24 / 170
1.
24.ビーキーパー
しおりを挟む
孔雀は咲き始めた桜桃の花の花粉交配をしていた。
桜の花に似ているがそれより小ぶりでまるで雪の一片のように軽やかな白い花が、ふさふさと枝に一斉に咲く。
猩々朱鷺から送られてきた果樹の苗から、より良質の果実の新品種を開発するというのが孔雀と猩々朱鷺の目標でもあり楽しみにもなっていた。
サンプルの果樹に、ナンバリングをして日付を書き込む。
満開の白い花の下に木箱がいくつか置かれていて、綿雲のように花の間を蜜蜂が飛び回る。
これが孔雀の花粉交配なのだ。
今日は風があるから、花粉もよく飛ぶだろう。
蜜蜂が花粉交配をしてくれて、その上、蜂蜜までいただいちゃうというのは気がひけるのだけど。
桜桃、桃、梨、林檎。
それぞれの季節に置いた巣箱から取れる蜂蜜の味が違うのにすっかり夢中になり、熊の子のように楽しみにしている。
「熊は蜂蜜とるから左手がおいしいらしいけど、味見ばっかりしてるからアンタは絶対口が一番美味しいわね。タンシチューにされちゃうわよ」
そう言ったのは、果樹の品種改良や養蜂の仕組みを教えてくれた真鶴だった。
「おいしい果物の苗なんて。そんなの最初っから作ればいいじゃない。めんどくさい。私、作ってあげようか」
と、手っ取り早く遺伝子操作しようとする姉弟子に、孔雀は、今あるもので目で見えるくらいでいいから確認しながらやりたいの、と言うと。
「・・・あのね。つるつるかシワシワかだけのエンドウ豆だって、わかるまでものすごく時間かかったんだからね。わかってることやったほうがいいのに。時間と労力の無駄じゃないの」
と言いつつも、調べてきてくれた。
その姉弟子の協力こそが荒れ果てた鳥達の庭園を、今の花咲くエデンのような庭園にしたのだ。
白鷹が言うように、あれだけなんでも出来るひとが自分で身を隠したなら、自分になんか見つけることなんかできやしないのだろう。
まるで綿雪を纏ったかのような豊かな花房の枝の間から自分を呼ぶ声がして、蜜蜂を目で追いながら顔を上げた。
「・・・孔雀、ここか。・・・お見事な咲きぶりだけれど、これはいつ食えるんだ」
現れた梟が妹弟子に尋ねた。
「六月には美味しいさくらんぼになります」
そうか、楽しみだ、と梟が答えた。
桜桃は梟の好物だ。
いつもは難しい顔をした兄弟子も、やはりこの鳥達の庭園には、若き日過ごした思い出もあるのだろう。
いつもより穏やかな顔をしている。
皇帝が崩御し、その半身たる総家令であったこの兄弟子の事も気がかりであった。
だが、長く体を患った皇帝が苦しみから解放されたのは彼にとってもやはり安堵であったのかもしれない。
「・・・ちゃんと作業服を着ろ。河童みたいな真緑色のツナギを買ってやったろう。それになんだそのつっかけは。軍手つけて地下足袋でも履け。怪我をしたら危ないだろう。虫除けは振ったのか」
この妹弟子はちょっとそこまで、という格好で何でもするのだ。
今日も金糸雀が余った生地で縫ったと思われる白っぽいワンピースに、共布で作ったと思われるステテコのようなズボンにサンダルと言う出で立ちだ。
だから花の色と保護色になってなかなか見つからなかったのか。
「目立つ格好で作業しろ。危険だろうが」
「だって、見てこれ、お兄様、緋連雀お姉様にヤギの絵を描いてもらったの」
孔雀が嬉しそうに裾を引っ張った。
確かにこの妹弟子の服はサボテンだのカエルだのよく描いてある。
絵の達者な緋連雀が描いているのだろうが、題材のセンスがおかしい。
「・・・ヤギじゃなくて、そりゃカモシカじゃないか」
思わず梟が笑い出した。
