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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》
45.亡霊
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山のように土産を持たされた山雀が、また日雀として帰途についた。
蜂鳥は、やっと帰った、とため息をついて思い出していた。
公式の出向ではありませんとか言ってたのに、あちこちの夜会に出ては、話題をさらっていた。
美しく着飾った女性が1ダースいようが100ダースいようが、あの女家令が現れたなら家鴨と白鳥くらいの差はある。
実際の白鳥ではなくハゲワシのような凶暴な猛禽だろうけど。
宮廷育ちで風雅も優雅も恋やら愛の駆け引きも主食におかずに間食にしてきた彼女にとって、この国の牧歌的な程の社交会など、前菜にもなるまい。
スナック菓子をつまむ程の手軽さで衆目を集め、ホイホイ男を転がされては、見ていて面白いという物見高い者以外には顰蹙でしかない。
あれは道場破りに近い。
元首夫人は、自分が主催でありホスト役のパーティーに、残雪のみならず、宮廷文化の粋を集めたような女家令であり伯爵家令と婚約中という彼女を招く事で、話題にもなり格も上がると喜んでいたが。
蜂鳥は「あの女、クセが悪いんだよ」と舌打ちする。
山雀は、元首令嬢の婚約者候補を、分かっていて引っかけたのだ。
パーティーの間中、婚約者候補は他の客同様に山雀に夢中になり、結果的にひとりにされたサマーは情けなく恥をかいたと泣いたらしい。
宮廷文化に憧れている若い令嬢に対する「これが宮廷流なんだよ。こんなもんじゃないよ」という挨拶代わりとも、通り魔事件とも言えるわね、と残雪が苦笑していた。
女主人が、あの夢見る乙女をなんとかうまいことフォローしてくれていればいいけれど。
全く、嵐のようだったと思いながら、八角鷲に「悪魔が帰った」と連絡すると「もう帰ってくるのか?!」と動揺していた。
蜂鳥は「早く引き取って!」と言って通話を切った。
久しぶりに残雪の日常の近くに控える事になって、家令の姉弟が驚いた事の一つには、彼女が随分な宵っ張りであると言う事。
そもそも時差があり実家の家族と電話で連絡しようとすればどうしても夜中になってしまうのだが、その後も仕事をしたりしているのだろう。
蜂鳥は、残雪が用意した夜食をつまみながら自分もまた書類整理の為にデスクに向かった。
夕食後しばらくして、残雪が今晩夜勤で寝ずの番の蜂鳥に夜食を用意してから私室に戻った。
「・・・遅い」
部屋の奥から不機嫌な声がした。
「あら、時間なんて関係あるんですか」
残雪が不思議そうに手を差し出した。
「・・・まあ、関係はないけど。でも、待ってた」
待ってた、とそう言われて、残雪は笑みこぼれた。
「お待たせしました」
「人質稼業も大変かい?」
違う声に、頷く。
「まさかこうなるとは思ってなかったのでね。・・・橄欖様が不安定になっているみたい。蓮角がお手紙に書いて寄越したの。・・・海燕も大変ね。あの子、橄欖様が大好きなのね」
笑って、五位鷺の手を取った。
「なんと面倒な。高貴なる人質が雪で良かったとは決して思わないけど、春じゃなくて、良かった」
父親の顔をして、五位鷺が言った。
さ、早く来てと蛍石がソファを叩いた。
「雪ったら、私たちの事なんて忘れたのかと思っちゃう」
「そんなわけないわ。私の愛しい方」
「時間も距離も関係なく、愛しているよ」
「・・・・まあ、しつこい」
三人は在りし日と同じように笑い転げた。
「・・・おはよ、おつかれ」
朝方、寝起きの駒鳥がリビングに現れたのに、夜勤明けの蜂鳥が声をかけた。
「おはようございます、おやすみなさい」
「はいはい。・・・ねぇ。駒《こま》」
「何だよ?」
「昨夜、雪様のお部屋から楽しそうな声が聞こえたんだけど」
「ああ、通話かな?春北斗じゃないの?時差があるから、夜中電話してんだろ」
二人は仲のいい母娘で、連絡は頻繁にしているし、春北斗からは、たまに福袋みたいな箱が届く。
