その答えは恋文で

百川凛

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1通目:平岡くんと私

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 翌日。登校した私を待ち受けていたのは、全校生徒からの好奇心に満ちた視線の数々だった。

 皆、私を見てはこそこそと小さな声で何かを話しているので不愉快極まりない。一部の女子生徒からは鋭く尖った刃のような、殺傷能力の高いショットガンのような、敵意剥き出しの悪意ある眼差しを向けられているし。

 ……私、何かしたっけ。

 首を捻って思考を巡らせてみるものの、心当たりは特にない。

 だが、その状況は自分の教室に入っても変わらなかった。むしろ空間が狭い分、こっちの方が風当たりが強い。何なんだ、これは。何かあるならハッキリ言えばいいのに。私は見せ物パンダじゃないっつーの。動物園の動物たちっていつもこんな気持ちなのだろうか。ストレス溜まるだろうなぁ。朝から不快指数がマックスである。


「おはよ」


 この異様な空気をサラリと破いたのは、登校してきたらしい隣人の一声だった。

 クラスメイト達は一斉に声の主へと視線を向ける。普段のだらだらした様子とは大違いの、統率の取れた実に見事な集団行動だった。今の動きを体育教師が見たら「お前らやれば出来るじゃないか!」なんて言って大喜びするだろう。

 彼もいつもと違う雰囲気に気付いたのか、不思議そうに首を傾げている。

 私は気分を落ち着かせるため鞄から文庫本を取り出した。

「おはよ、成瀬さん」

 何の気紛れか、隣人こと平岡くんは私にまで挨拶をしてきた。昨日の今日でよく話しかけてこれるなこの人、と内心で呆れつつ、なんとなく無視するのも悪いので、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの小さな声で「…………おはよ」と呟く。

 平岡くんは満足そうに笑うと、私の頭にポンと手を置いて席に着いた。

 その瞬間、室内が一気にどよめいた。

 これは今までの比ではない。なんで今この人私の頭触ったんだろう、なんて考える暇もなく、あちこちから「やっぱり本当だったんだ!」とか「これは一大事だ!」とか言う叫び声が聞こえてくる。

 私と平岡くんを除いて、周囲は異様なほどの盛り上がりを見せていた。

「平岡っ!!」

 大きな声と同時に、教室のドアがバーン!! と勢い良く開く。その衝撃で教室は一瞬で静寂を取り戻した。走ってきたのか、ハァハァと肩で息をするのは一人の女子生徒だった。静寂の中、彼女はずんずんと大股で室内に入ってくる。

 高い位置で結ばれたポニーテールを左右に激しく揺らしながら、彼女は平岡くんの机の前でピタリとその足を止めた。

神田かんだじゃん、おはよ。俺に何か用事?」

 平岡くんはにこにこと余裕の笑みを浮かべているが、〝神田〟と呼ばれた女子生徒の顔は酷く不満げなものだった。口を真横に固く結び、眉間に皺を寄せたしかめっ面のまま微動だにしない。クラスの皆も固唾を呑んでその様子を見守っている。

 ……なんだろう。何が起こっているのかさっぱりわからない。私だけ違う次元に居る気がするんですけど。

 彼女は覚悟を決めたようにきっと釣り上がった目を平岡くんに向けると、真横に結ばれた口をゆるゆると開いた。

「…………平岡」
「ん?」
「聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ。なに?」
「……成瀬さんと付き合ってるって、本当?」


 ぼとり。


 私の手から文庫本が滑り落ちた。……なに今の。幻聴? 私の耳はおかしくなってしまったのだろうか。彼女の口からとんでもない言葉が聞こえてきた気がする。


 〝成瀬さんと付き合ってるって本当?〟


 いやいやいやいや。ちょっと待ってよなんの冗談? 開いた口が塞がらないとはまさにこの事である。予想外の出来事に動揺を隠しきれない。成瀬って私じゃないよね? いやでも学年に成瀬は私しかいないし……ってことは私? 私のこと? でも、そしたらなんで? なんで私が平岡くんと付き合わなくちゃならないの?

 ……まさか。昨日の放課後のことが原因なの? いや、でもあれは平岡くんなりのはらわたが煮えくりかえるほどタチの悪い冗談であって本気の話じゃない。それに、冗談だろうがなんだろうが私はキッパリと断ったはずだ。あの場にいたのも私達だけだったし……一体誰がこんな根も葉もない噂話を流したのだろう。

 泣きボクロが随分とセクシーな垂れ目とばちりと視線が重なる。その瞬間、平岡くんはろくでもない悪戯を思い付いた悪餓鬼のように口の端を上げて笑顔を作った。……嫌な予感しかしない。


「うん、そうだよ。俺と成瀬さん、付き合ってる」


 予感的中。彼は破壊力抜群のとんでもない爆弾をこの場に投下した。
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