「梟お兄様、これは鴨じゃないし鹿じゃないよ?」
「・・・違う。山にいる・・・。なんだあれは・・・牛か?」
牛?山に?と今度は孔雀が吹き出した。
「居るんだよ、本当に。羚羊。目玉が4つあるように見えるやつもいてな」
だから神の使いとも呼ばれている生き物だ。
そう言えば、この妹弟子は"天眼"と言われる生まれらしい。
自分にはサッパリ意味不明だが、白鷹によると、たまにいるひとつの才能とも欠落とも言える|霊的な資質の事らしい。
梟は、今は亡き姉弟子に占星術を教え込まれた事がある。
だから、弟妹弟子の生まれをひと通りは把握しているのだが、確かに家令になるような人間は、どいつもこいつもやっかいな星の下に生まれているようだ。
それによると、孔雀もなかなかの因業娘ぶりであるが。
大嘴もまた天眼持ちで、あの弟弟子によると、"孔雀は額にもう一個目玉がある"との事だ。
なんのことやら。
この広い地球上にはそんな変わったトカゲの一種はいるらしいが。
目玉が4つだの3つだの。
まあ、少ないよりは多い方がいいか。
まあいいや、と梟が後ろを振り返った。
「・・・お待たせを致しました。こちらです。カモシカがおりました。よりにもよって白い格好をしているから見つからなかったわけです」
男が蜜蜂を珍しそうに眺めながら近寄ってきた。
「楽しそうな声がしたよ。本格的な養蜂家だね」
梟がこんな風に話して笑うのは珍しくてつい興味をそそられた。
「・・・孔雀。ご挨拶をしなさい」
梟がそう促した。
孔雀は頷くと、甘く、少し酸っぱいような香りを運びながら、ひらりと身を翻えした。
「・・・翡翠殿下。ようこそのおいでを歓迎申し上げます。家令の孔雀と申します」
孔雀は優雅な女家令の礼をして、兄弟子とその背後の男を迎え、その不思議な葡萄色の瞳をゆらめかせて笑みこぼれた。
桜の花に似ているがそれより小ぶりでまるで雪の一片のように軽やかな白い花が、ふさふさと枝に一斉に咲く。
猩々朱鷺から送られてきた果樹の苗から、より良質の果実の新品種を開発するというのが孔雀と猩々朱鷺の目標でもあり楽しみにもなっていた。
サンプルの果樹に、ナンバリングをして日付を書き込む。
満開の白い花の下に木箱がいくつか置かれていて、綿雲のように花の間を蜜蜂が飛び回る。
これが孔雀の花粉交配なのだ。
今日は風があるから、花粉もよく飛ぶだろう。
蜜蜂が花粉交配をしてくれて、その上、蜂蜜までいただいちゃうというのは気がひけるのだけど。
桜桃、桃、梨、林檎。
それぞれの季節に置いた巣箱から取れる蜂蜜の味が違うのにすっかり夢中になり、熊の子のように楽しみにしている。
「熊は蜂蜜とるから左手がおいしいらしいけど、味見ばっかりしてるからアンタは絶対口が一番美味しいわね。タンシチューにされちゃうわよ」
そう言ったのは、果樹の品種改良や養蜂の仕組みを教えてくれた真鶴だった。
「おいしい果物の苗なんて。そんなの最初っから作ればいいじゃない。めんどくさい。私、作ってあげようか」
と、手っ取り早く遺伝子操作しようとする姉弟子に、孔雀は、今あるもので目で見えるくらいでいいから確認しながらやりたいの、と言うと。
「・・・あのね。つるつるかシワシワかだけのエンドウ豆だって、わかるまでものすごく時間かかったんだからね。わかってることやったほうがいいのに。時間と労力の無駄じゃないの」
と言いつつも、調べてきてくれた。
その姉弟子の協力こそが荒れ果てた鳥達の庭園を、今の花咲くエデンのような庭園にしたのだ。
白鷹が言うように、あれだけなんでも出来るひとが自分で身を隠したなら、自分になんか見つけることなんかできやしないのだろう。
