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序章
第二節 第一項 夜明け前
しおりを挟むまだ空に夜の気配が残る頃。幾らか暖かくなってきた春先とはいえ、早朝の空気はまだ冷たい。
その冷気を振り払うように、断続的に空気を裂く鈍い音が聞こえてくる。それは一定の間隔を保ち、二十を数えると少し間を置いて再び二十回、と規則正しく繰り返されている。
音の元を辿ると、一人の少年に行き着いた。少年と呼ぶには大人びてきているが、青年とするには幼さが目立つ容貌だ。歳の頃は十代半ばあたりだろうか。眼を惹く癖のある赤茶色の髪と、強い意思を感じさせる栗色の瞳が快活そうな印象を見る者に与える。
少年がいるのは彼の自宅である家の庭だ。庭と言ってもさして広い訳ではない。彼の母親が趣味で栽培している薬草や花が幅を効かせていて、足の踏み場は両手を広げた程度のものだ。
そんな中で、彼は簡素な木剣を手に素振りをしていた。刀身に刻まれている無数の傷が、努力を滲ませる柄の汚れが、積み重ねた時間を感じさせる。
空を完全に真昼の青が埋め、額に汗が滲むほど素振りを繰り返した頃、ようやく最後の二十回が終わった。
「…………ふぅ」
一度深く息を吐いて呼吸を整える。額の汗を拭って木剣を片付けていると、家屋の方から声を掛けられた。
「お疲れ様、エミリオ」
その声に少年、エミリオは振り返る。ウッドデッキの柵越しに、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした碧眼の少女が穏やかに微笑んでいた。
「おはよう、セシリー」
セシリーと呼ばれた少女は挨拶を返しながらエミリオに歩み寄り、タオルを渡した。
「朝食の用意が出来たわ。早めに着替えて来てね」
「ああ、分かった!」
受け取ったタオルで汗を拭いつつ、エミリオは自室に向かった。
***
「準備は出来た? 忘れ物はない?」
確認を取る声はセシリーのものだ。
旅行にでも行くかのような荷物を手に家の玄関に二人で並んでいる。
二人とも明け方とは違い、青を基調にした真新しいブレザーと白のスラックス、或いはスカートを身に纏い、襟元を赤いネクタイやリボンが彩っている。これから二人の通う学院の制服である。
「大丈夫だって。一昨日から何度も確認させられたからな」
「ならいいけど。何か忘れても取りには戻れないからね?」
「全く、そう何度も言うなって。母さんそっくりだな」
苦笑しながらエミリオは答える。
「宿直があるからって前もって代理を頼まれてるもの。ちゃんとお勤めは果たさないとね」
「そこまで徹底しなくても……」
冗談めかして言う彼女と小さく笑い合う。
「ふふっ。確認も済んだし、行きましょうか」
「ああ」
二人は行ってきます、と無人の我が家に声を掛けて自宅を後にした。
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