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6通目:夏休みと約束
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地球温暖化の影響をもろに受けている日本国内は連日の猛暑日で茹だるような暑さだ。いや、茹だるなんて生やさしいものじゃない。焼け焦げるように熱い。バーベキューで熱々の鉄板に並べられた肉や野菜の気分を疑似体験しているような気分だ。いや、本当に。
そんな中、私はクーラーの効いた室内で文庫本片手にチョコレートをつまむ。ああ、快適だ。
サラリーマンのおじ様達が汗水垂らして仕事をしている最中、天国行きの切符を手に入れた私達学生は、宿題なんてものは最終日まで忘れて青春を謳歌する事に全力を尽くしていた。夏休み、所謂サマーバケーションである。なんて良い響きだろう。最高だ。
そして、私がこうして快適な夏休みを過ごせているのはご存じの通り全て彰くんのお陰である。もう彼の家の方角に足を向けては寝られない。あ、家知らないけど。
そんな幸せの空間に、滅多に鳴らないスマートフォンの着信音が響き渡った。画面には〝本屋〟の二文字。私は慌てて通話の表示をタップした。
「もしもし」
「あ、栞里ちゃん? あたしあたし!」
「……詐欺ならお断りですけど」
「あははっ、冗談じゃんかマジウケる!」
典型的なオレオレ詐欺の台詞を堂々と言うこの声は、もちろん知ってる人物のものだ。
「改めましてー。竹本書房の高田ですけどぉ~!」
「知ってます」
私のお気に入りの本屋である竹本書房のアルバイト店員、高田さんの声である。彼女から電話が来る時は新刊や予約本の入荷お知らせが主なので、私は電光石火のスピードで電話に出るようにしている。
「相変わらずつれないなぁ栞里ちゃんは。ツンデレ? クーデレ?」
「ご用件は」
突っ込むのもめんどくさいので先を促す。まぁ、このくらいでへこたれるような性格ではないのは百も承知だ。
「今回は新刊の話じゃないんだけどさぁ、栞里ちゃん、ちょっと前に黒渕環の本買ったじゃん?」
「ああ、クロの楽園?」
「そうそうそれ~」
クロの楽園は彰くんと一緒に行った時に買った本だ。とっくに読み終わって本棚のお気に入りコーナーにしまってあるけれど、それがどうかしたのだろうか。
「その本のサイン本が入ったんだけど、もしかしたら栞里ちゃん興味あるかなーと思って」
相手に姿は見えていないというのに、私は前のめりになって半ば叫ぶように言った。
「おいくらですか!」
「値段は一緒。ただ同じ本だし二冊買うのはどうなのかなーって思って迷ったんだけど、栞里ちゃんファンって言ってたし一応耳に入れておこうかと」
「ありがとうございます保存用と鑑賞用にするので大丈夫ですというか今から取りに行っていいですかいいですよね行きますね!」
私はノンブレスでそう告げると「お取り置きしておくから落ち着いてよ栞里ちゃん」という高田さんの声を無視するように電話を切った。
幸い、今は夕方だ。熱々の太陽も夜に向けて休む準備をしている頃だろう。うん、行ける行ける。超行ける。私は部屋着のまま玄関に置いてあったサンダルを履いて外に出た。
本を買う時、通販には頼らない。いくらめんどくさくても欲しい本は本屋に足を運んで買うのが私のポリシー。店員さんと仲良くなれば、こうして情報を教えてくれたりするし。
なるべく日陰を通りながら、私の足はどんどん先へ進んで行った。
「高田さん!」
「うわっ、栞里ちゃん来んの早ぁっ! ちゃんとお取り置きしておくからって言ったのに。熱中症とか大丈夫?」
「だ、大丈夫です。それより本……黒渕環のサイン本を……」
「はいはい待ってて。今取ってくるから」
息も絶え絶えに話す私を苦笑い混じりに見ながら、高田さんは奥へと消えた。
