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⌘3章 征服されざる眼差し 《せいふくされざるまなざし》
59.慈悲心鳥
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十一はむっとしながらため息をついた。
「・・・こういう事にならないように家令は近づけさせ無かったんだ。・・・どうやって雪に知らせたんですか」
尾白鷲が得意気に笑った。
「花鶏よ。あの子、週に一度は雪様のところに遊びに行ってたでしょ。それから私や他の家令との繋ぎ役もよくやってくれたの。まだまだ子供だけど、立派に家令だわ。お前が思う以上にね」
あんな子供に出し抜かれたと言う事か。
花鶏は、神殿で過ごす事が多かったから、当然この姉弟子と共に居た時間も長かったと言う事。
しっかり仕込まれていた訳だ。
「・・・蜂と駒が、コリン・ゼイビア・ファーガソンを見つけたから助けてと泣きついて来たの。アンタが雪様には死んだと報告したらしいけどまだ生きてるってね。早くしないと死んじゃうってね。・・・私としては、今更、生きてたら最悪。何でそんな不良債権を雪様にお渡ししなきゃいけないのよとも思ったけれど。・・・まあ、選択肢が無くちゃね。お前一択にお前がしてしまっていたから。そう言う事する男って、嫌じゃない?」
十一はソファに身を預けて、テーブルに足を乗せて黙って聞いていた。
普段ならばそんな不調法はしないこの弟弟子がと、尾白鷲はまたもおかしくなった。
「・・・ファーガソンとやらが生きていたと知った雪様の行動の速さったら。すぐに、十一を大神官にして神殿に閉じ込めたいと言って寄越したの」
残雪のもとから戻った花鶏が、雪からだと自分を抱きしめて、それから耳元で囁いた、彼女の意向に少し落胆を感じ、同時にぎゅっと全身の血が心臓に集まってくるような高揚感を感じた。
あの弟弟子といれば、もう残雪は安泰なのに。
自分達で守っていけるのに。
でも。
ああ、あの女、そう来なくちゃね、とも思った。
そうだ。あんな強烈な女皇帝と総家令に愛された女が、じゃあ、あとはその家令の兄弟分に囲われてゆらゆら人生を生きて行くなんて、興醒めじゃない、と。
十一からはそう簡単には逃げ出せないし、逃げ出したってすぐ捕まる。
ならば殺すか、どこかに閉じ込め無くてはと考えるのは必定だろう。
大神官にする許可を出せるのは皇帝と総家令のみ。
しかし、東目張十一は、貴族筋であり、女皇帝のお気に入り。
それを越える何を交渉に使えるかと残雪は考え出して、口先三寸で女皇帝を丸め込んでしまった。
家令みたいな女、と尾白鷲が愉快になってしまった程だ。
コリン・ゼイビア・ファーガソンは最後の牡鹿と呼ばれているそうだ。
レジスタンスとかパルチザンとか言う組織というのはどこにでもたまにいるものだけど、A国及びその界隈の小国では流動的にその層が厚い。
それは、どの階層、どの職業、どの身分にもその人間達がいるという事だ。
ならば、女皇帝と取引できると残雪は考えたのだろう。
皇帝足り得る義務をそもそも満たしていない橄欖に、まずは国境前線の維持を崩す為に、あっちから攻め込んでくるぞと脅した。
これはもうすごい脅しだ。
それから、懸念の後継者問題。
これは最も女皇帝が危惧している事。
「コリン・ゼイビア・ファーガソン氏のご同輩は、彼の父親の弟子みたいね。優秀な医師やら科学者やら文学者が揃い踏みで、蓮角が感心していたわ。特に医学は生殖医療において最先端だとか。お身の安全を確保する事を条件に、我が国において医療及び公衆衛生の発展に尽力してくださるそう。お見立てでは、橄欖様はそう遠くない未来に太子様か皇女様をお迎え出来そうとの事よ」
ああそうですか、そりゃめでたい、勝手にしろ、と十一は悪態をついた。
「そうよ。だからね、お前が根回ししてた廃太子擁立の件ね。あれももう必要ないわね」
彼女によってすっかり火消しをされているということだろう。
「・・・腰抜けどもめ」
「橄欖女皇帝陛下がお望みの未来は、東目張伯が、悩み苦しむ女皇帝の為に全てを投げ出して神殿で大神官になる。神の御前で、残りの一生を女皇帝と国には弥栄の寿ぎを願いながらね。・・・それから家令には宮廷に置いて更なる特権を。めでたしめでたし、よ」