まるで綿雪を纏ったかのような豊かな花房の枝の間から自分を呼ぶ声がして、蜜蜂を目で追いながら顔を上げた。
「・・・孔雀、ここか。・・・お見事な咲きぶりだけれど、これはいつ食えるんだ」
現れた梟が妹弟子に尋ねた。
「六月には美味しいさくらんぼになります」
そうか、楽しみだ、と梟が答えた。
桜桃は梟の好物だ。
いつもは難しい顔をした兄弟子も、やはりこの鳥達の庭園には、若き日過ごした思い出もあるのだろう。
いつもより穏やかな顔をしている。
皇帝が崩御し、その半身たる総家令であったこの兄弟子の事も気がかりであった。
だが、長く体を患った皇帝が苦しみから解放されたのは彼にとってもやはり安堵であったのかもしれない。
「・・・ちゃんと作業服を着ろ。河童みたいな真緑色のツナギを買ってやったろう。それになんだそのつっかけは。軍手つけて地下足袋でも履け。怪我をしたら危ないだろう。虫除けは振ったのか」
この妹弟子はちょっとそこまで、という格好で何でもするのだ。
今日も金糸雀が余った生地で縫ったと思われる白っぽいワンピースに、共布で作ったと思われるステテコのようなズボンにサンダルと言う出で立ちだ。
だから花の色と保護色になってなかなか見つからなかったのか。
「目立つ格好で作業しろ。危険だろうが」
「だって、見てこれ、お兄様、緋連雀お姉様にヤギの絵を描いてもらったの」
孔雀が嬉しそうに裾を引っ張った。
確かにこの妹弟子の服はサボテンだのカエルだのよく描いてある。
絵の達者な緋連雀が描いているのだろうが、題材のセンスがおかしい。
「・・・ヤギじゃなくて、そりゃカモシカじゃないか」
思わず梟が笑い出した。
「梟お兄様、これは鴨じゃないし鹿じゃないよ?」
「・・・違う。山にいる・・・。なんだあれは・・・牛か?」
牛?山に?と今度は孔雀が吹き出した。
「居るんだよ、本当に。羚羊。目玉が4つあるように見えるやつもいてな」
だから神の使いとも呼ばれている生き物だ。
そう言えば、この妹弟子は"天眼"と言われる生まれらしい。
自分にはサッパリ意味不明だが、白鷹によると、たまにいるひとつの才能とも欠落とも言える|霊的な資質の事らしい。
梟は、今は亡き姉弟子に占星術を教え込まれた事がある。
だから、弟妹弟子の生まれをひと通りは把握しているのだが、確かに家令になるような人間は、どいつもこいつもやっかいな星の下に生まれているようだ。
それによると、孔雀もなかなかの因業娘ぶりであるが。
大嘴もまた天眼持ちで、あの弟弟子によると、"孔雀は額にもう一個目玉がある"との事だ。
なんのことやら。
この広い地球上にはそんな変わったトカゲの一種はいるらしいが。
目玉が4つだの3つだの。
まあ、少ないよりは多い方がいいか。
まあいいや、と梟が後ろを振り返った。
「・・・お待たせを致しました。こちらです。カモシカがおりました。よりにもよって白い格好をしているから見つからなかったわけです」
男が蜜蜂を珍しそうに眺めながら近寄ってきた。
「楽しそうな声がしたよ。本格的な養蜂家だね」
梟がこんな風に話して笑うのは珍しくてつい興味をそそられた。
「・・・孔雀。ご挨拶をしなさい」
梟がそう促した。
孔雀は頷くと、甘く、少し酸っぱいような香りを運びながら、ひらりと身を翻えした。
「・・・翡翠殿下。ようこそのおいでを歓迎申し上げます。家令の孔雀と申します」
孔雀は優雅な女家令の礼をして、兄弟子とその背後の男を迎え、その不思議な葡萄色の瞳をゆらめかせて笑みこぼれた。
2
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる