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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》
29.青藍の旅立ち
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自国の空港で残雪はA国側に引き渡される事になっていた。
用意されていた部屋は、貴賓室の中でも密閉性の高い場所。
高貴なる人質が決して名誉なだけの立場でない事を表していた。
「宮廷家令の慈悲心鳥でございます」
十一が挨拶と謝意を伝えた。
その後に長々と続く、形容詞の派手な口上は、宮廷の慣習であり文化。
王家筋の家令だと知られているらしく、A国の人間達も幾分納得したようで、少し安堵した様子が伝わってきた。
それもそのはず。
この場で友好のために交換されるA国の人質は、13歳の少年なのだ。
まだ柔らかな頬を緊張した面持ちで引き締めていた。
残雪が二人随伴を認められるのに対して、彼はたった一人で引き渡される。
友好とは言え、こちらがだいぶ有利な立場を表していた。
A国は動乱がやっと過ぎたばかり。
倒れた前国体の時代とは言え、こちらは前皇帝と総家令を殺されているのだ。
その次の知識階級の体制は、各々を糾弾し合い、最後のひとりまで断頭台に送り込む程の激しさのその後に踏み止まったわずかな人間達が興した政府。
彼等は最期の良心とも、臆病者とも呼ばれているそうだ。
しかし、侍従であろう男の傍で、ぎゅっと唇をひき結んで正面を見据えている少年は最期の良心、と表現するのが正しいだろうと残雪は思った。
彼はこれから一人きりで、外国の宮廷で生きていかなければならない。
まさに、人質。
非情な事だわ、と残雪はそっと十一じゅういちを見た。
「・・・お一人では心細いわ。今、お城はあの子にとって居心地がいい環境?」
まさか、と十一が首を振った。
あの宮廷が、誰にとっても居心地のいい場所であった試しなどありはしない。
「橄欖様は、貴族筋のご友人しか近付けないから、その中で居場所を見つけるのは大変だろう」
正直な感想だった。
総家令である海燕が、気を回してくれるあろうが、やはり年が離れている。
誰か友人になれるような人間が身近にいればいいのだが。
「・・・花鶏ちゃんは?少し下だけど、同じくらいの年頃よね」
「今、神殿に行ってる。・・・そうだな、宮城に呼び戻そう」
残雪はほっとした。
あの傷ついた小さな雛鳥も今では一丁前になっているのか、と嬉しくなる。
蜂鳥と駒鳥が、飛行機と車の用意が済んだと伝えた。
十一は残雪の手を取った。
部屋の中央で、胸にいくつか勲章のある侍従の将校に連れられた少年と対峙する。
人質交換だ。
青藍の衣装の残雪が、家令である十一の手を離れ、将校に手を取られた。
少年は、十一側へと。
人質交換が無事済んだという宣言がなされ、拍手が起きて彼らに礼が送られた。
簡易的なものだが、これで儀礼は終了となる。
もはや、お互いが両国に引き渡された状態で、自国には存在しない事になった。
いよいよそれぞれが出発となる時、残雪が「ちょっとだけ」と言って、少年に近づいた。
残雪のふいの行動に少し動揺が走った。
十一が周囲を制し、残雪に少年を引き合わせるように少し身を引いた。
「・・・こんにちは。小さな紳士さん。私は雪」
彼は母国語で話しかけられて驚き、さっと頬を染めた。
「・・・まあ、なんて可愛いんでしょう。私、あなたのパパとママにお会いしたら、あなたとお話ししたと必ずお伝えするわね」
少年が、戸惑いながらも、ほっとしたように頷いた。
「困ったことがあったら、このおじさんに何でも言うのよ。何とかしてくれるから」
残雪が十一を見上げて、「ね!?」と念を押した。
勝手な言い草に十一は苦笑した。
「・・・どうぞ何なりと。特使殿」
十一が少年にそう言ったのに、残雪は安堵した。
「・・・お友達もきっと出来るわ。大丈夫。いつかまたお会いしましょうね」
そう言うと残雪は少年を抱きしめた。
「・・・ありがとう、雪。僕はフィン。・・・またあなたとお会いできるのを楽しみにしています」
今、彼が出来る精一杯の気持ちを込めた言葉に、「まあ、いい子ね!」と、残雪が、家令や将校に微笑みかけた。
