ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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112.宮廷の蝶

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 総家令室で副女官長の紋白もんしろがハーブティーを受け取りがてら自分も勧められて飲んでいた。
隣には女官長である揚羽あげはもいて、ちょっとした試飲会だ。
美しく知性に溢れ配慮に優れる宮廷の蝶たる女官達は、真っ黒姿の家令と違い、華やかな装いで職務に臨んでいる。
いつもは家令達が集まるカラスの集会所状態の総家令室が、今日は素敵なカフェみたいと孔雀くじゃくは嬉しくなっていた。

「ハーブティーなんて、こんな体にも心にも優しいもの家令が飲むの?孔雀くじゃくちゃん」
「ほんと。最低最悪な酒癖悪い大酒飲みばかりだと思ってましたけど」
と、女官達は意外そうに言い合った。
誠に不名誉だが、真実だ。

「いえあの・・・。あのひとたち、二日酔いの時にガロンで飲んでますよ・・・」
「おお、嫌だ」
「・・・ほんと。どうにもなりませんねえ、家令って」
恐縮です、と孔雀くじゃくは苦笑した。
翡翠ひすい様も召し上がるって本当?」
「えぇ。ラムと蜂蜜を沢山入れて」
「・・・そんなのもうハーブティーじゃないわね」

やっぱりねぇと揚羽あげはが頷いた。
孔雀くじゃくが飲んでいたのに興味を持って自分もそれっぽい事をしてみたかっただけであろう。

「あの、紋白もんしろ様」
「はい」
硅化木けいかぼく宮分としまして紋白もんしろ様から御請求書は頂いているのですが」
「ええ。毎月月末にお渡ししていますね。あら、何か足りませんでしたか?」
「私も見落としたかしら?」

紋白もんしろが預かり、揚羽あげはがチェックしてから雉鳩きじばとに上がってくるのだ。

「いえ、足りないのは、請求書ではなくて・・・」
孔雀くじゃくが首を傾げた。

「・・・お紅茶ですとかを取り扱う食品のお店の請求書頂いておりましたよね?」
「ええ。ございましたね。あのお店、有名ですものね。あちらのお茶、総家令も陛下もお好きでいらっしゃるの?」

女官長が吹き出した。

「総家令は500グラム3000円のお紅茶を陛下に差し上げているのよ。翡翠様、それが一番おいしいのですって」
「・・・まあ。なんて安上がり」
楽し気に二人は笑った。

「それで。どうされたの?」
女官長が居住まいを正した。

「・・・更紗さらさ様。私さっき、四妃様のお部屋のキャビネットを開けたんです。お茶の缶はたくさんあったけれど、中身が全部入っていなかったの」
女官が顔を見合わせた。
あの量を、あの食の細い妃が全部飲み干すなど考えづらい。家令じゃあるまいし。

「・・・それで、もしかしたらなんですけれど、他のキャビネットも・・・」
孔雀くじゃくが言いづらそうにしていた。

他のキャビネットには、四妃の衣装や宝飾品が入っているはずだ。
入宮の準備としての宮城から支給された支度金で一宮家が娘に用意したのは、すべて高額の名品ばかりだった。
それら全て部屋のキャビネットに収めたのは、紋白もんしろと女官達だ。
部屋に入りきらず、別の部屋を急遽クローゼットにした程。
さすが元老院でも指折りの名家のお姫様のお輿入れ、と新人の女官達は浮足立ったものだ。
皇太子妃の入宮時よりも上、と不遜に思う者も勿論居て、ちょっとしたいさかいになった。

「支度金では足りなくて、別途請求書が届いたのよね?」
「あれだけの品物ですからね」

それらが全て、減っているとしたら。
女官長は厳しい表情をした。

「毎月の四妃様の装身の為のお品物やご衣装代は、結構なものよ」
孔雀くじゃくは頷いた。すでに確信しているのだろう。
しかし、日々、継室と一番間近に接している女官としては、信じがたい。

