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12通目:ウソとホント
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ピンポーン
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン
けたたましい玄関のチャイムの音で目を覚ます。ぼんやりとした頭で時計を見ると時刻は午後九時になるところだった。……こんな時間に誰だろう。両親は今日帰りが遅いはずだし、だいたい鍵を持っているのでチャイムを鳴らす必要はない。出るのも面倒だし、ここは居留守を使おう。私は再び目を閉じた。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン
……………しつこい。
こんなにチャイムを連打されてはうるさくて眠れやしない。私はぼんやりとする頭のまましぶしぶ起き上がる。覗き穴に目をやると、不機嫌を通り越して怒り顔になっている我が友人の姿があった。
私は慌てて扉を開ける。
「……………」
「由香!? どうし……ぶっ!」
無言で顔面に何かを投げ付けられた。じんじんぶんぶんと痛む鼻を片手でおさえながら床に落ちた物を見ると、それは私の鞄だった。教室に置きっぱなしにしてきたものである。
「それ。アンタの鞄」
痛みを堪えている私に向かって由香が言った。
「このあたしがわざわざ届けに来てやったんだからね。感謝しなさいよ」
「………………」
「返事!!」
「…………はい」
由香に言われるがまま返事をする。確かに届けてくれるなんて思ってなかったし、実際有り難かった。
「……ありがとう」
「さて。突然姿を消した上音信不通になった理由を簡潔に述べよ」
仁王立ちの由香の背後に般若の顔が見える。恐ろしいけれど、今は何も話したくない。
「…………ごめん」
「……そう。まぁ、言いたくないなら別にいいわ。ただひとつだけ確認するけど、体調悪いとか女子に呼び出されて攻撃されたとかそんなんじゃないのよね?」
「……うん」
「ならいいわ。今回は許してあげる」
ふっと息を吐いて由香は後ろを向くと、玄関のドアに手をかける。
「帰るの?」
「うん。そうだ。アンタ明日ちゃんと学校来なさいよ」
こうして釘をさしてくるあたりはさすがだ。私はばつが悪くて視線をそらす。
「それと、彰サマにもちゃんと連絡しなさい」
由香の口から出た彰くんの名前に過剰に反応して、私の体が強張る。
「……何かあったんじゃないかってめちゃくちゃ心配してたから。あんなに取り乱した彰サマは見た事ないわ。半狂乱よ、半狂乱。今だってほんとはここに来るつもりだったんだからね。ここはあたしが行くって言ってなんとかなだめたけど」
「……うん。ありがと」
私の反応がおかしいことに気付いたであろう由香は何か言いたそうに口を開いたが、その口は音を発することなく閉ざされた。
誰もいなくなった室内に私の溜息がこだまする。切っていたスマホの電源を入れると、由香と彰くんからメールと着信履歴がなん十件も入っていた。心配と迷惑をかけてしまったんだな、と罪悪感が募る。
ああ、私は明日どんな顔して彰くんに会えばいいのだろう。考えただけで憂鬱だ。
*
無常にも時計の針は進み、嫌だと思っても必ず明日はやってくる。
昨日、由香が帰った数時間後に、
〝今日は突然帰ってしまってごめんなさい。急用が出来たのですぐに帰りました。充電が切れていたので連絡もつけられませんでした。心配かけて本当にごめんなさい〟
という連絡を彰くんに入れた。由香がフォローしてくれていたようで、彰くんからは渡辺さんから少し聞いたけどすごく心配した、とか無事で良かったという内容のメッセージが届き、特に突っ込まれるような事はなかった。内心とてもほっとした。
……心配、か。
正直、私という好きでもない女の子にこれ以上優しくするのはやめてほしい。そりゃあ勝手に好きになったのは私だから文句を言うのは筋違いかもしれないけれど。でも勘違いするような行動をとる彰くんも彰くんだ。他に好きな人がいるなら、こんな回りくどいことしないで本人に気持ちを伝えればいいのに。半ば八つ当たりのような事を考えているうちに、あっという間に教室の前まで来てしまった。
心の準備はまだ出来ていない。
「おはよ」
背後から彰くんの声がする。まったくもう……こんな時に限って……。
「お、おはよう」
緊張からかいつもより声のトーンが高くなる。彰くんは普段とまったく変わらない態度でにこやかに話し掛けてきた。
「渡辺さんから聞いたよ。昨日お母さんから連絡来て病院に行ってたんだって?」
「えっ?」
「あれ? なんか怪我して病院に運ばれたって聞いたんだけど……」
「あ……ああ、うん。うん、そうなの。でもたいしたことないから大丈夫だよ」
由香がついたであろう嘘に適当に合わせていると、彰くんの黒い瞳がじっと私を捉えた。
「本当に大丈夫?」
「……うん」
「なんか元気ないみたいだからさ」
「……そんなことないよ」
そう言って笑ってみるけれど、表情筋はうまく動いてくれないらしい。彰くんの顔も曇った。
