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66.小娘の精一杯
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川蝉は間違いなく報われた。
皇帝に継室に入ったというのに、そこから更に川蝉のもとへ嫁に行くのを楽しみにまでしていたような木蓮が迎えに来たのだもの。
孔雀は、、じゃあ、瑠璃鶲は、あの姉弟子は、と、どうしても思ってしまう。
それも家令の一つの生き方かもしれないけれど。
言いたい事を言い好きな事をして、ある意味刹那的に正しく家令として生きる他の兄姉姉妹を思うと、どうしても居たたまれなくなるのだ。
「瑠璃鶲は、確かに家令には向かなかったかもしれないね」
白鷹なら、家令に向き不向きなんかあるもんか、なっていくものなんだよ、とでも言いそうだが。
「二十歳代前半の瑠璃鶲は、泥沼になっていく戦争の舵取りを突然任されて、戦死していく兄弟姉妹達を思いながらなんとか踏み止まったんだ。間違いなく、才能はあったと思うよ」
確かにそうだ。
大戦が終わってみて、残った成人家令はたった五人。
唐丸、猩々朱鷺、瑠璃鶲、白鷹、梟。
その内の唐丸と巫女愛紗は戦争で負傷して、唐丸はなんとか復帰したが、巫女愛紗は宮廷を辞して修道院に下がっていた。
かくして瑠璃鶲は、切り抜けたのだ。
そして、復興の基礎を作った。
孔雀は少し救われる気持ちで頷いた。
「愛するとか愛されるとか。それはもう、本来、芸術家の才能が有るとか無いとか、そういうものに近くて。
得難い才能だと思う。
人間というのはやっぱり、大きく何か突出したものがあるというのは、どこかが大きく欠落しているのではないかな、と思うんだけど」
「・・・でも、それを仕方ないと言ってしまうのはちょっと乱暴です」
翡翠は膨れた孔雀の頬を突ついた。
「・・・うーん。なんていうかな。人間程多様性を受け入れた生き物はないんだよね。鳥や魚やカブトムシは姿形にバリエーションはあるけど。例えば、何かカブトムシや魚に危害を加えるウィルスがいたり、合わない環境になったらすぐ全滅すると思う。でも人間は、その多様性を受け入れて、社会性でもってフォローするという方法で、人間という大きなくくりの種を残す事にしたわけだよね。個人の種とかその個性や意思、幸福なんかはその大きなくくりの中では、どうでもいいわけで。だから、瑠璃鶲はまことに正しい。我も我も正しい。種として間違っている存在などいない。・・・私よりだいぶ頭のいい婆さんだもの。そんなことすっかりわかってるよ」
孔雀は頷いた。
けれど、悲しい。
翡翠は孔雀に向き直った。
「しかし。その中でも、例えば誰かを愛するとか、愛さないとか。それが叶うとしたら、それはもう望むべくもないことで」
と、尤もらしく述べてみても、そう思うようになったのも、ここ数年だが。
「孔雀《くじゃく》は、宮廷に上がって、早四年になるわけだけども。その間、家令にしては珍しく、あちこちからの誘いにも興味を示さず、寵姫宰相なんて呼ばれるようになってしまって」
「・・・ご不快ですか・・・?」
「ちっとも。むしろ嬉しいくらいで。でもなぜかな、と考えたりもするね」
例えば孔雀の姉弟子兄弟子は派手な交際関係でいつも揉めているし、白鷹は琥珀と愛し合ってはいたけれど、お互い他に恋人もいた時期もあったし、結婚もしていた。しかし、この総家令に関して浮いた話はまだ聞こえて来ない。
孔雀は不思議そうに翡翠を見た。
「・・・・私には、そっちの方が大事だったからです。限られた時間であるんですもの、心を通わせた方と愛し合ってるほうが大事」
孔雀は恥ずかしそうに頬を染めた。
「それに私、翡翠様から総家令を拝命しました折、真心を込めてお仕え致しますと、私は誠実である事をお約束すると申し上げましたもの・・・自分でも不思議なくらい、心持ちが変わりませんのは、翡翠様がやはり誠実だからだと思うんです」
