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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
3.月の雫
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残雪は、母親達に風呂に入って来いと言われ、すっかりすっきりし、テーブルにあるものを食べて、もう眠そうな表情のまま五位鷺の話を聞いていた。
よく見るとなかなか可愛らしい。
かなりマイペースそうだが。
それはこの家の人間の特性のようだが。
話を聞いて思い当たる節があったらしく、ああ、と顔をあげた。
「先月、台風の日に、海で」
そこまで言うと、春北風が顔色を変えた。
「雪ちゃん!台風が来てる日は海行っちゃダメって言ってたでしょ?!」
「だって花火大会だったじゃない。私、ちゃんと浴衣着て行ったんだから」
「風速40mで?花火なんて打ち上がらないわよ」
「そう、中止になったの。仕方ないから帰ろうと思ったら岸壁で遊んでた人がいたんです。危ないからダメって注意しました。その事ではないですか?」
五位鷺が残雪を見た。
大分話が違うようだ。
「浜辺の波打ち際で、波に足元をすくわれそうになったのをお助け頂いたのでは?」
「もう満潮だし、浜はもう見えませんでしたけど。浜ではなく、あそこ岸壁よ?」
「では、岸壁で。海に攫われて転げ落ちそうだったのを身を挺してお助け頂いた、でもなく?」
「でっかい声で、危ないからどいてなって言っただけです。怪我でもされたの?」
「いや、お陰様でと申しますか、無事で・・・」
「そう、よかった。でも、あんな台風の日にあんなところいたら危ないんだから」
自分の事を棚に上げて残雪はそう言った。
「それでは、あのう、何か、こう・・・」
感じましたか。例えば、運命。
運命なんだって言ってるひとがいるんですよ。
とは、あまりにバカバカしくて聞くのは止めた。
彼女に全くその様子はないではないか。
自分が立場を明らかにして、皇帝の遣いだと告げても、ピンと来ていない様子なのがその証拠。
「・・・佐保姫残雪殿、こちら、月の雫と言う名を冠された首飾りなのですが、陛下より貴殿が賜りますお品でして」
残雪は、見せられた箱に綺麗な重箱ね。なんて少し喜んだが、中の見事な真珠のネックレスには、むしろ、怖い、やめて、そんな理由がないと拒否感を見せた。
黒北風と春北風が成り行きに微笑み合った。
「どうやら、お話の行き違いのようですわね」
「・・・よく精査して参ります」
そう言って五位鷺は棕櫚家を辞した。
宮城に戻った五位鷺はすっかり首尾よく事が運んだのだろうと思い込んでいる蛍石と対峙した。
「間違いのようです」
「何がよ?間違いないわよ!」
棕櫚家から山のように持たされた菓子を珍しそうにつまんでいた蛍石が叫んだ。
「何が、浜辺で命を助けられたですか?危険行為を注意されただけでしょう?」
「だれが浜辺と言ったのよ!波打ち際と言ったでしょ」
「岸壁にぶつかって来る大波を、波打ち際とは言いませんよ!」
「あのままだったら私、死んでたかもしれない。命の恩人には変わらないわ!お前に2人の思い出を汚された気分だわ!この能無し!」
剣幕に五位鷺はため息をついた。
「陛下。大事なことをお忘れではないでしょうか」
努めて冷静に続ける。
「陛下の熱い気持ちはわかりました。ですが、残雪様には、それはないのではないですか?」
え?と蛍石が聞き返した。
「だってお前。私、命を助けられて・・・」
そこからもう齟齬が生じているのだ。
「陛下。ようく思い出して下さい。棕櫚佐保姫残雪は、陛下に"危ないから注意した"と仰ってました」
「・・・出会った瞬間に、お互い恋に落ちたのではないの?」
