上 下
35 / 170
1.

35.憎みきれないろくでなし

しおりを挟む
「ああ。いいよ。どうかもう、そんなに落ち込まないで。・・・昼間、三妃のところに行ったって?」
通例通り、総家令は継室けいしつに挨拶に行ったのだ。
三妃は、|議会派が推した妃で、後宮に入って六年程。
「はい。珊瑚さんご宮は華やかですね」
妃に近い年の者が多く控えていた。
三妃の宮に出入りする女官長以下五役の高位の女官と数人の年嵩の以外は、実際は官位がない特任女官の女達らしい。

三妃が実家からお連れになった特任女官の面々、と事前に金糸雀カナリアに聞かされていた。
彼女が輿入れするに当たり彼女の実家から出された条件のひとつである。
驚いた事に、ふくろうがその条件を飲んだというのだから、当時のふくろうの苦労も忍ばれるし、あの兄弟子の事、その何かイレギュラーな人事にやはりイレギュラーな理由があろうなあとも察せられた。
金糸雀カナリアからしてみれば、そもそも試験もパスしていないモグリの女官だ、まるで白タクだ、闇営業だと認可出来ない存在らしい。

「彼女は家令があまり好きではなくてね。困ったものだろうけれど、悪く思わないでやって」
翡翠ひすいはそう言った。
通常それぞれの宮には家令が配属されるのだが、三妃は拒否して、ある日から特別勤務の女性職員が配属されたのだ。
とにかく、家令を身近に置きたくない一心というのが、そのいわゆるゴリ押の理由。
「・・・実際、緋連雀ひれんじゃくお姉様みたいなのが毎日いたら戦争でしょうしねぇ」
あの美貌の女家令は、子供の頃から女官と嫌味の応酬どころか、こてんぱんにやっつけては騒ぎを起こしてばかり。その度に、女官長やふくろうが叱りつけても、ちっとも反省しない。
母親である猩々朱鷺しょうじょうときは、さっさとさじを投げて我関われかんせずだった。
昼間も三妃の女官に孔雀くじゃくが前夜に翡翠ひすいのお召しにあった事をあてつけられて、同行した緋連雀ひれんじゃくが火を吹いたとは翡翠ひすいも聞いていた。
孔雀くじゃくが驚いて取りなして収まったらしい。

「男家令が、一人二人、宮に入れば違うとは思うのだけどね」
「でも、白鴎はくおうお兄様も雉鳩きじばとお兄様も・・・。今度は女官方と結婚詐欺あたりで裁判沙汰にでもなったら大変です。それに大嘴おおはしお兄様は既婚者の年上の方にばかり・・・」
本来の宮廷女官ならばそれほどの心配もない。
家令の何たるかを心得ているし、家令と結婚した女官や官吏、軍人も居なくはない。
特に女官もなかなかのもので、恋愛関係になった家令の方がやり込められる事も少なくなかった。宮廷、というのはそういう華やかな、いわゆる浮ついた場所でもあるが、愁嘆場しゅうたんばというのは好まれないのだ。
そういう点では、宮廷女官というのは非常にさばけている。
しかし、私設女官となるとどうだろう、と孔雀くじゃくとしては疑問だ。
三妃付きの女官の振る舞いを見ても短時間ではあるが、よく教育された秘書とか世話係とか使用人という印象を受けた。
職員、スタッフとでも表現に値するような。

本来、女官とその宮の女主人である妃の関係というのはもう少し家庭的、家族的なものなのだ。
それがだらしないとか、プライバシーに欠ける、と思うかどうかは人ぞれぞれだろうが。
まあとにかく、三妃宮職員たる彼女達に、家令である自分達はどう見えているのだろう。
宮廷人にありがちな色恋沙汰をすんなりかわして意趣返しする誰も傷つかない、角が立たないようなそんな技術や感覚はないだろうし、下手したら裁判とかも持ち込まれて、どう考えても不利なのは家令側。
翡翠ひすい孔雀くじゃくのげんなりした様子によほど兄弟子の素行の悪さに振り回されて来たのだろうとおもんぱかった。

例えばどんなと問われて、孔雀くじゃくは具体的にいくつか思い出話を披露したが、自分で嫌になって首を振った。
「・・・家令の素行不良等、お耳汚しでございました。・・・あの、でも、あの人たち、悪い人じゃないんですよ。どうぞおいといくださいませんように。あの、ただ、なんていうか、憎み切れないろくでなしで・・・」
孔雀くじゃくと目が合うと、翡翠ひすいは吹き出した。

こんなに笑ったのは久しぶりだった。
孔雀くじゃくはお茶のおかわりを注いだ。
「・・・夜はここにいてもいいよ」
翡翠ひすいは、雛鳥というか室内犬並に気にならないというか、この若い女家令の存在がある空間が案外気に入っていた。
孔雀くじゃくは微笑んだ。
「いえ、ご正室様にご挨拶に伺えるのは楽しみなんです」
しかし翡翠ひすいは乗り気ではないようだ。

