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3.命の身代金

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 白鷹はくたかが勢いよくテーブルを叩いた。
「だから鳥達の庭園ガーデンと軍隊で厳しく調教するんじゃないの!家令に適正がある男なんて社会じゃただの市井に放逐された野良犬だよ。ろくなもんじゃない。それを宮廷に奉職できるまでにしごき上げるるわけだからね。厳しいよ!」
白鷹はくたかがまたテーブルを指で軽く叩いて茶のおかわりを催促した。
「教育でしょ?・・・鳥達の庭園ガーデンというのは、はいこちら、パンフレット見開き中央にある、その建物ね。まあ、寮のある学校みたいなものね」
孔雀は、渾身の出来らしいパンフレットを示し、小綺麗な建物の写真を見せる。
「・・・家令になるとまずここに住んで研修をするの。そこから軍に派遣されるんだけど」
ということはこの女たちも皆、軍隊に所属しているのだろうか。
「そうなの。私は海軍ネイビー金糸雀カナリアお姉様と白鷹はくたかお姉様は陸軍アーミー。他には海兵隊マリーン空軍エアフォース。・・・あとは神殿オリュンポス聖堂ヴァルハラでも働くのよ」
「・・・あの、ここって、どこなんですか・・・?」
何気なく地図を見て驚いた。
とんでもない田舎だ。
聞いたこともない最寄駅から一時間バスに乗って、徒歩で三時間。
全く最寄じゃない。
逃げられないようにだろうかとあかねはちょっと怖くなった。
「・・・他に、誰かいるんですか?」
「今はね、四人。あなたより少し年上の子達よ」
あまり聞きなれない鳥の名前を四つ教えてくれた。
金糸雀カナリアが書類を見せた。
衣食住、教育の保証。
加えてとんでもない額の支給金が書いてあった。
奨学金にしたって、ありえない高額だ。


  戸惑うあかねに、白鷹はくたかが口を開いた。
「・・・お前の命の身代金。家令は一騎当千だよ。一人で千人分の働きをすると言われていてね。大げさに言えば千人分の金と手間をかけるんだから千人分働けということよ。家令になるなら、それはお前のもの。いらないなら、すぐに出て行きな。こちらは今後一切、干渉しない」
老婆の強い口調に、身がすくんだ。
命の身代金。
なんと、重く痛い言葉だろう。
怖い、と思った。
「まあ、白鷹はくたかお姉様ったら。ずっと心配して探していたのは白鷹はくたかお姉様なのに。私にあかねちゃんのお写真何回も見せてくれたのに」
「ねぇ孔雀くじゃく、家令になると言ってくれるといいんだけど」、この姉弟子は、そう先程まで言っていたのだ。
「少しでも好印象にって、カステラもっと厚く切りなさいとか、ポンヌフに乗っけるジャムは高いやつにしなさいとか、チョコレートもアイスクリームも出しなさいって言ってたのよ?」
気まずそうに白鷹はくたかは妹弟子に舌打ちした。
「・・・お前、空気読まないねえ・・・」
「ふふ。空気は吸って吐くものよ。・・・あかねちゃん、大丈夫。白鷹はくたかお姉様は身代金とか賞金首とか言う言葉が好きなのよ。つまりそれはあなたのお小遣いだと思って。・・・ねぇ、あなたに家令の適正があるとしたらきっと素晴らしいものでありますように。でもそれは普通に生きてたら身を持ち崩す一因にもなるかもしれない。せっかくだわ。幸せになって欲しい」


 幸せになって。
初めて言われた。
両親に、そう望まれた事はあったと思う。
望まれただけだけれど。でも、どうやって。
どうすればいいか、その方法を教えてくれるというのか。
「んん。まあ、幸せの基準は、家令基準ではあるけどね」
孔雀くじゃくがちょっと口籠った。
白鷹はくたかお姉様が仰るには・・・世間の女性がやらなきゃいけない面倒くさい事をなにもしないでいいし、やりたい事は全て与えられる。という事は約束するわ」
まだ若い者に対して何と身勝手で身も蓋もない説明だろうと言った本人も思ったのだろう。
ちょっと反省しているような表情をしたのがおかしかった。
「・・・でもこれにねえ。私はぐっときたものだから・・・」
「ほらお前、適性があったのよ。私の見る目の確かな事!」
白鷹はくたかは得意気に笑った。
金糸雀カナリアが、おお、バカバカしい、と苦笑しながらあかねに笑顔を向けて言った。
「さあ、どうしようね。お前を悪い鳥がそののかそうとしているけれど」
あかねは決然と顔を上げた。


 心は決まった。
孔雀孔雀がその様子を見て楽しそうに白鷹はくたかと囁き合った。
・・・良かったですね、お姉様。
・・・ああ本当。安心したわ。こんな嬉しいことってないね。
「名前はどうするの?白鷹はくたかお姉様」
白鷹はくたかお姉様の年齢トシ的にも最後の妹弟子よ。よっく考えてよね」
また白鷹はくたかに睨まれて、金糸雀カナリアが肩をすくめた。
「・・・のすり
「あら、いいこと。小型の猛禽もうきん類でね、すごく高く舞い上がる鳥よ」
孔雀くじゃくが微笑んだ。
「はいどうぞ、白鷹はくたかお姉様。この筆ペン、すごく書きやすいの」
名前を付けた者が書類を書くらしい。
白鷹はくたかは受け取ると、青の混じった美しい墨で流麗な書面を記した。
こんな達筆で書かれても読めないとあかねは当惑するばかり。
いわゆる契約書よ、と白鷹はくたかが言った。
「署名をしなさい」
金糸雀カナリアがお前は筆よりこっちがいいだろうとペンを渡した。
あかねつたない様子で拇印ぼいんを押して署名をした。
それを受け取ると、孔雀くじゃくは自分の右手の親指の緑色の石の指輪をくるりと回して朱肉につけて署名の上に捺印した。
印鑑になっているらしい。
白鷹はくたかは書類を改めて受け取り、ほっとしたように一読した。
「これでよし。今日がお前の家礼としての誕生日になるよ。・・・どんな時も家令である事を忘れないように。兄弟姉妹が円環状にいる事を忘れないように。最後の一滴まで血と命を燃やして生きなさい。そうすれば、必ず兄弟姉妹はお前に報いるよ」
決まり文句なのだろうか。
白鷹はくたかがそう言うと、孔雀と金糸雀が立ち上がり、また美しい礼をした。
「さあ、あなたは今から私達の可愛い妹。どうぞそのようになりますように」
孔雀くじゃくはそう言うと、あかねの手を取り、抱きしめて頬に軽く口付けた。
茜《あかね》には、ただ不思議な香りとしかわからなかったが、孔雀の好む白檀サンダルウッドと月桂樹とトンカビーンズの香料と、それと彼女自身の不思議な香りに包み込まれた。
こんな風に他人に抱きしめられた事などないし、そんな習慣もない。
孔雀くじゃくは上機嫌でにこにこと笑っていた。
「・・・ああそれとね。家令になったら何が起きたってもう思い悩まなくたっていいのよ。家令は、苦労とか不幸に執着しないで楽しく生きていけばいいんだからね。大変なことも多いのは本当だから、長続きするように嫌にならないようにね」
いい年した女が、なんという楽観的で即物的な生き方だろう、とあかねは笑ってしまった。


 それから、次から次へと、他の家令へと引き合わされた。
兄弟子、姉弟子と紹介される誰もがが容色に優れ、魅力的な人物であったのには驚いた。
美形というか、皆、人目を引くというか、華があるのだ。
しばらくゆっくりすればいいのに、という孔雀くじゃくの提案を、あかね、今やのすりは恐縮して断った。
まだ新しい環境での浅い日々での感想ではあるが、家令というのは誰もがちょっと変わっているようだが、この孔雀くじゃくという姉弟子はどうも他の兄弟姉妹と違う。
マイペースというか、独特な感性というか。
驚いた事に、しかも皇帝が即位していた時代、家令の長であり、皇帝を支える総家令の職にあったらしいのだ。
もっとびっくりしたのは、こっちに来て、と嬉しそうな孔雀くじゃくに連れられて、船の一番上階のフロアに連れて行かれた時。
そこに居たのは、元皇帝という人物と、先ほどまで果樹園の草の上で遊んでいた十歳くらいの同じ顔、背丈をした双子の少女と、やっと幼児という頃合いの男の子。
「・・・翡翠ひすい様、新しい妹弟子です。のすりというの。白鷹はくたかお姉様が一晩寝ないで考えた名前ですよ」
「そりゃあ大変なプレッシャーだね、早速かわいそうに。・・・けど決まっちゃったからには、ようこそ。さあ、楽しんで」
彼はそう優しく言うと、微笑んだ。
子供達がそわそわして見ていた。
「ママ、新しいお姉さん!?」
「すごい、ブラックなのに募集来たの!?」
「・・・募集は来なかったの。スカウトよ」
孔雀くじゃくの子供達のようだ。
「そうよ、あなた達のお姉さんになるんだから」
女家令の子は家令と言っていた。
この子供達もいずれそうなるのかとあかねは複雑な思いで見ていたのに、翡翠ひすいが口を開いた。
「家令はブラックだからね。自家生産するんだよ」
「まあ、翡翠ひすい様まで。だって募集申請してもハローワークからも断られる始末です。それでなくても労基に目をつけられていますしね」
頬を膨らませた孔雀くじゃくを愛しげに翡翠《ひすい》は見ていた。
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