翡翠は孔雀を抱きしめた。
私は貴方に誠実である事を約束致します。それは例えば貴方が愉快に思わない事もあるかもしれません。でも、それも、私の誠実であろうとするが故にです。
たった十五の小娘の精一杯。背伸びをして、手を伸ばし、更に精一杯。でも、本当の気持ちだった。
そう言われて、翡翠は雷に打たれたような気持ちになったのだ。
孔雀は、そっと翡翠の首に手を伸ばした。
「ああ。最近何食ってもうまいんだよ。それに朝起きてわくわくするのは、なんでかな」
梟に言ったら、健康だからじゃないですか、とそっけなく言われたが。
まあ、と孔雀は嬉しそうに微笑んだ。
「翡翠様、それは幸せですね」
そうか、これか。
やはり間違いなく自分にとって孔雀は、福音、天恵というものだ。
孔雀も、そう言われるのは嬉しいが、不思議だ。
違う方面からは、天下った邪鬼だの、悪魔だのとも呼ばれているから。
「翡翠様、私、明日、尉鶲をガーデンに迎えに行こうと思います」
孔雀が川蝉の死を心配して、そうとは言わず宮廷から息子である尉鶲を遠ざけたのだ。
「・・・私も行こうかな」
気軽にそう言うので、笑ってしまう。
確かに、彼は、あちこち忙しく立ち回る孔雀について行く。
軍であったり、あちこちの研究機関、国のエネルギーの要であるキルンと呼ばれるレアアースと新電池の発電所にまで。
あまり社交界を好まない皇帝だが、人々と親しく交わるのはお好きであると評価も高い。
これだけ皇帝や王族が身軽に歩き回れるのは、治安がいい事が担保に勿論あるし、家令が身近に控えているからだ。
「きっと尉《じょう》ちゃん、白鷹お姉様にしごかれてるから。さすがに翡翠様がいらしたら白鷹お姉様だって、振り上げた物差しを下げるでしょうね」
孔雀がおかしそうに笑った。
「・・・ああ、なんだか。とっても地に足のついたような気分です」
やっと、姉弟子と兄弟子の死を飲み込めたというか。
「翡翠様のおかげですね」
孔雀もまた幸せそうに微笑んで、翡翠の頬に唇を寄せた。
皇帝に継室に入ったというのに、そこから更に川蝉のもとへ嫁に行くのを楽しみにまでしていたような木蓮が迎えに来たのだもの。
孔雀は、、じゃあ、瑠璃鶲は、あの姉弟子は、と、どうしても思ってしまう。
それも家令の一つの生き方かもしれないけれど。
言いたい事を言い好きな事をして、ある意味刹那的に正しく家令として生きる他の兄姉姉妹を思うと、どうしても居たたまれなくなるのだ。
「瑠璃鶲は、確かに家令には向かなかったかもしれないね」
白鷹なら、家令に向き不向きなんかあるもんか、なっていくものなんだよ、とでも言いそうだが。
「二十歳代前半の瑠璃鶲は、泥沼になっていく戦争の舵取りを突然任されて、戦死していく兄弟姉妹達を思いながらなんとか踏み止まったんだ。間違いなく、才能はあったと思うよ」
確かにそうだ。
大戦が終わってみて、残った成人家令はたった五人。
唐丸、猩々朱鷺、瑠璃鶲、白鷹、梟。
その内の唐丸と巫女愛紗は戦争で負傷して、唐丸はなんとか復帰したが、巫女愛紗は宮廷を辞して修道院に下がっていた。
かくして瑠璃鶲は、切り抜けたのだ。
そして、復興の基礎を作った。
孔雀は少し救われる気持ちで頷いた。
「愛するとか愛されるとか。それはもう、本来、芸術家の才能が有るとか無いとか、そういうものに近くて。
得難い才能だと思う。
人間というのはやっぱり、大きく何か突出したものがあるというのは、どこかが大きく欠落しているのではないかな、と思うんだけど」
「・・・でも、それを仕方ないと言ってしまうのはちょっと乱暴です」
翡翠は膨れた孔雀の頬を突ついた。
