場でも戦果を挙げて必ず生還してくる。

 徐々に疲弊していくなり、どこかで怪我をするなりして弱体化するならともかく、英雄と勇者は死地で力を伸ばしてさえいる事が本国からの報告で明らかになっているのだ。

 奴らがもはや人間なのかどうかさえ疑わしい。

 英雄が戻ってくるなどまるで想定外。

 ネイルをモネーノ家の婿養子に据え、騎士家という貴族籍としては最も注目されにくく低位な家を簒奪し、そこから着実に積み上げてくという本国からの命令に支障をきたしている。


「クソがっ! モネーノ家とロカネ家の婚約を解消させる為にいくら払ったと思っている。」


 二年前ロカネ家の長男が戦に発ったと聞いて、俺は即座にモネーノ、ロカネの両家へと婚約の解消を打診した。

 モネーノ家が多額の金銭をちらつかせるだけですんなり婚約解消に同意したのは想定通り。

 一方で戦死がほぼ確定したような息子に縛り付けておくのは可哀想だと言って、ロカネ家が婚約をあっさり解消したのにはこちらが驚かされた。

 それでも親か?

 こちらからすれば自分の息子を最初から諦めているなど、良い意味で想定外だ。金が欲しいが為に体のいい言い訳をしている可能性もあったが、恐らくあれは本気だったな。

 自分から仕掛けておいてなんだが、ロカネ家の息子には少しばかり同情した。

 これで騎士家簒奪に一歩近づいたと思ったものだったが……そこからが面倒の始まり。

 婚約を解消したモネーノ家に見合い話を持っていくが、そこの娘が頑として譲らず、仕方なしに見合いの事を忘れさせる期間として一年空け、それから直接言い寄るよう息子のネイルに言い含めたのだ。

 運の悪いことに、ネイルが時間をかけてモネーノ家の娘を篭絡し、とうとう結婚目前というところで英雄が帰還してしまったわけだ。


「そんな話があるかっ! 此度の戦、どう考えても生きて戻れるはず無いだろうが!」

「ひっ! と、父さん。使用人に見張り役を奴隷にしておけと命じてきたよ。」

「ん? あぁ、戻ったか。とにかく、今は馬鹿どもがどう動くのか様子を見るしかない。」

「やっぱり改めて考えてみると、うちにまで飛び火するってのは心配のし過ぎだと思うけどね。英雄と言ってもこの国の国民だ。法を無視してまで襲撃なんてするもんか。」

「心配しておいて損する事もあるまい。」

「大体、襲撃するならとっくに来てるって。」

「何事もなければそれで良い。だが警戒はしておけ。食い物と色恋の恨みは恐ろしいからな。英雄が周囲を味方につけた後で合法的に始末しに来る可能性とてある。」

「確かにそうだね。」

「今さらモネーノ家との婚約を解消しようがどうせ恨まれているんだ。結婚の話は一応このまま進める想定でいくぞ。」

「分かったよ。」


 全く。ここまで予想外の事が起こるとはな。

 いくら騎士家簒奪の為とはいえ、本来ならば英雄の恨みを買うなど御免被るというのに。

 いざとなれば逃げる選択肢もあるのが救い、か……。







 その三日後、モネーノ、ロカネの両夫妻が揃って家に戻り、ネイルが偵察がてら話を聞きに行った。

 開いた口が塞がらないとは正にこの事。

 ネイルからの報告を聞くと、奴らのあまりの馬鹿さ加減に眩暈がした。


「つまり、散々訳の分からん事を喚き散らしてきた挙句、王の怒りを買って平民に落とされた、と?」

「そうだよ。僕も呆れたさ。」


 馬鹿どもが……こちらにいらぬ労力を強いてきた上、騎士家ですらなくるだと?

 俺らは英雄の恨みを無駄に買っただけ、という事か。


「ふざけるな! 騎士家ですらないモネーノ家など、何の価値がある!? しかも英雄の恨みどころか王の怒りまで買っているだと……?」

「僕らも身の振り方を考えないと……。」

「一体あの馬鹿どもは頭に何を詰めているのだ! どんな馬鹿でもそんな高い買い物なぞせんわ!!」


 平民に落とされたのなら容赦はせん。

 モネーノ家など家ごと潰してくれる!

 ついでにあの小娘も徹底的になじって捨ててやらねば気が済まん。


「クソが……おいネイル。モネーノ家とロカネ家に金を渡した際、書かせた受取証があるだろ? あれを取って来い。」

「え? まぁ良いけどさ。何に使うの?」

「あれは金の受取証だが、妙に広い空欄があるだろ? その空欄にこちらが好き勝手に書き加え、利息付きの借用書に変更してしまうって寸法だ。」

「そんな手が……。」

「今回はモネーノ家もロカネ家も騎士家ではなくなったからこそ使える、通常なら無理筋な手段だ。覚えておけ。この手は平民相手でもそうは使えない。相手の控えにも手を加える必要があるんだからな。」

「確かにそれはなかなか難しいね。」

「別の商会を経由し、馬鹿どもを助ける振りでもして受取証の控えを持って来させる。そして控えに手を加え、適当なタイミングで奴らに返せば……。」

「モネーノ家とロカネ家は公的な借金があるという事になる。」

「そういう事だ。貴族相手には絶対やるなよ。貴族相手にやらかせば、借金など踏み倒して平気でこちらの首を取りに来るからな。」

「わ、分かったよ。」


 ここからは時間との勝負だ。

 馬鹿どもに借金を作らせたら債券を転売し、その他の財産も全て金に換えてから俺らは本国へ逃げなければならん。

 全く、面倒な事になったものだ。


「英雄に抹殺されては敵わん。この件にカタが付いたら俺らは逃げるぞ。」

「もう逃げようよ!」

「ダメだ。今すぐ逃げたとなれば、今まで本国から支援された財も全て投げ捨ててしまう事になる。」

「あ……。」

「理解したか? 流石にそんな事をしてしまえば、英雄だけでなく本国からも追われる立場になってしまう。」

「なんで、こんな事に……。」

「悲観していないでとっとと動け! 最後にこのゴタゴタに区切りがついたらあのエイミーとかいう小娘を呼び出す。婚約破棄を叩きつけて、徹底的になじってやる。」

「そ、そうだね。モネーノ家が馬鹿なせいで、僕達は逃げなきゃいけないんだからね。」


 本当に……あの二家は俺らにとっての疫病神だ。
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