狭い店内は十分に空調が効いていて、実に快適な温度だった。熱を帯びた体がひんやりと冷やされていく。
地球温暖化の影響をもろに受けている日本国内は連日の猛暑日で茹だるような暑さだ。いや、茹だるなんて生やさしいものじゃない。焼け焦げるように熱い。バーベキューで熱々の鉄板に並べられた肉や野菜の気分を疑似体験しているような気分だ。いや、本当に。
そんな中、私はクーラーの効いた室内で文庫本片手にチョコレートをつまむ。ああ、快適だ。
サラリーマンのおじ様達が汗水垂らして仕事をしている最中、天国行きの切符を手に入れた私達学生は、宿題なんてものは最終日まで忘れて青春を謳歌する事に全力を尽くしていた。夏休み、所謂サマーバケーションである。なんて良い響きだろう。最高だ。
そして、私がこうして快適な夏休みを過ごせているのはご存じの通り全て彰くんのお陰である。もう彼の家の方角に足を向けては寝られない。あ、家知らないけど。
そんな幸せの空間に、滅多に鳴らないスマートフォンの着信音が響き渡った。画面には〝本屋〟の二文字。私は慌てて通話の表示をタップした。
「もしもし」
「あ、栞里ちゃん? あたしあたし!」
「……詐欺ならお断りですけど」
「あははっ、冗談じゃんかマジウケる!」
典型的なオレオレ詐欺の台詞を堂々と言うこの声は、もちろん知ってる人物のものだ。
「改めましてー。竹本書房の高田ですけどぉ~!」
「知ってます」
私のお気に入りの本屋である竹本書房のアルバイト店員、高田さんの声である。彼女から電話が来る時は新刊や予約本の入荷お知らせが主なので、私は電光石火のスピードで電話に出るようにしている。
「相変わらずつれないなぁ栞里ちゃんは。ツンデレ? クーデレ?」
「ご用件は」
突っ込むのもめんどくさいので先を促す。まぁ、このくらいでへこたれるような性格ではないのは百も承知だ。
「今回は新刊の話じゃないんだけどさぁ、栞里ちゃん、ちょっと前に黒渕環の本買ったじゃん?」
「ああ、クロの楽園?」
「そうそうそれ~」
クロの楽園は彰くんと一緒に行った時に買った本だ。とっくに読み終わって本棚のお気に入りコーナーにしまってあるけれど、それがどうかしたのだろうか。
「その本のサイン本が入ったんだけど、もしかしたら栞里ちゃん興味あるかなーと思って」
相手に姿は見えていないというのに、私は前のめりになって半ば叫ぶように言った。
「おいくらですか!」
「値段は一緒。ただ同じ本だし二冊買うのはどうなのかなーって思って迷ったんだけど、栞里ちゃんファンって言ってたし一応耳に入れておこうかと」
「ありがとうございます保存用と鑑賞用にするので大丈夫ですというか今から取りに行っていいですかいいですよね行きますね!」
私はノンブレスでそう告げると「お取り置きしておくから落ち着いてよ栞里ちゃん」という高田さんの声を無視するように電話を切った。
幸い、今は夕方だ。熱々の太陽も夜に向けて休む準備をしている頃だろう。うん、行ける行ける。超行ける。私は部屋着のまま玄関に置いてあったサンダルを履いて外に出た。
本を買う時、通販には頼らない。いくらめんどくさくても欲しい本は本屋に足を運んで買うのが私のポリシー。店員さんと仲良くなれば、こうして情報を教えてくれたりするし。
なるべく日陰を通りながら、私の足はどんどん先へ進んで行った。
「高田さん!」
「うわっ、栞里ちゃん来んの早ぁっ! ちゃんとお取り置きしておくからって言ったのに。熱中症とか大丈夫?」
「だ、大丈夫です。それより本……黒渕環のサイン本を……」
「はいはい待ってて。今取ってくるから」
息も絶え絶えに話す私を苦笑い混じりに見ながら、高田さんは奥へと消えた。
狭い店内は十分に空調が効いていて、実に快適な温度だった。熱を帯びた体がひんやりと冷やされていく。
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