「・・・うーん。なんていうかな。人間程多様性を受け入れた生き物はないんだよね。鳥や魚やカブトムシは姿形にバリエーションはあるけど。例えば、何かカブトムシや魚に危害を加えるウィルスがいたり、合わない環境になったらすぐ全滅すると思う。でも人間は、その多様性を受け入れて、社会性でもってフォローするという方法で、人間という大きなくくりの種を残す事にしたわけだよね。個人の種とかその個性や意思、幸福なんかはその大きなくくりの中では、どうでもいいわけで。だから、瑠璃鶲はまことに正しい。我も我も正しい。種として間違っている存在などいない。・・・私よりだいぶ頭のいい婆さんだもの。そんなことすっかりわかってるよ」
孔雀は頷いた。
けれど、悲しい。
翡翠は孔雀に向き直った。
「しかし。その中でも、例えば誰かを愛するとか、愛さないとか。それが叶うとしたら、それはもう望むべくもないことで」
と、尤もらしく述べてみても、そう思うようになったのも、ここ数年だが。
「孔雀《くじゃく》は、宮廷に上がって、早四年になるわけだけども。その間、家令にしては珍しく、あちこちからの誘いにも興味を示さず、寵姫宰相なんて呼ばれるようになってしまって」
「・・・ご不快ですか・・・?」
「ちっとも。むしろ嬉しいくらいで。でもなぜかな、と考えたりもするね」
例えば孔雀の姉弟子兄弟子は派手な交際関係でいつも揉めているし、白鷹は琥珀と愛し合ってはいたけれど、お互い他に恋人もいた時期もあったし、結婚もしていた。しかし、この総家令に関して浮いた話はまだ聞こえて来ない。
孔雀は不思議そうに翡翠を見た。
「・・・・私には、そっちの方が大事だったからです。限られた時間であるんですもの、心を通わせた方と愛し合ってるほうが大事」
孔雀は恥ずかしそうに頬を染めた。
「それに私、翡翠様から総家令を拝命しました折、真心を込めてお仕え致しますと、私は誠実である事をお約束すると申し上げましたもの・・・自分でも不思議なくらい、心持ちが変わりませんのは、翡翠様がやはり誠実だからだと思うんです」
翡翠は孔雀を抱きしめた。
私は貴方に誠実である事を約束致します。それは例えば貴方が愉快に思わない事もあるかもしれません。でも、それも、私の誠実であろうとするが故にです。
たった十五の小娘の精一杯。背伸びをして、手を伸ばし、更に精一杯。でも、本当の気持ちだった。
そう言われて、翡翠は雷に打たれたような気持ちになったのだ。
孔雀は、そっと翡翠の首に手を伸ばした。
「ああ。最近何食ってもうまいんだよ。それに朝起きてわくわくするのは、なんでかな」
梟に言ったら、健康だからじゃないですか、とそっけなく言われたが。
まあ、と孔雀は嬉しそうに微笑んだ。
「翡翠様、それは幸せですね」
そうか、これか。
やはり間違いなく自分にとって孔雀は、福音、天恵というものだ。
孔雀も、そう言われるのは嬉しいが、不思議だ。
違う方面からは、天下った邪鬼だの、悪魔だのとも呼ばれているから。
「翡翠様、私、明日、尉鶲をガーデンに迎えに行こうと思います」
孔雀が川蝉の死を心配して、そうとは言わず宮廷から息子である尉鶲を遠ざけたのだ。
「・・・私も行こうかな」
気軽にそう言うので、笑ってしまう。
確かに、彼は、あちこち忙しく立ち回る孔雀について行く。
軍であったり、あちこちの研究機関、国のエネルギーの要であるキルンと呼ばれるレアアースと新電池の発電所にまで。
あまり社交界を好まない皇帝だが、人々と親しく交わるのはお好きであると評価も高い。
これだけ皇帝や王族が身軽に歩き回れるのは、治安がいい事が担保に勿論あるし、家令が身近に控えているからだ。
「きっと尉《じょう》ちゃん、白鷹お姉様にしごかれてるから。さすがに翡翠様がいらしたら白鷹お姉様だって、振り上げた物差しを下げるでしょうね」
孔雀がおかしそうに笑った。
「・・・ああ、なんだか。とっても地に足のついたような気分です」
やっと、姉弟子と兄弟子の死を飲み込めたというか。
「翡翠様のおかげですね」
孔雀もまた幸せそうに微笑んで、翡翠の頬に唇を寄せた。
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