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16.酸梅湯
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しかし、その過去の傷を話す青磁の様子がどこか楽し気で。
「・・・いや・・・そんな修羅場経験して、アンタらよく人生持ち直しましたね・・・」
「うん。・・・まあ一重に、虹子の頑張りと、俺の努力だろうねぇ」
頑張りと努力ってちょっと違うからさ、わかる?と言われたが、湊人にはよくわからなかった。
湊人は高熱で苦しい呼吸をなんとか整えた。
「・・・先生」
「はいよ?」
「・・・・アンタら、元サヤに収まってんだろ」
青磁は一瞬、湊人をじっと見てから、吹き出した。
「・・・いや、なんと言うか・・・。元サヤではない。少なくともこっちは別れたことはない気でいるしね。まあ、周りはお気の毒に思いながら遠巻きに見てるんだろうけど。・・・なんだよ。いつから気づいてたんだ」
ああ、やっぱり、と湊人は頷いた。
自分の、淡い、淡いからこその純情な虹子への恋心が小さく軋んだ。
「・・・昨日の夜ですよ。・・・具合悪いから一日中寝てて。結局、暇だから考えてて。・・・最初、猫達を拾った時、虹子さんが、知り合いのとこから鍋持って帰って来たって言ってたんだよ。・・・あんな鉄鍋、そうそうあちこち持って行かねえもの」
「・・・ああ、なるほどね。・・・ほら、ここガスだから。虹子の炒め物が朝からうまいのよ」
朝から、と言われて、その意味に見当がついた湊人は舌打ちした。
「と言っても、戻って来て二年半くらいは清い交際でねえ。正直どうしたもんかなあなんて思ってたけど。ほら、この猫達拾った日の前の夜に久々にね。いやぁ、素晴らしい夜だった」
「・・・バカバカしい」
「バカバカしいもんだよ。こういう話って。・・・その前はやっぱり虹子はまた関係を始めるのにどこか警戒していたし。その後も、ちょっとなんか変だったもんな。・・・距離を詰めたのは俺の功績だけど、溝を埋めたのこの仔猫のおかげだな。うん、そうだな、愛が深まったと言えるな。・・・と言う事は、やっぱり、君にも感謝しなきゃいかんねえ。君がこいつら見つけてくれたんだもんなあ。ほら、なんだっけ、NNNだっけ?ネコネコネットワークの効果かな」
湊人は複雑な気持ちで少し考えを巡らせた。
確かに、この話・・・他人の、特に、ほの淡いながらも恋心を抱いていた相手とその男の惚気話を聞くのは不快だけれど。
同僚の坂本が言っていた、そのNNNとやらの、猫が運命の縁を運んでくるんだと言う夢見がちな話を少しだけ期待していた。
仔猫達、そして虹子との出会いから、確かに自分の生活は楽しみが増えていたし、人間関係もぐっと広がっていた。
生活が楽しくなるというのは大袈裟だけれど人生が豊かになるという事だな、と感じてもいて。
間違いなくそのきっかけになった、仔猫と虹子はやはり何か特別なものを感じていたのだ。
それを察するかのように、青磁が口を開いた。
「・・・君に虹子はムリムリ」
牽制とか嫉妬でもなく、ちょっと気の毒そうに言われて、ムッとしながらも困惑した。
それこそ、なんだ、その、無理、とは・・・。
「あとな、その、寺。そこ、首藤さんとこだぞ。紗良嬢はそこんちの娘なんだよ。知らなかった?その呼びに来たってのは、母親だな。高階君、三十二だっけ?ふーん・・・大変だなぁ、多分、あそこの家に目をつけられたぞ。めんどくせーな」
「・・・え・・・はぁ・・・?」
考えようとしたが、割れるほど頭は痛いし、喉も腫れて痛むし息苦しい。目もチカチカして来た。
「とりあえず、解熱剤と咳止め出しておいたから。ポピドン薬局で後で薬届けてくれるってさ」
「・・・すいません・・・」
しかし、正月だというのに、このまま寝込んで終わりそうだ。
休みの間、一日だけ実家に顔を出してサッと帰って来ようと思っていたけれど。
