16 / 65
4通目:名字と名前
2
しおりを挟む
*
平岡くんはやはり不機嫌だった。
学校から現在信号待ちをしている横断歩道まで、私達の間に会話らしい会話は一言もない。ただひたすらに足を前後に動かしてなんとかここまでやって来た、という感じだ 。
どうやら普段温厚な人ほど怒ると怖いという話は事実らしい。
「ねぇ」
突如右上から降ってきた平岡くんの一言にびくりと肩が跳ねた。し、心臓に悪い。
「塚本となんかあったの?」
「いや……別に何もないけど」
「質問を変えるね。塚本となにがあったの?」
「いや……あの……」
なんでも見透かしてしまいそうな黒い瞳に射抜かれ、私はあっさりと白旗を掲げた。この人に隠し事は出来ないな、と痛感した瞬間でもある。
「実は、ね……」
由香に説明した時と同じように、平岡くんにも一連の流れを話した。
暫しの沈黙のあと、平岡くんは深い溜め息を吐き出す。
「……それ、何で俺に言わなかったの?」
由香と同じ台詞が返ってくる。
信号はとっくに青に変わっていたが、私たちは立ち止まったままだった。
「……事を大きくしたくなかったの。誰かに言ったってどうにもならないし。それに私平岡くんの本当の彼女じゃないし。言っても迷惑になるだけだから」
平岡くんの眉間に刻まれた皺がぐんぐんと深くなる。
「隠し事は無しだって言ったよね?」
「…………ごめん」
平岡くんはもう一度溜息をつく。
「成瀬さんのこと迷惑なんて思うわけないじゃん。迷惑かけてんの俺だし、むしろ謝るのは俺の方だよ」
平岡くんは声のトーンを下げてぽつりと言った。
「……ごめん。怒ってるわけじゃないんだ。ただ……自分が情けなくてさ。俺の我儘でこんなことになってるのになんで気付いてやれなかったんだろうとか、出来るなら塚本じゃなくて俺が助けてやりたかったなとか、今すっげー色々考えてる」
平岡くんは自分を責めているようだった。私は慌てて口を開く。
「別に平岡くんのせいじゃないよ。あれは私が相手の神経逆撫でするような事言っちゃったから……だから相手の子が怒っちゃったわけだし。その点については反省してる。それに結果的には何もなかったんだから、平岡くんが気にする必要はないよ」
平岡くんはまだ納得いかない様子だったが、私が必死に説得を続けるとようやく折れてくれた。
「これからは何かあったら絶対俺に言って」
「……わかった」
「ん。約束な?」
平岡くんは笑って私の頭に右手を乗せた。今日初めて見た平岡くんの笑顔に、ほっと胸をなで下ろす。
平岡くんはやはり不機嫌だった。
学校から現在信号待ちをしている横断歩道まで、私達の間に会話らしい会話は一言もない。ただひたすらに足を前後に動かしてなんとかここまでやって来た、という感じだ 。
どうやら普段温厚な人ほど怒ると怖いという話は事実らしい。
「ねぇ」
突如右上から降ってきた平岡くんの一言にびくりと肩が跳ねた。し、心臓に悪い。
「塚本となんかあったの?」
「いや……別に何もないけど」
「質問を変えるね。塚本となにがあったの?」
「いや……あの……」
なんでも見透かしてしまいそうな黒い瞳に射抜かれ、私はあっさりと白旗を掲げた。この人に隠し事は出来ないな、と痛感した瞬間でもある。
「実は、ね……」
由香に説明した時と同じように、平岡くんにも一連の流れを話した。
暫しの沈黙のあと、平岡くんは深い溜め息を吐き出す。
「……それ、何で俺に言わなかったの?」
由香と同じ台詞が返ってくる。
信号はとっくに青に変わっていたが、私たちは立ち止まったままだった。
「……事を大きくしたくなかったの。誰かに言ったってどうにもならないし。それに私平岡くんの本当の彼女じゃないし。言っても迷惑になるだけだから」
平岡くんの眉間に刻まれた皺がぐんぐんと深くなる。
「隠し事は無しだって言ったよね?」
「…………ごめん」
平岡くんはもう一度溜息をつく。
「成瀬さんのこと迷惑なんて思うわけないじゃん。迷惑かけてんの俺だし、むしろ謝るのは俺の方だよ」
平岡くんは声のトーンを下げてぽつりと言った。
「……ごめん。怒ってるわけじゃないんだ。ただ……自分が情けなくてさ。俺の我儘でこんなことになってるのになんで気付いてやれなかったんだろうとか、出来るなら塚本じゃなくて俺が助けてやりたかったなとか、今すっげー色々考えてる」
平岡くんは自分を責めているようだった。私は慌てて口を開く。
「別に平岡くんのせいじゃないよ。あれは私が相手の神経逆撫でするような事言っちゃったから……だから相手の子が怒っちゃったわけだし。その点については反省してる。それに結果的には何もなかったんだから、平岡くんが気にする必要はないよ」
平岡くんはまだ納得いかない様子だったが、私が必死に説得を続けるとようやく折れてくれた。
「これからは何かあったら絶対俺に言って」
「……わかった」
「ん。約束な?」
平岡くんは笑って私の頭に右手を乗せた。今日初めて見た平岡くんの笑顔に、ほっと胸をなで下ろす。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる