上 下
59 / 62
⌘3章 征服されざる眼差し 《せいふくされざるまなざし》

59.慈悲心鳥

しおりを挟む
 十一じゅういちはむっとしながらため息をついた。
「・・・こういう事にならないように家令あんたらは近づけさせ無かったんだ。・・・どうやって雪に知らせたんですか」
尾白鷲おじろわしが得意気に笑った。
花鶏あとりよ。あの子、週に一度は雪様のところに遊びに行ってたでしょ。それから私や他の家令との繋ぎ役もよくやってくれたの。まだまだ子供だけど、立派に家令だわ。お前が思う以上にね」
あんな子供に出し抜かれたと言う事か。
花鶏あとりは、神殿オリュンポスで過ごす事が多かったから、当然この姉弟子と共に居た時間も長かったと言う事。
しっかり仕込まれていた訳だ。
「・・・蜂と駒が、コリン・ゼイビア・ファーガソンを見つけたから助けてと泣きついて来たの。アンタが雪様には死んだと報告したらしいけどまだ生きてるってね。早くしないと死んじゃうってね。・・・私としては、今更、生きてたら最悪。何でそんな不良債権を雪様にお渡ししなきゃいけないのよとも思ったけれど。・・・まあ、選択肢が無くちゃね。お前一択にお前がしてしまっていたから。そう言う事する男って、嫌じゃない?」
十一じゅういちはソファに身を預けて、テーブルに足を乗せて黙って聞いていた。
普段ならばそんな不調法はしないこの弟弟子がと、尾白鷲おじろわしはまたもおかしくなった。
「・・・ファーガソンとやらが生きていたと知った雪様の行動の速さったら。すぐに、十一じゅういちを大神官にして神殿オリュンポスに閉じ込めたいと言って寄越したの」
残雪ざんせつのもとから戻った花鶏あとりが、雪からだと自分を抱きしめて、それから耳元で囁いた、彼女の意向に少し落胆を感じ、同時にぎゅっと全身の血が心臓に集まってくるような高揚感を感じた。
あの弟弟子十一といれば、もう残雪ざんせつは安泰なのに。
自分達で守っていけるのに。
でも。
ああ、あの女、そう来なくちゃね、とも思った。
そうだ。あんな強烈な女皇帝と総家令に愛された女が、じゃあ、あとはその家令の兄弟分に囲われてゆらゆら人生を生きて行くなんて、興醒めじゃない、と。
十一じゅういちからはそう簡単には逃げ出せないし、逃げ出したってすぐ捕まる。
ならば殺すか、どこかに閉じ込め無くてはと考えるのは必定だろう。
大神官にする許可を出せるのは皇帝と総家令のみ。
しかし、東目張十一ひがしめばるじゅういちは、貴族筋であり、女皇帝のお気に入り。
それを越える何を交渉に使えるかと残雪ざんせつは考え出して、口先三寸で女皇帝を丸め込んでしまった。
家令みたいな女、と尾白鷲おじろわしが愉快になってしまった程だ。
コリン・ゼイビア・ファーガソンは最後の牡鹿と呼ばれているそうだ。
レジスタンスとかパルチザンとか言う組織というのはどこにでもたまにいるものだけど、A国及びその界隈の小国では流動的にその層が厚い。
それは、どの階層、どの職業、どの身分にもその人間達がいるという事だ。
ならば、女皇帝と取引ディールできると残雪ざんせつは考えたのだろう。
皇帝足り得る義務をそもそも満たしていない橄欖かんらんに、まずは国境前線の維持を崩す為に、あっちから攻め込んでくるぞと脅した。
これはもうすごい脅しブラフだ。
それから、懸念の後継者問題。
これは最も女皇帝が危惧している事。
「コリン・ゼイビア・ファーガソン氏のご同輩は、彼の父親の弟子みたいね。優秀な医師やら科学者やら文学者が揃い踏みで、蓮角れんかくが感心していたわ。特に医学は生殖医療において最先端だとか。お身の安全を確保する事を条件に、我が国において医療及び公衆衛生の発展に尽力してくださるそう。お見立てでは、橄欖かんらん様はそう遠くない未来に太子様か皇女様をお迎え出来そうとの事よ」