なんだかドッと疲れてしまった。
青磁はちょっと待ってな、と言うと、自宅からタンタンを連れて来た。
「注射とか点滴とか、子供達がタンタンいると頑張れるんだって言うんだよ」
子供扱いしやがってと思ったが、小さな毛玉は、湊人の腹の上に乗ると、心配そうに頬を擦り付けた。
「・・・ありがとな・・・。お前、癒し担当で頑張ってんだな・・・」
子供達にもみくちゃにされているのでは、とちょっと心配になったが、この様子では問題無いようだ。
小さくて柔くて温かい存在に、ほっとする。
自分でもどうしようもない体調不良で辛くて怖い思いをしている小さな患者達も、きっとタンタンに助けられているのだろう。
「・・・良かったよ。お前らのこと、あの時見つけられて・・・」
そのうち点滴を受けながら、眠ってしまったようだった。
目が覚めると、薬が効いて、だいぶ熱も下がったようで、幾分体も楽になっていた。
「・・・え・・・あれ・・・?」
目の前に、忽然と虹子が現れて、「お粥食べれる?」と聞いて来た。
「青磁から連絡が来たの。体辛くて、お食事出来てないんでしょ?・・・棗と鶏のお粥煮たから、少しでも食べれるといいんだけど・・・」
そう言って、人肌ほどに覚ました飲み物を入れたマグカップを手渡す。
「酸梅湯っていうんだけど。健康ドリンクみたいな・・・」
基本、青梅の燻製と山楂の実、陳皮を合わせたもので、発熱時や、熱中症予防、消化不良や下痢に効くもの。
それに、各メーカーや各家庭で好きなものを合わせて愛飲されている。
見た目は赤黒い微妙なものであるが甘酸っぱくて、柔らかく喉を通って行った。
気づくと、黒猫のスープの姿まであって、タンタンと2匹で湊人の腹の上を行ったり来たりしていた。
「・・・この子達も心配してるのね。・・・あったかいお粥、食べません?鶏と帆立でダシ取って煮たから美味しいと思うんだけど・・・」
虹子と二匹の仔猫の存在と、虹子の説明するほっこりしたお粥の話が弱った心身にじんわりと染みていく。
惚れてまうやろ、と湊人は小さく呟いた。
「・・・いや・・・そんな修羅場経験して、アンタらよく人生持ち直しましたね・・・」
「うん。・・・まあ一重に、虹子の頑張りと、俺の努力だろうねぇ」
頑張りと努力ってちょっと違うからさ、わかる?と言われたが、湊人にはよくわからなかった。
湊人は高熱で苦しい呼吸をなんとか整えた。
「・・・先生」
「はいよ?」
「・・・・アンタら、元サヤに収まってんだろ」
青磁は一瞬、湊人をじっと見てから、吹き出した。
「・・・いや、なんと言うか・・・。元サヤではない。少なくともこっちは別れたことはない気でいるしね。まあ、周りはお気の毒に思いながら遠巻きに見てるんだろうけど。・・・なんだよ。いつから気づいてたんだ」
ああ、やっぱり、と湊人は頷いた。
自分の、淡い、淡いからこその純情な虹子への恋心が小さく軋んだ。
「・・・昨日の夜ですよ。・・・具合悪いから一日中寝てて。結局、暇だから考えてて。・・・最初、猫達を拾った時、虹子さんが、知り合いのとこから鍋持って帰って来たって言ってたんだよ。・・・あんな鉄鍋、そうそうあちこち持って行かねえもの」
「・・・ああ、なるほどね。・・・ほら、ここガスだから。虹子の炒め物が朝からうまいのよ」
朝から、と言われて、その意味に見当がついた湊人は舌打ちした。
「と言っても、戻って来て二年半くらいは清い交際でねえ。正直どうしたもんかなあなんて思ってたけど。ほら、この猫達拾った日の前の夜に久々にね。いやぁ、素晴らしい夜だった」
「・・・バカバカしい」
「バカバカしいもんだよ。こういう話って。・・・その前はやっぱり虹子はまた関係を始めるのにどこか警戒していたし。その後も、ちょっとなんか変だったもんな。・・・距離を詰めたのは俺の功績だけど、溝を埋めたのこの仔猫のおかげだな。うん、そうだな、愛が深まったと言えるな。・・・と言う事は、やっぱり、君にも感謝しなきゃいかんねえ。君がこいつら見つけてくれたんだもんなあ。ほら、なんだっけ、NNNだっけ?ネコネコネットワークの効果かな」