また会う。それがいつになるのか、わからないけれど。
でもどうか、いつか無事に彼を国に返してやりたいと思う。
短い会話の後、二人は逆方向へと向かった。
用意されていた部屋は、貴賓室の中でも密閉性の高い場所。
高貴なる人質が決して名誉なだけの立場でない事を表していた。
「宮廷家令の慈悲心鳥でございます」
十一が挨拶と謝意を伝えた。
その後に長々と続く、形容詞の派手な口上は、宮廷の慣習であり文化。
王家筋の家令だと知られているらしく、A国の人間達も幾分納得したようで、少し安堵した様子が伝わってきた。
それもそのはず。
この場で友好のために交換されるA国の人質は、13歳の少年なのだ。
まだ柔らかな頬を緊張した面持ちで引き締めていた。
残雪が二人随伴を認められるのに対して、彼はたった一人で引き渡される。
友好とは言え、こちらがだいぶ有利な立場を表していた。
A国は動乱がやっと過ぎたばかり。
倒れた前国体の時代とは言え、こちらは前皇帝と総家令を殺されているのだ。
その次の知識階級の体制は、各々を糾弾し合い、最後のひとりまで断頭台に送り込む程の激しさのその後に踏み止まったわずかな人間達が興した政府。
彼等は最期の良心とも、臆病者とも呼ばれているそうだ。
しかし、侍従であろう男の傍で、ぎゅっと唇をひき結んで正面を見据えている少年は最期の良心、と表現するのが正しいだろうと残雪は思った。
彼はこれから一人きりで、外国の宮廷で生きていかなければならない。
まさに、人質。
非情な事だわ、と残雪はそっと十一じゅういちを見た。
「・・・お一人では心細いわ。今、お城はあの子にとって居心地がいい環境?」
まさか、と十一が首を振った。
あの宮廷が、誰にとっても居心地のいい場所であった試しなどありはしない。
「橄欖様は、貴族筋のご友人しか近付けないから、その中で居場所を見つけるのは大変だろう」
正直な感想だった。
総家令である海燕が、気を回してくれるあろうが、やはり年が離れている。
誰か友人になれるような人間が身近にいればいいのだが。
「・・・花鶏ちゃんは?少し下だけど、同じくらいの年頃よね」
「今、神殿に行ってる。・・・そうだな、宮城に呼び戻そう」
残雪はほっとした。
あの傷ついた小さな雛鳥も今では一丁前になっているのか、と嬉しくなる。
蜂鳥と駒鳥が、飛行機と車の用意が済んだと伝えた。
十一は残雪の手を取った。
部屋の中央で、胸にいくつか勲章のある侍従の将校に連れられた少年と対峙する。
人質交換だ。
青藍の衣装の残雪が、家令である十一の手を離れ、将校に手を取られた。
少年は、十一側へと。
人質交換が無事済んだという宣言がなされ、拍手が起きて彼らに礼が送られた。
簡易的なものだが、これで儀礼は終了となる。
もはや、お互いが両国に引き渡された状態で、自国には存在しない事になった。
いよいよそれぞれが出発となる時、残雪が「ちょっとだけ」と言って、少年に近づいた。
残雪のふいの行動に少し動揺が走った。
十一が周囲を制し、残雪に少年を引き合わせるように少し身を引いた。
「・・・こんにちは。小さな紳士さん。私は雪」
彼は母国語で話しかけられて驚き、さっと頬を染めた。
「・・・まあ、なんて可愛いんでしょう。私、あなたのパパとママにお会いしたら、あなたとお話ししたと必ずお伝えするわね」
少年が、戸惑いながらも、ほっとしたように頷いた。
「困ったことがあったら、このおじさんに何でも言うのよ。何とかしてくれるから」
残雪が十一を見上げて、「ね!?」と念を押した。
勝手な言い草に十一は苦笑した。
「・・・どうぞ何なりと。特使殿」
十一が少年にそう言ったのに、残雪は安堵した。
「・・・お友達もきっと出来るわ。大丈夫。いつかまたお会いしましょうね」
そう言うと残雪は少年を抱きしめた。
「・・・ありがとう、雪。僕はフィン。・・・またあなたとお会いできるのを楽しみにしています」
今、彼が出来る精一杯の気持ちを込めた言葉に、「まあ、いい子ね!」と、残雪が、家令や将校に微笑みかけた。
また会う。それがいつになるのか、わからないけれど。
でもどうか、いつか無事に彼を国に返してやりたいと思う。
短い会話の後、二人は逆方向へと向かった。
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