青天のヘキレキ

ましら佳

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9.院長夫人とサブロー

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 学校最寄りの駅でバスを降りた一行は、解散式を行っていた。
いつもは学年主任の白鳥しらとりの役目なのに、なぜか今日は養護教諭がハンドマイクを握って進行役をしていた。
隣にはいつもよりも硬い表情の学園長が棒切れのように突っ立っている。
「・・・ではー、ここで解散となります。それとー、ここに、お土産のダックワーズと豆グラッセ・・・ま、甘納豆だな・・・がありまーす。これは学園長先生から皆さんへのお土産でーす。ご家族と修学旅行のお話をしながら食べてくださーい」
うおおおおっと歓声が上がった。
すげえ学園長、フトッパラ~。
どーしたんだよ、ケチのくせによ。
と、あちこちでヤジが飛んだ。
「ではみなさん、学園長先生にお礼を言いましょーう」
「あざーーーっす」
と野太い声が響き渡った。
「ではー学園長先生から一言でーす・・・・」
早くしろよ、短くな、とぼそっとたまきの姿をした高久たかくが呟いたのに、一ノ瀬いちのせは無言で頷いた。
「・・・み、皆さんお疲れ様でした。とても実りの多い旅だったと思います。一回りも二回りも成長した姿をご家族に見せてあげてください。・・・それでは、無事に自宅に帰るまでが旅です。各々、気をつけて帰宅してください・・・」
彼なりに短くしたつもりだが、養護教諭は、長げェよ、と舌打ちをした。
「・・・はあーい、ありがとうございまーす。それでは、みなさん解散でーす」
生徒達はわらわらと散った。
男子校の何がいいって解散が速い事。
これが女子校となると、友達とその場で立ち話となり、しばし後、あれこんな時間?となり、じゃあ改めて場所変えて何か食べながら話そうよとなりがちだ。
たまきはやれやれと当たりを見回した。
保護者が迎えに来ている者も多く、高久たかくの家の者もそうかと思ったが、どうやらそうでもないようだ。
さり気なく高久たかくの姿を目で追うと、ラインが入ってきていた。
東海林しょうじんちに乗せてもらって。こそこそしてっと怪しいから、このまま解散』
と書いてあった。
顔を上げると、自分の姿をした高久が山のように菓子箱を背負って手を振っていた。
『うちは夫が当直だから。そのまま帰って。お土産はお義母さんに手渡して。何も余計なことは言わなくていいから』と返信すると、『了解』と入っていた。
「・・・高久たかく、こっちー」
という声がして、東海林しょうじが手招いていた。
隣に、小さくて丸っこい感じの女性が立っていた。
「・・・いっくん、後ろ乗ってー」
可愛らしい笑顔で後部座席に促した。
東海林しょうじは大病院の院長の息子なはずだ。
彼女は院長夫人ということになる。
だが、ドラマに出てくるようなセレブ然と取り澄ましたタイプではないのが救いだった。
保護者会で一度だけ会ったきりだが、その時もにこにことして、他の母親たちと少し違うようだった。
小柄な彼女には意外なランドクルーザーの大型車で、運転も手馴れたものだ。
十年以上ペーパードライバーのたまきは感心してしまった。
「・・・運転、うまいんですね」
「ああ、だってほら、おばちゃん、パパが無医村にいた頃は、ずいぶん運転したものー。パパが免許ないもんだからねぇ。往診して、救急車もなかなか来ないから、そんな時は緊急車両に早変わりなのよ。もー、赤ちゃんごんちゃんがぎゃあぎゃあ泣いて、奥さん、これじゃうるさくて死ねないってよく患者さんに言われたっけねえ」
「・・・ごんちゃんって言うなよ」
「いいじゃない。だって、いちいち、ゴンザブローって言った方がいーい?」
「・・・いいわけねえだろっ」
東海林しょうじが悲し気に叫んだ。
ここの家もなかなかのネーミングセンスらしい。
思わず、たまきは吹き出した。
つられて、院長夫人も笑い出した。
「変よねえ。うちは男の子はみーんな三郎ってつけなきゃなんないから。三男でもないのによ?ママのお父さんが真三郎しんざぶろう、おじいちゃんが義三郎ぎざぶろう。そしたらパパが、昔飼ってた犬がゴンだったから権三郎ごんざぶろうなんてつけて・・・。全く、医者って皆変わってるー。変よねえー」
変わってる、でも一番パパが変わってる、本当変わってるの、毎日同じ物食べてるし、と繰り返してる。
「へえ・・・。あ、あのー・・・どうしてそんな旦那さまと結婚されたんですか?」
聞かれて、嬉しそうに東海林しょうじ夫人は頬を染めた。
「やだもう、いっくん。それは、出会っちゃったら好きになっちゃったんですものー」
「・・・ただ単にお見合い中にトイレに行くって逃げ出して、途中階段から落ちて頭割って血だらけになってたのを治してもらったんだろ?」
母が頭から血を流しているのに驚いたホテルのスタッフ達がお医者様いらっしゃいませんかと探し回り、父が断れなくて行ってみたら先程まで自分と不機嫌そうに飯を食っていた見合い相手の女だったというわけだと東海林しょうじが説明した。
たまきはたまらず吹き出した。
それは何とも衝撃的な出会いだ。
「もう、恥ずかしいからやめなさいっ。・・・さっき、ごんちゃんといっくんの担任の金沢先生に本当はあいさつしたかったんだけど、ごんちゃんが恥ずかしいからやめてとか言うのよ。若い女の先生だから、ごんちゃん、一丁前に恥ずかしいのかしらねー」
突然自分の話題になり、たまきはびっくりして顔を上げた。
ミラー越しに目があって、東海林しょうじの母親の楽しげに細められた目と目があった。
「わ、若くないし・・」
「あらー。若いわよう。おばちゃんなんてもう五十だもの」
言われて、びっくりした。
どう見ても自分より五つ程上にしか見えない。
「・・・ご、五十ですか?・・・何かしてるんですか、エステとか・・・?」
今度は東海林しょうじが笑い出した。
「高久、なんだよ今日は根掘り葉掘り。いつもはお母さんとスイーツ話しかしないくせに。あ、わかった。お母さん、整形とか疑われてるんじゃないのー?」
「やだー。どうせ整形するなら、もっとこう、芸能人みたいにキレイにするでしょー」
母子はまた笑い転げていた。
いいおうちだな、とたまきは嬉しくなった。
「なんだか、金沢先生、保護者会でお話しした時、少し、悲しそうだったなぁ。心配なの」
え、とたまきは顔を上げた。
「きっと真面目で疲れてんだよ、キンタマ」
「・・・ごんちゃん、またそんなこと言って・・・」
なんだか自分の話をされているのが不思議だった。
しかも、こんなによく見てくれている人がいるとは。
嬉しい驚きだった。
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