笑いながら尾白鷲が手を打った。
「・・・いや全く、誰もに聞かせたい、誰もが聞きたいような陳腐なドラマだ。そうでしょうなあ。いや全く。見事なものです。おかげでこっちは、今後一生あの化け物の巣で過ごさなきゃならない」
大神官になるとは、神殿の奥の院で、たった1人、神と対峙しなければならないと言う事。
「お前が悪いからよ。女皇帝からも、長年の想い人からも、お前を慕っていた妹弟子や弟弟子からも売られたの。海燕をうまく橄欖様から遠ざけてたみたいだけど。残念ねぇ。最後にあの子から刺されたようなもんね。・・・雪様を山猫と言ってたじゃない?野良猫はなんとかなるかもしれないけど、山猫飼い慣らすのは無理よ。種が違うからね」
「・・・面白くない」
「ふん、でしょうよ」
尾白鷲は尚も憮然としている十一に、それは意地悪く笑った。
「・・・雪様の結婚式、次は和装で神前婚だとしたら、お前が取り仕切ったら?ますますいいザマよ」
姉弟子の辛辣さには絶句する程。
「・・・・姉上、じゃあ、家令が誰かと幸せになるにはどうしたらいいんですか」
馬鹿みたいな質問だと自分でも思う。
しかし、聞いてみたかった。
自分より遥かに家令としての才能と矜恃のある、つまり彼女の言うところの甘やかな幸せから一番遠いこの女に。
「・・・そこが心得違いというものよ。我々は家令。宮城の宮宰だよ。幸せなんてベクトルに生きる必要はない。家令の生き方が、お砂糖のように甘やかなものであっちゃいけない。・・・でも、そうね。・・・私だってわからないけれど。・・・雪様を見て思った事だけれど。手探りであっても、お互いの良いものをちょっとづつ何か積み上げて行くの事なのかもしれないわね。片方だけじゃだめ。お互いでね。・・・・でもそういう事、私もアンタも出来ないじゃない?・・・家令って、仕方ないわね」
尾白鷲が弟弟子に微笑みかけた。
十一は何とも言えなかった。
「家令のうちから大神官が出たとなれば我々の誉れには違いないわ。家令の宮廷での地位も上がる。陛下も長年のご懸念だった神殿との断絶も解消される事でしょう。撤回はない人事よ。・・・お前は、大神官になるんだよ。慈悲心鳥、励みなさい」
尾白鷲はそう言うと立ち上がって部屋を出て行った。
「・・・こういう事にならないように家令は近づけさせ無かったんだ。・・・どうやって雪に知らせたんですか」
尾白鷲が得意気に笑った。
「花鶏よ。あの子、週に一度は雪様のところに遊びに行ってたでしょ。それから私や他の家令との繋ぎ役もよくやってくれたの。まだまだ子供だけど、立派に家令だわ。お前が思う以上にね」
あんな子供に出し抜かれたと言う事か。
花鶏は、神殿で過ごす事が多かったから、当然この姉弟子と共に居た時間も長かったと言う事。
しっかり仕込まれていた訳だ。
「・・・蜂と駒が、コリン・ゼイビア・ファーガソンを見つけたから助けてと泣きついて来たの。アンタが雪様には死んだと報告したらしいけどまだ生きてるってね。早くしないと死んじゃうってね。・・・私としては、今更、生きてたら最悪。何でそんな不良債権を雪様にお渡ししなきゃいけないのよとも思ったけれど。・・・まあ、選択肢が無くちゃね。お前一択にお前がしてしまっていたから。そう言う事する男って、嫌じゃない?」
十一はソファに身を預けて、テーブルに足を乗せて黙って聞いていた。
普段ならばそんな不調法はしないこの弟弟子がと、尾白鷲はまたもおかしくなった。
「・・・ファーガソンとやらが生きていたと知った雪様の行動の速さったら。すぐに、十一を大神官にして神殿に閉じ込めたいと言って寄越したの」
残雪のもとから戻った花鶏が、雪からだと自分を抱きしめて、それから耳元で囁いた、彼女の意向に少し落胆を感じ、同時にぎゅっと全身の血が心臓に集まってくるような高揚感を感じた。
あの弟弟子といれば、もう残雪は安泰なのに。
自分達で守っていけるのに。
でも。
ああ、あの女、そう来なくちゃね、とも思った。
そうだ。あんな強烈な女皇帝と総家令に愛された女が、じゃあ、あとはその家令の兄弟分に囲われてゆらゆら人生を生きて行くなんて、興醒めじゃない、と。
十一からはそう簡単には逃げ出せないし、逃げ出したってすぐ捕まる。