「…………やっぱり俺のせい?」
その問いに、私は答えられなかった。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン
けたたましい玄関のチャイムの音で目を覚ます。ぼんやりとした頭で時計を見ると時刻は午後九時になるところだった。……こんな時間に誰だろう。両親は今日帰りが遅いはずだし、だいたい鍵を持っているのでチャイムを鳴らす必要はない。出るのも面倒だし、ここは居留守を使おう。私は再び目を閉じた。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン
……………しつこい。
こんなにチャイムを連打されてはうるさくて眠れやしない。私はぼんやりとする頭のまましぶしぶ起き上がる。覗き穴に目をやると、不機嫌を通り越して怒り顔になっている我が友人の姿があった。
私は慌てて扉を開ける。
「……………」
「由香!? どうし……ぶっ!」
無言で顔面に何かを投げ付けられた。じんじんぶんぶんと痛む鼻を片手でおさえながら床に落ちた物を見ると、それは私の鞄だった。教室に置きっぱなしにしてきたものである。
「それ。アンタの鞄」
痛みを堪えている私に向かって由香が言った。
「このあたしがわざわざ届けに来てやったんだからね。感謝しなさいよ」
「………………」
「返事!!」
「…………はい」
由香に言われるがまま返事をする。確かに届けてくれるなんて思ってなかったし、実際有り難かった。
「……ありがとう」
「さて。突然姿を消した上音信不通になった理由を簡潔に述べよ」
仁王立ちの由香の背後に般若の顔が見える。恐ろしいけれど、今は何も話したくない。
「…………ごめん」
「……そう。まぁ、言いたくないなら別にいいわ。ただひとつだけ確認するけど、体調悪いとか女子に呼び出されて攻撃されたとかそんなんじゃないのよね?」
「……うん」
「ならいいわ。今回は許してあげる」
ふっと息を吐いて由香は後ろを向くと、玄関のドアに手をかける。
「帰るの?」
「うん。そうだ。アンタ明日ちゃんと学校来なさいよ」
こうして釘をさしてくるあたりはさすがだ。私はばつが悪くて視線をそらす。
「それと、彰サマにもちゃんと連絡しなさい」
由香の口から出た彰くんの名前に過剰に反応して、私の体が強張る。
「……何かあったんじゃないかってめちゃくちゃ心配してたから。あんなに取り乱した彰サマは見た事ないわ。半狂乱よ、半狂乱。今だってほんとはここに来るつもりだったんだからね。ここはあたしが行くって言ってなんとかなだめたけど」
「……うん。ありがと」
私の反応がおかしいことに気付いたであろう由香は何か言いたそうに口を開いたが、その口は音を発することなく閉ざされた。
誰もいなくなった室内に私の溜息がこだまする。切っていたスマホの電源を入れると、由香と彰くんからメールと着信履歴がなん十件も入っていた。心配と迷惑をかけてしまったんだな、と罪悪感が募る。
ああ、私は明日どんな顔して彰くんに会えばいいのだろう。考えただけで憂鬱だ。
*
無常にも時計の針は進み、嫌だと思っても必ず明日はやってくる。
昨日、由香が帰った数時間後に、
〝今日は突然帰ってしまってごめんなさい。急用が出来たのですぐに帰りました。充電が切れていたので連絡もつけられませんでした。心配かけて本当にごめんなさい〟
という連絡を彰くんに入れた。由香がフォローしてくれていたようで、彰くんからは渡辺さんから少し聞いたけどすごく心配した、とか無事で良かったという内容のメッセージが届き、特に突っ込まれるような事はなかった。内心とてもほっとした。
……心配、か。
正直、私という好きでもない女の子にこれ以上優しくするのはやめてほしい。そりゃあ勝手に好きになったのは私だから文句を言うのは筋違いかもしれないけれど。でも勘違いするような行動をとる彰くんも彰くんだ。他に好きな人がいるなら、こんな回りくどいことしないで本人に気持ちを伝えればいいのに。半ば八つ当たりのような事を考えているうちに、あっという間に教室の前まで来てしまった。
心の準備はまだ出来ていない。
「おはよ」
背後から彰くんの声がする。まったくもう……こんな時に限って……。
「お、おはよう」
緊張からかいつもより声のトーンが高くなる。彰くんは普段とまったく変わらない態度でにこやかに話し掛けてきた。
「渡辺さんから聞いたよ。昨日お母さんから連絡来て病院に行ってたんだって?」
「えっ?」
「あれ? なんか怪我して病院に運ばれたって聞いたんだけど……」
「あ……ああ、うん。うん、そうなの。でもたいしたことないから大丈夫だよ」
由香がついたであろう嘘に適当に合わせていると、彰くんの黒い瞳がじっと私を捉えた。
「本当に大丈夫?」
「……うん」
「なんか元気ないみたいだからさ」
「……そんなことないよ」
そう言って笑ってみるけれど、表情筋はうまく動いてくれないらしい。彰くんの顔も曇った。
「…………やっぱり俺のせい?」
その問いに、私は答えられなかった。
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