ああそうですか、そりゃめでたい、勝手にしろ、と十一じゅういちは悪態をついた。
「そうよ。だからね、お前が根回ししてた廃太子擁立の件ね。あれももう必要ないわね」
彼女によってすっかり火消しをされているということだろう。
「・・・腰抜けどもめ」
橄欖女皇帝かんらんおんなこうてい陛下がお望みの未来は、東目張ひがしめばる伯が、悩み苦しむ女皇帝の為に全てを投げ出して神殿オリュンポスで大神官になる。神の御前で、残りの一生を女皇帝と国には弥栄いやさかや寿ことほぎを願いながらね。・・・それから家令私達には宮廷に置いて更なる特権を。めでたしめでたし、よ」
笑いながら尾白鷲おじろわしが手を打った。
「・・・いや全く、誰もに聞かせたい、誰もが聞きたいような陳腐なドラマだ。そうでしょうなあ。いや全く。見事なものです。おかげでこっちは、今後一生あの化け物の巣で過ごさなきゃならない」
大神官になるとは、神殿オリュンポスの奥の院で、たった1人、神と対峙しなければならないと言う事。
「お前が悪いからよ。女皇帝からも、長年の想い人からも、お前を慕っていた妹弟子や弟弟子からも売られたの。海燕うみつばめをうまく橄欖かんらん様から遠ざけてたみたいだけど。残念ねぇ。最後にあの子から刺されたようなもんね。・・・雪様を山猫と言ってたじゃない?野良猫はなんとかなるかもしれないけど、山猫飼い慣らすのは無理よ。種が違うからね」
「・・・面白くない」
「ふん、でしょうよ」
尾白鷲おじろわしは尚も憮然としている十一じゅういちに、それは意地悪く笑った。
「・・・雪様の結婚式、次は和装で神前婚だとしたら、お前が取り仕切ったら?ますますいいザマよ」
姉弟子の辛辣しんらつさには絶句する程。
「・・・・姉上、じゃあ、家令が誰かと幸せになるにはどうしたらいいんですか」
馬鹿みたいな質問だと自分でも思う。
しかし、聞いてみたかった。
自分より遥かに家令としての才能と矜恃のある、つまり彼女の言うところの甘やかな幸せから一番遠いこの女に。
「・・・そこが心得違いというものよ。我々は家令。宮城の宮宰だよ。幸せなんてベクトルに生きる必要はない。家令の生き方が、お砂糖のように甘やかなものであっちゃいけない。・・・でも、そうね。・・・私だってわからないけれど。・・・雪様を見て思った事だけれど。手探りであっても、お互いの良いものをちょっとづつ何か積み上げて行くの事なのかもしれないわね。片方だけじゃだめ。お互いでね。・・・・でもそういう事、私もアンタも出来ないじゃない?・・・家令って、仕方ないわね」
尾白鷲おじろわしが弟弟子に微笑みかけた。
十一じゅういちは何とも言えなかった。
「家令のうちから大神官が出たとなれば我々の誉れには違いないわ。家令の宮廷での地位も上がる。陛下も長年のご懸念だった神殿オリュンポスとの断絶も解消される事でしょう。撤回はない人事よ。・・・お前は、大神官になるんだよ。慈悲心鳥じひしんちょう、励みなさい」
尾白鷲おじろわしはそう言うと立ち上がって部屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蘭大夜総会 GoldenOrchidClub

ましら佳
キャラ文芸
 震災後、母親の故郷の香港で初めて対面する祖母から語られる、在りし日の華やかな物語。 彼女の周囲を彩った人々の思い出。 今に続いていく物語です。 こちらは、恋愛ジャンルでアップしました、"仔猫のスープ"に関連したお話になります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/84504822/42897235

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...