「・・・・でも、私、届いた品物をその都度お部屋に確かに運んでおりますよ?」
そうなのだ。
紋白もんしろに言われて揚羽あげはが首を傾げた。
外商が持参する物、あとは彼女の実家の人間が持ち込むのだ。

「開けはしないわよね」
「はい。かしわ様に確認頂いて、あとはあの方が、クローゼットの管理も・・・」

揚羽あげは紋白もんしろが勘付いたように立ち上がった。

「総家令、確認してみますわ。・・・もし、私共の予想が当たっているとしたら、あの乳母はなんて曲者くせものなんでしょう」

後宮を預かる女官として許し難い事、と頭に血が昇る。
こんな勇ましい顔つきの宮廷の蝶を見るのは初めてで、孔雀くじゃくがつい微笑んだ。

「女官長様。曲者かもしれませんけれど、心得違いではありませんよ。・・・あの方、私に見せたかったんですよ、きっと」

だから、孔雀くじゃくに茶を入れろと言ったのだ。
総家令のその意図が分からず、女官二人はちょっと眉を寄せた。

「乳母の心得は、仕える子をどうあっても守ることですもの。大したものです。・・・私、あの方見る度に、前の女官長様思い出しますよ」

揚羽あげは鸚鵡おうむの母親だ。

「気骨のある方で、白鷹はくたかお姉様がどうしても敵わなかったって言ってましたもの。あの白鷹はくたかお姉様がですよ?」

女官長が苦笑した。

「まあ、だって、あの時代はねぇ・・・」

琥珀こはく帝がたわむれと当て付けに継室や公式寵姫を侍らせる度に、総家令の白鷹はくたかは後宮で当たり散らすわけだ。
白鷹はくたかに、人肉を屠るダキニ、そう名付けたのは実は前女官長らしいのだ。

そう言われて、なんですってぇ、女狐!と、若き白鷹は激
昂して大喧嘩したらしい。しかし、彼女自身が案外そのあだ名を気に入っているのも、知っている。

それを知って、孔雀くじゃくが「まあ、お姉様。荼吉尼天だきにてん様と、キツネのお稲荷いなりさんは仲間ですよ」と言ったら、白鷹はくたかが、「なんだよ、結局、同じ穴の狢《むじな》ってやつだよ」と、ゲラゲラ笑っていたから。

「・・・後宮の毎日が戦国時代みたいな状態なのよ?ウチのお母様も性格がアレだから。やだやだ怖い」
「でも、一番信頼していたのも前女官長様でしょう。琥珀こはく様と離宮に移ってから身近に出入りを許したのは前女官長様だけでしたもの」
「そうね。そのご縁で、私も弟も、よく離宮に上がったものでしたけど」

彼女達姉弟は真鶴まづると幼馴染なのだ。
そもそも前女官長である母は琥珀と共に女皇帝が真鶴を出産した場に居合わせたのだ。
だから女官長は、当時いろんな噂があったが真鶴は間違いなく琥珀の子なのだと断言出来る。

「女官が王族や継室に不当な扱いを受ける事も少なくは無かった時代だったから。その時、かばってくれたのは白鷹はくたか様だったそうよ」

それこそ意外、と紋白もんしろは上司を見上げた。
あの鬼のような悪魔の女家令が。

「女官というのは召使じゃないんだよ。官僚なんだよ!それが不満ならあんたら同じ試験受けてごらんよ。バカは落ちるから!」と継室だろうが王族だろうがそう怒鳴りつけていたらしい。
何とも不敬で荒々しい話だが、普段は琥珀こはくの横でつんとすましているというのだから、どうにもおかしい。
琥珀こはく帝は妃や女官を着飾らせるのを好んだから、当時はそれは華やかな宮廷であったそうだ。
そしてまた、白鷹はくたかが嫉妬し、それを琥珀こはく帝が喜ぶ。
周囲の被害は甚大。

なんて迷惑、そんなの災害だわ、と女官の長二人がため息をついた。
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