ならば殺すか、どこかに閉じ込め無くてはと考えるのは必定だろう。
大神官にする許可を出せるのは皇帝と総家令のみ。
しかし、東目張十一は、貴族筋であり、女皇帝のお気に入り。
それを越える何を交渉に使えるかと残雪は考え出して、口先三寸で女皇帝を丸め込んでしまった。
家令みたいな女、と尾白鷲が愉快になってしまった程だ。
コリン・ゼイビア・ファーガソンは最後の牡鹿と呼ばれているそうだ。
レジスタンスとかパルチザンとか言う組織というのはどこにでもたまにいるものだけど、A国及びその界隈の小国では流動的にその層が厚い。
それは、どの階層、どの職業、どの身分にもその人間達がいるという事だ。
ならば、女皇帝と取引できると残雪は考えたのだろう。
皇帝足り得る義務をそもそも満たしていない橄欖に、まずは国境前線の維持を崩す為に、あっちから攻め込んでくるぞと脅した。
これはもうすごい脅しだ。
それから、懸念の後継者問題。
これは最も女皇帝が危惧している事。
「コリン・ゼイビア・ファーガソン氏のご同輩は、彼の父親の弟子みたいね。優秀な医師やら科学者やら文学者が揃い踏みで、蓮角が感心していたわ。特に医学は生殖医療において最先端だとか。お身の安全を確保する事を条件に、我が国において医療及び公衆衛生の発展に尽力してくださるそう。お見立てでは、橄欖様はそう遠くない未来に太子様か皇女様をお迎え出来そうとの事よ」
ああそうですか、そりゃめでたい、勝手にしろ、と十一は悪態をついた。
「そうよ。だからね、お前が根回ししてた廃太子擁立の件ね。あれももう必要ないわね」
彼女によってすっかり火消しをされているということだろう。
「・・・腰抜けどもめ」
「橄欖女皇帝陛下がお望みの未来は、東目張伯が、悩み苦しむ女皇帝の為に全てを投げ出して神殿で大神官になる。神の御前で、残りの一生を女皇帝と国には弥栄の寿ぎを願いながらね。・・・それから家令には宮廷に置いて更なる特権を。めでたしめでたし、よ」
笑いながら尾白鷲が手を打った。
「・・・いや全く、誰もに聞かせたい、誰もが聞きたいような陳腐なドラマだ。そうでしょうなあ。いや全く。見事なものです。おかげでこっちは、今後一生あの化け物の巣で過ごさなきゃならない」
大神官になるとは、神殿の奥の院で、たった1人、神と対峙しなければならないと言う事。
「お前が悪いからよ。女皇帝からも、長年の想い人からも、お前を慕っていた妹弟子や弟弟子からも売られたの。海燕をうまく橄欖様から遠ざけてたみたいだけど。残念ねぇ。最後にあの子から刺されたようなもんね。・・・雪様を山猫と言ってたじゃない?野良猫はなんとかなるかもしれないけど、山猫飼い慣らすのは無理よ。種が違うからね」
「・・・面白くない」
「ふん、でしょうよ」
尾白鷲は尚も憮然としている十一に、それは意地悪く笑った。
「・・・雪様の結婚式、次は和装で神前婚だとしたら、お前が取り仕切ったら?ますますいいザマよ」
姉弟子の辛辣さには絶句する程。
「・・・・姉上、じゃあ、家令が誰かと幸せになるにはどうしたらいいんですか」
馬鹿みたいな質問だと自分でも思う。
しかし、聞いてみたかった。
自分より遥かに家令としての才能と矜恃のある、つまり彼女の言うところの甘やかな幸せから一番遠いこの女に。
「・・・そこが心得違いというものよ。我々は家令。宮城の宮宰だよ。幸せなんてベクトルに生きる必要はない。家令の生き方が、お砂糖のように甘やかなものであっちゃいけない。・・・でも、そうね。・・・私だってわからないけれど。・・・雪様を見て思った事だけれど。手探りであっても、お互いの良いものをちょっとづつ何か積み上げて行くの事なのかもしれないわね。片方だけじゃだめ。お互いでね。・・・・でもそういう事、私もアンタも出来ないじゃない?・・・家令って、仕方ないわね」
尾白鷲が弟弟子に微笑みかけた。
十一は何とも言えなかった。
「家令のうちから大神官が出たとなれば我々の誉れには違いないわ。家令の宮廷での地位も上がる。陛下も長年のご懸念だった神殿との断絶も解消される事でしょう。撤回はない人事よ。・・・お前は、大神官になるんだよ。慈悲心鳥、励みなさい」
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