湊人は複雑な気持ちで少し考えを巡らせた。
確かに、この話・・・他人の、特に、ほの淡いながらも恋心を抱いていた相手とその男の惚気話を聞くのは不快だけれど。
同僚の坂本が言っていた、そのNNNとやらの、猫が運命の縁を運んでくるんだと言う夢見がちな話を少しだけ期待していた。
仔猫達、そして虹子との出会いから、確かに自分の生活は楽しみが増えていたし、人間関係もぐっと広がっていた。
生活が楽しくなるというのは大袈裟だけれど人生が豊かになるという事だな、と感じてもいて。
間違いなくそのきっかけになった、仔猫と虹子はやはり何か特別なものを感じていたのだ。
それを察するかのように、青磁が口を開いた。
「・・・君に虹子はムリムリ」
牽制とか嫉妬でもなく、ちょっと気の毒そうに言われて、ムッとしながらも困惑した。
それこそ、なんだ、その、無理、とは・・・。
「あとな、その、寺。そこ、首藤さんとこだぞ。紗良嬢はそこんちの娘なんだよ。知らなかった?その呼びに来たってのは、母親だな。高階君、三十二だっけ?ふーん・・・大変だなぁ、多分、あそこの家に目をつけられたぞ。めんどくせーな」
「・・・え・・・はぁ・・・?」
考えようとしたが、割れるほど頭は痛いし、喉も腫れて痛むし息苦しい。目もチカチカして来た。
「とりあえず、解熱剤と咳止め出しておいたから。ポピドン薬局で後で薬届けてくれるってさ」
「・・・すいません・・・」
しかし、正月だというのに、このまま寝込んで終わりそうだ。
休みの間、一日だけ実家に顔を出してサッと帰って来ようと思っていたけれど。
なんだかドッと疲れてしまった。
青磁はちょっと待ってな、と言うと、自宅からタンタンを連れて来た。
「注射とか点滴とか、子供達がタンタンいると頑張れるんだって言うんだよ」
子供扱いしやがってと思ったが、小さな毛玉は、湊人の腹の上に乗ると、心配そうに頬を擦り付けた。
「・・・ありがとな・・・。お前、癒し担当で頑張ってんだな・・・」
子供達にもみくちゃにされているのでは、とちょっと心配になったが、この様子では問題無いようだ。
小さくて柔くて温かい存在に、ほっとする。
自分でもどうしようもない体調不良で辛くて怖い思いをしている小さな患者達も、きっとタンタンに助けられているのだろう。
「・・・良かったよ。お前らのこと、あの時見つけられて・・・」
そのうち点滴を受けながら、眠ってしまったようだった。
目が覚めると、薬が効いて、だいぶ熱も下がったようで、幾分体も楽になっていた。
「・・・え・・・あれ・・・?」
目の前に、忽然と虹子が現れて、「お粥食べれる?」と聞いて来た。
「青磁から連絡が来たの。体辛くて、お食事出来てないんでしょ?・・・棗と鶏のお粥煮たから、少しでも食べれるといいんだけど・・・」
そう言って、人肌ほどに覚ました飲み物を入れたマグカップを手渡す。
「酸梅湯っていうんだけど。健康ドリンクみたいな・・・」
基本、青梅の燻製と山楂の実、陳皮を合わせたもので、発熱時や、熱中症予防、消化不良や下痢に効くもの。
それに、各メーカーや各家庭で好きなものを合わせて愛飲されている。
見た目は赤黒い微妙なものであるが甘酸っぱくて、柔らかく喉を通って行った。
気づくと、黒猫のスープの姿まであって、タンタンと2匹で湊人の腹の上を行ったり来たりしていた。
「・・・この子達も心配してるのね。・・・あったかいお粥、食べません?鶏と帆立でダシ取って煮たから美味しいと思うんだけど・・・」
虹子と二匹の仔猫の存在と、虹子の説明するほっこりしたお粥の話が弱った心身にじんわりと染みていく。
惚れてまうやろ、と湊人は小さく呟いた。
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