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105.海底の地図

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朝方、天河てんがは庭に出ていた。
見た目よりだいぶ中身が雑な父親はグースカ寝ているが、こっちはそうもいかない。
寝入りばなにあんな腹の立つ話をされて、血圧が上がり放しだ。
頭にきて、自室に戻ったが結局眠れず散策する事にした。

この離宮に来たのは子供の時以来。
その時は、もっと古めかしい作りだった。
そもそも七代前の緑柱りょくちゅう帝が退位後に総家令の火喰鳥ひくいどりと共に暮らす為に建てられたという離宮は実際は数年しか使われなかったそうだ。
なんとも無駄な事だと呆れる。

ふと信じられないものを見つけて、足が止まった。
円形の巨大な蚊帳付きソファで孔雀くじゃくが呑気に寝ていた。
いくらなんでも不用心だろう。
枕元に、焼菓子と、猩々朱鷺しょうじょうときが送ってきたらしい資料がいろいろとっ散らかっていた。
まるで、幸せそうな行き倒れ。

天河てんが孔雀くじゃくが頭に敷いていた地図を引っ張った。

「・・・なんじゃこりゃ。今度は海の底のレアアースでも探して儲けるつもりか・・・あーあ」

孔雀くじゃくの頭の上で、半野良で餌を貰いに来ている猫が勝手に焼菓子を食べていた。
大嘴おおはしにいつも何かと取られて食べられてるが、猫にまで食われている。

「・・・お前こんなの食ったら、吐くよ?」

猫を持ち上げて孔雀くじゃくの腹の上に乗っけた。
それでも孔雀くじゃくは動かない。
触れた足が氷のように冷たかった。

「・・・死んでんじゃねえ・・・・?」

頬をつっつくと、嫌そうにそっぽを向いたから、ちゃんと生きてはいるようだ。
天河てんがは海底地図らしきものを引っ張って眺めた。
何気無く食べてみたサブレがやたらうまくて止まらない。
これは猫も食うわけだ。
孔雀くじゃくも寝入る瞬間まで齧《かじ》っていたらしく、食いかけが転がっていた。
見事に食い意地が張っている。

あらまあ、と背後から緋連雀ひれんじゃくの声がした。

「これはこれは殿下。私としたことが大変無粋でございました」
慇懃いんぎん無礼にそう言う。
大変粋な事など何も起きていない事を知っているのに。
姉弟子は持って来た綿毛布を孔雀にかけた。
この妹弟子がまとまった睡眠時間が取れるのは、離宮にいる時だけ。
なるだけ寝かしてやりたいという気持ちなのだろう。

「こいつが総家令になんかなってしまったばかりに姉弟子も気苦労が絶えないな」

天河てんがが言うと、緋連雀ひれんじゃくが笑った。

「あら、私、満足です。私がこの子を総家令にするように翡翠ひすい様に申し上げたのですもの」

天河てんがは驚いて顔を上げた。

「・・・・ギルド出の継室や公式寵姫ならば、家令私共では王族から守れませんもの」
宮廷で死んだ自分の母親の事を言っているのだ。

「・・・この子が総家令として宮城に上がった時、ご正室様からもご継室にも女官連中からもだいぶ意地悪されましてね。・・・まあ、それはもういいんですけど」

この根性曲がりが意地悪と言うくらいなのだから、ずいぶんな目にあったのだろう。
そして、それはいい、というのだから、その何倍もこの姉弟子が仕返しをしたのだろうが。

「あの連中。はっとしたと思いますよ。陛下からのご待遇は、この総家令の匙加減なのだと気付いた時は。・・・あいつら全く理解していなかったんですよ。・・・その昔は、継室の宮への予算や待遇どころか、毎日の食事の種類だって、総家令の腹積り一つだったっていうのに」

心から楽し気に微笑む。

「だから。私、後悔はございませんけれど。天河てんが様には申し訳ないとも思っておりました。・・・もとはふくろうお兄様は、天河てんが様にこの子をやるつもりでいましたから」
でも、緋連雀ひれんじゃくとしては妹弟子を王族の継室にはさせられない。
誰のであっても。

あの恐ろしい白鷹はくたかを出し抜いてでもそう決めたのだから。

緋連雀ひれんじゃく天河てんがを見据えた。

「結局、家令では、継室を守れないんです。例え、皇帝の継室であろうとでも皇太子のであろうと。・・・それ以外では論外」

皇帝はおろか皇太子どころか、お前などでは話にならない、そうこの女家令は言いたいのだ。

天河てんがは複雑な思いで女家令の言葉を聞いていた。
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