少女は詠い、獣は眠る

雨宮未栞

文字の大きさ
上 下
4 / 4

04.二人のお茶会

しおりを挟む

 ティーテーブルの上に並ぶ茶器は二人分。席に着いているのは公爵令嬢とそのお付きの使用人。少女達がお喋りに興じる様子は微笑ましいものだが、身分格差の大きい社会でその光景は奇異に映るに違いない。事実、以前はメイド長などは度々アミリアを窘め、リィンを折檻している。今では場面で使い分けることを覚えた為に、屋敷内では多少親しい主従程度で抑えており、いい顔はされないものの節度さえ弁えれば、と半ば諦められているのが現状だ。しかし、その実がこれ程気安い関係であると知られれば、家の者達は黙っていないだろう。
 鮮やかな紅色を湛えた液体が白磁のカップの中で揺れる。水面に写る少女の表情はとても楽しげだ。

「やっぱりリィンが焼いたスコーンはとっても美味しいわ。紅茶を淹れるのも上手くなったし」
「本当? リアが喜んでくれるなら頑張って覚えた甲斐があったな」

 不思議なことだが、アミリアはリィンの作った菓子が判るようだ。師匠たる屋敷のシェフにお墨付きを貰って初めてティータイムに出したときにそれだったため、若しや何かおかしなところでもあったかと心配したものが、彼女は曇りない笑顔で美味しい、と言うのだ。そしてリィンの不安げな表情を見て、
『なんとなく判るの、ひとつひとつ丁寧に作られているからかしら』と柔らかく微笑んでいたのをよく覚えている。

「──リィン、おかわりを頂戴?」

 アミリアの声で今に引き戻される。

「うん」

 アミリアからカップを受け取ってミルクを注ぐ。保温しておいたティーポットから茶葉を漉しながら、初めより濃くなった紅茶を注ぐと、白と赤茶色が複雑な模様を描きながらゆっくりと混じっていく。そこに砂糖を二つ入れて溶かせば、少女好みのミルクティーが出来上がる。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 それからも穏やかにティータイムは続く。
 ふと、リィンは少し前に浮かべていた疑問を思い出して口にした。

「ねえリア、今日学園で何かあったの?」

 すると終始笑顔だったアミリアの表情が不満げに歪む。嫌な事を思い出したと言いたげだ。彼女は下ろした髪の中でひと房だけ三つ編みにしている髪を指先で弄ぶ。いつの日からかする様になって、お揃いね、と無邪気に笑っていたものだ。

「最近、学園に編入してきた子がいるの。ちょっと、横柄な子でね。身分は高いのだけれど、それが先代以前の功績であることを理解していないのよ。それが、少し、気に入らなかったの」

 それを聞いてリィンは目を細める。本人には自覚のない、ひやりとした声がそっと紡がれる。

「まさか、リアにまで失礼なことしていたりしない……?」
「んー、その方が個人的には気楽なのだけど。まあ、悪い子ではないと思うの。気長に話してみるわ」

 リィンの様子を気にした風もなく遠回しに彼女の疑問を否定する。するとリィンもこれまでの調子に戻る。

「そっか。うん、それがいいと思う。でも、何かあれば言ってね? 私はいつだってリアの味方だから」
「ええ、分かっているわ。ありがとう、リィン」

 二人のお茶会はいつも通り、リィンが夕食の買い出しに向かう時間になるまで和やかに過ぎていった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

婚約破棄されて捨てられたけど感謝でいっぱい

青空一夏
恋愛
私、アグネスは次期皇后として皇太子と婚約していた。辛い勉強に日々、明け暮れるも、妹は遊びほうけているばかり。そんな妹を羨ましかった私に皇太子から婚約破棄の宣言がされた。理由は妹が妊娠したから!おまけに私にその妹を支えるために側妃になれと言う。いや、それってそちらに都合良すぎだから!逃れるために私がとった策とは‥‥

貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった

竹桜
ファンタジー
 林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。  死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。  貧乏男爵四男に。  転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。  そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。

私の作った料理を食べているのに、浮気するなんてずいぶん度胸がおありなのね。さあ、何が入っているでしょう?

kieiku
恋愛
「毎日の苦しい訓練の中に、癒やしを求めてしまうのは騎士のさがなのだ。君も騎士の妻なら、わかってくれ」わかりませんわ? 「浮気なんて、とても度胸がおありなのね、旦那様。私が食事に何か入れてもおかしくないって、思いませんでしたの?」 まあ、もうかなり食べてらっしゃいますけど。 旦那様ったら、苦しそうねえ? 命乞いなんて。ふふっ。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

夫に惚れた友人がよく遊びに来るんだが、夫に「不倫するつもりはない」と言われて来なくなった。

ほったげな
恋愛
夫のカジミールはイケメンでモテる。友人のドーリスがカジミールに惚れてしまったようで、よくうちに遊びに来て「食事に行きませんか?」と夫を誘う。しかし、夫に「迷惑だ」「不倫するつもりはない」と言われてから来なくなった。

処理中です...