「違います。少なくとも、棕梠嬢にとったら、ただバカを少し注意しただけの話」
五位鷺は、螺鈿の箱をテーブルに置いた。
「先方におかれましては、賜るいわれが無いとの事です」
月の雫は、受け取られずにそのまま戻って来た。
明らかな拒否。
「そんな」
蛍石は口元を押さえた。
よく見るとなかなか可愛らしい。
かなりマイペースそうだが。
それはこの家の人間の特性のようだが。
話を聞いて思い当たる節があったらしく、ああ、と顔をあげた。
「先月、台風の日に、海で」
そこまで言うと、春北風が顔色を変えた。
「雪ちゃん!台風が来てる日は海行っちゃダメって言ってたでしょ?!」
「だって花火大会だったじゃない。私、ちゃんと浴衣着て行ったんだから」
「風速40mで?花火なんて打ち上がらないわよ」
「そう、中止になったの。仕方ないから帰ろうと思ったら岸壁で遊んでた人がいたんです。危ないからダメって注意しました。その事ではないですか?」
五位鷺が残雪を見た。
大分話が違うようだ。
「浜辺の波打ち際で、波に足元をすくわれそうになったのをお助け頂いたのでは?」
「もう満潮だし、浜はもう見えませんでしたけど。浜ではなく、あそこ岸壁よ?」
「では、岸壁で。海に攫われて転げ落ちそうだったのを身を挺してお助け頂いた、でもなく?」
「でっかい声で、危ないからどいてなって言っただけです。怪我でもされたの?」
「いや、お陰様でと申しますか、無事で・・・」
「そう、よかった。でも、あんな台風の日にあんなところいたら危ないんだから」
自分の事を棚に上げて残雪はそう言った。
「それでは、あのう、何か、こう・・・」
感じましたか。例えば、運命。
運命なんだって言ってるひとがいるんですよ。
とは、あまりにバカバカしくて聞くのは止めた。
彼女に全くその様子はないではないか。
自分が立場を明らかにして、皇帝の遣いだと告げても、ピンと来ていない様子なのがその証拠。
「・・・佐保姫残雪殿、こちら、月の雫と言う名を冠された首飾りなのですが、陛下より貴殿が賜りますお品でして」
残雪は、見せられた箱に綺麗な重箱ね。なんて少し喜んだが、中の見事な真珠のネックレスには、むしろ、怖い、やめて、そんな理由がないと拒否感を見せた。
黒北風と春北風が成り行きに微笑み合った。
「どうやら、お話の行き違いのようですわね」
「・・・よく精査して参ります」
そう言って五位鷺は棕櫚家を辞した。
宮城に戻った五位鷺はすっかり首尾よく事が運んだのだろうと思い込んでいる蛍石と対峙した。
「間違いのようです」
「何がよ?間違いないわよ!」
棕櫚家から山のように持たされた菓子を珍しそうにつまんでいた蛍石が叫んだ。
「何が、浜辺で命を助けられたですか?危険行為を注意されただけでしょう?」
「だれが浜辺と言ったのよ!波打ち際と言ったでしょ」
「岸壁にぶつかって来る大波を、波打ち際とは言いませんよ!」
「あのままだったら私、死んでたかもしれない。命の恩人には変わらないわ!お前に2人の思い出を汚された気分だわ!この能無し!」
剣幕に五位鷺はため息をついた。
「陛下。大事なことをお忘れではないでしょうか」
努めて冷静に続ける。
「陛下の熱い気持ちはわかりました。ですが、残雪様には、それはないのではないですか?」
え?と蛍石が聞き返した。
「だってお前。私、命を助けられて・・・」
そこからもう齟齬が生じているのだ。
「陛下。ようく思い出して下さい。棕櫚佐保姫残雪は、陛下に"危ないから注意した"と仰ってました」
「・・・出会った瞬間に、お互い恋に落ちたのではないの?」
「違います。少なくとも、棕梠嬢にとったら、ただバカを少し注意しただけの話」
五位鷺は、螺鈿の箱をテーブルに置いた。
「先方におかれましては、賜るいわれが無いとの事です」
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