ああ、このセンスって五位鷺お兄様の血だわ、と蜂鳥が絶句する程の、混沌としたチョイスの中身であった。
「・・・いえ、女と男の声よ?」
聞いたことがある、忘れるはずの無い声。
・・・でも、まさか。
駒鳥が不思議そうな顔をしたのに、なんでもない、と蜂鳥は首を振った。
蜂鳥は、やっと帰った、とため息をついて思い出していた。
公式の出向ではありませんとか言ってたのに、あちこちの夜会に出ては、話題をさらっていた。
美しく着飾った女性が1ダースいようが100ダースいようが、あの女家令が現れたなら家鴨と白鳥くらいの差はある。
実際の白鳥ではなくハゲワシのような凶暴な猛禽だろうけど。
宮廷育ちで風雅も優雅も恋やら愛の駆け引きも主食におかずに間食にしてきた彼女にとって、この国の牧歌的な程の社交会など、前菜にもなるまい。
スナック菓子をつまむ程の手軽さで衆目を集め、ホイホイ男を転がされては、見ていて面白いという物見高い者以外には顰蹙でしかない。
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山雀は、元首令嬢の婚約者候補を、分かっていて引っかけたのだ。
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女主人が、あの夢見る乙女をなんとかうまいことフォローしてくれていればいいけれど。
全く、嵐のようだったと思いながら、八角鷲に「悪魔が帰った」と連絡すると「もう帰ってくるのか?!」と動揺していた。
蜂鳥は「早く引き取って!」と言って通話を切った。
久しぶりに残雪の日常の近くに控える事になって、家令の姉弟が驚いた事の一つには、彼女が随分な宵っ張りであると言う事。
そもそも時差があり実家の家族と電話で連絡しようとすればどうしても夜中になってしまうのだが、その後も仕事をしたりしているのだろう。
蜂鳥は、残雪が用意した夜食をつまみながら自分もまた書類整理の為にデスクに向かった。
夕食後しばらくして、残雪が今晩夜勤で寝ずの番の蜂鳥に夜食を用意してから私室に戻った。
「・・・遅い」
部屋の奥から不機嫌な声がした。
「あら、時間なんて関係あるんですか」
残雪が不思議そうに手を差し出した。
「・・・まあ、関係はないけど。でも、待ってた」
待ってた、とそう言われて、残雪は笑みこぼれた。
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「人質稼業も大変かい?」
違う声に、頷く。
「まさかこうなるとは思ってなかったのでね。・・・橄欖様が不安定になっているみたい。蓮角がお手紙に書いて寄越したの。・・・海燕も大変ね。あの子、橄欖様が大好きなのね」
笑って、五位鷺の手を取った。
「なんと面倒な。高貴なる人質が雪で良かったとは決して思わないけど、春じゃなくて、良かった」
父親の顔をして、五位鷺が言った。
さ、早く来てと蛍石がソファを叩いた。
「雪ったら、私たちの事なんて忘れたのかと思っちゃう」
「そんなわけないわ。私の愛しい方」
「時間も距離も関係なく、愛しているよ」
「・・・・まあ、しつこい」
三人は在りし日と同じように笑い転げた。
「・・・おはよ、おつかれ」
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「おはようございます、おやすみなさい」
「はいはい。・・・ねぇ。駒《こま》」
「何だよ?」
「昨夜、雪様のお部屋から楽しそうな声が聞こえたんだけど」
「ああ、通話かな?春北斗じゃないの?時差があるから、夜中電話してんだろ」
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ああ、このセンスって五位鷺お兄様の血だわ、と蜂鳥が絶句する程の、混沌としたチョイスの中身であった。
「・・・いえ、女と男の声よ?」
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・・・でも、まさか。
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