「私達に家令の所作でありますとか、心得の手ほどきを教えてくださったのは青鷺あおさぎお姉様ですから。青鷺あおさぎお姉様がお仕えしていたご正室様にお目通り出来ますのは嬉しいです」
今夜は正室の元に訪問する事になっていた。
青鷺あおさぎは宮廷一の典雅で知られた女家令。
物腰の美しさや柔らかさ、教養の高さを若い頃から皇后に愛されたらしい。
家令達は所作をその姉弟子に叩き込まれていたが、結構な厳しさで、お上品に締め上げられ、緋連雀ひれんじゃくは嫌味を言い、金糸雀カナリアは怒り出し、孔雀くじゃくはもちろん泣いていた。

「・・・翡翠《ひすい》様にお許し頂いて、この度、姉弟子達がお城に上がりご挨拶出来ました。改めまして感謝申し上げます」
城での勤務は許されなかったが、式典への出席は許された。
二妃が後宮で死んだ事で白鷹はくたかふくろうは激怒し、当時城に使えていた家令を全員追放した。
総家令を拝命するにあたって、翡翠ひすいに何か望むものはと言われ、孔雀くじゃくは城を追われた家令達を呼び戻しては貰えないか願ったのだ。
それを皇帝にねだったと人々に言われたのは、心外でもなんでもなく、事実だ。

「・・・白鷹はくたかも、あの時はああする他無かったんだよ。元老院は、家令を全員裁判無しで投獄するつもりでいたからね」
孔雀くじゃくは頷いた。
白鷹はくたかふくろうは妹弟子と弟弟子を守ったのだ。
「家令など、投獄されたら死刑ですからね。でも、この度の陛下の恩赦を面白くない方もいらしたと思います」
心残りは三人の家令を城に戻す事は出来なかった。
当時、総家令代理だった川蝉かわせみ
正室付きだった青鷺あおさぎ
そして別件で許されなかった鸚鵡おうむ

川蝉かわせみお兄様は現在外部団体で、青鷺あおさぎお姉様は極北の前線の海兵隊基地マリーンベース鸚鵡おうむお兄様は同じく北の難民キャンプの野戦病院フィルド・ホスピタルで勤務しております。翡翠ひすい様にお祝い申し上げるように言いつかっております」
「・・・あの時、ふくろうは気の毒したね。自分の妻を離婚の上、更迭させたんだから」
青鷺あおさぎふくろうの元妻なのだ。
ふくろうが総家令を勤めた瑪瑙めのう帝とその妻である皇后はその事をとても気にかけていたのだ。
「家令の婚姻は人事です。何より、陛下の奥方様方を守れなかったのは確かに我々の落ち度です」
孔雀はよどみなく言った。
奥方様方、と言うからには、事の真相も知って居て、家令は本来どちらの命も身の安全も名誉も守らねばならなかったという意味だ。
こんななりでも、やはり家令なのだ、と翡翠は思った。
あの時、同じ事を瑪瑙めのう帝と皇后にも、ふくろう青鷺あおさぎは言ったのだから。
終身名誉職の典医でもある黄鶲きびたき以外は、城以外での重要な仕事に就いているのを名目にそれでも実際に城での勤務はまだ許されて居ない。
元老院からも議会からもギルドからも強固な反対意思があったからだ。
当たり前の反応だし、そもそもこちらの落ち度でもある。
孔雀くじゃくは、それは仕方がないと思う、今は。
鸚鵡おうむ以外は、もう私に何らかの遺恨いこんはないのだから。機会があった時は、本人にその気がある時は城に戻しなさい」
そうだといい。
本当に、そうだとどれほど救われるか。
孔雀くじゃくは複雑な顔をしてから頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 他

rpmカンパニー
恋愛
新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 新しい派遣先の上司は、いつも私の面倒を見てくれる。でも他の人に言われて挙動の一つ一つを見てみると私のこと好きだよね。というか好きすぎるよね!?そんな状態でお別れになったらどうなるの?(食べられます)(ムーンライトノベルズに投稿したものから一部文言を修正しています) 人には人の考え方がある みんなに怒鳴られて上手くいかない。 仕事が嫌になり始めた時に助けてくれたのは彼だった。 彼と一緒に仕事をこなすうちに大事なことに気づいていく。 受け取り方の違い 奈美は部下に熱心に教育をしていたが、 当の部下から教育内容を全否定される。 ショックを受けてやけ酒を煽っていた時、 昔教えていた後輩がやってきた。 「先輩は愛が重すぎるんですよ」 「先輩の愛は僕一人が受け取ればいいんです」 そう言って唇を奪うと……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...