紫神社の送還屋

百川凛

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1.恋心は天邪鬼

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「その時建てられた神社がこの紫月神社。うちの御神体はあの水晶玉でね、紫月様ご自身でもあるんだ。一応総本宮だからここに祀ってるんだけど、紫月様は今でも悪い妖怪からこの世界を守ってくださっているんだよ」

 棗さんは一際高い戸棚に飾ってある、薄紫色の大きな水晶玉を見ながら言った。

「そういうわけで、うちの神社は古来から〝送還師〟という名の職を担っているんだ。送還師は掟を破った妖怪を取り締まるいわば入国管理局のようなものでね。簡単に言えば、現世に入ってきた妖怪を元の世界に還す仕事なの。あ、許可さえ取れば妖怪が現世で暮らすことも出来るんだよ? 境界がなかった時代、こっちの世界の山や川に住んでいた妖怪がいたからね。どう? 少しは僕らのこと分かったかな?」

 私は普段使わない頭をフル回転させながら答える。

「えっと、つまり棗さんと周くんは送還師で、こっちの世界に入って私たちに悪さをする妖怪を元の世界に戻す仕事をしてる……と?」
「うん、はなまる大正解。飲み込みが早いね紫ちゃん」

 そんな良い笑顔で言われても……にわかには信じられない話だ。……でも、実際私は天邪鬼という妖怪に取り憑かれてたわけで。実際周くんがその妖怪を還す所も見ちゃってるわけで。

「それでね紫ちゃん。悪いんだけど、この話は口外しないでほしいんだ。僕たちがやっている事はあまり知られてはいけない事だからね」
「もちろん誰にも言いませんけど……そんな大事な話をどうして私にしてくれたんですか?」
「それは君が周の彼女だか「違う」

 横からクレー射撃のようなスピードで否定の言葉が飛んでくる。今までずっと黙ってたのにこんな時だけ反応が早い。どれだけ彼女だと思われたくないんだろうか。いくらなんでも失礼だよ、周くん。

「っていうのはまぁ半分冗談で。紫ちゃん、君、憑かれやすいみたいだね」
「え?」
「引き寄せ体質っていうのかな。妖怪たちにモッテモテで、トラブルにも巻き込まれやすいみたい」
「えー……」

 私の眉間にシワが寄る。だってこんなに嬉しくないモテ期ってある? しかもトラブルって。どうせならイケメンを引き寄せてイケメンとトラブルしたいんだけど。トラブルってかToLOVEる的な? いや、過激なことは出来ないけど。

「ちなみに、今までもこんな体験したことあった?」
「いえ。なかったと思います」
「……なるほど。うん、今まではこのお守りが紫ちゃんを守ってくれてたんだね。紫月様のお力はよく効くから」

 棗さんは私の鞄に付いたお守りを指差す。

「紫水晶が随分と汚れていただろう? あれは紫月様が守って下さっていた証拠だよ。うちのお守りは妖から身を守るのに特化してるから。あの汚れ具合だと結構な数の妖怪が寄って来てたみたいだね」
「……そうだったんですか」

 そんな事、全然知らなかった。もしかしてお母さんは知っていたのかな。だからこのお守りを渡してくれたの? だとしたら、私は知らず知らずのうちに守られていたらしい。胸がじんわりと温かくなった。

「効力が切れかけていたから天邪鬼が近付いて来たんだろうね。でも大丈夫。新しいお守りを持てば、」
「ま、待ってください!」

 私は慌ててストップをかける。せっかくの厚意を無下にするみたいで心苦しいけど、私は自分の気持ちを言うことにした。

「あの、お気持ちはとてもありがたいんですけど……このお守りは亡くなった母が私にくれた大事なものなんです。だからその、新しいのはちょっと……すみません!」

 そう言って頭を下げる。

「そっか……僕の方こそ配慮が足りなくてごめんね。そういうことなら新しいのはやめて、そのお守りにもう一度お力を注いで頂こう」
「い、いいんですか?」
「もちろん。ただ、それだと少し時間がかかっちゃうんだ。だから新しいのを渡した方がいいかと思ったんだけど……ごめんね」
「謝らないでください! 私のワガママなんですから!」
「そんなことないよ。お母さん想いの、優しい子だ」

 棗さんは目を細めてふんわりと笑った。

「ええと満月は……明日か。浄化もしなくちゃいけないからそうだな……明後日の夕方って時間ある?」
「はい!」
「じゃあ明後日の夕方取りにおいで。それまではこれを持ってるといい。これも君を守ってくれるから」
「ありがとうございます。無理を言ってすみません」

 棗さんに渡されたのは、紫色の花鈴が付いたお守りだった。動かすとリンと澄んだ音が小さく響く。

「さぁ、逢魔時おうまがときになる前にお帰り。親御さんも心配するだろうからね」







 ぺこりと頭を下げて立ち去る背中を見送ると、周は隣に向かって不機嫌そうに呟いた。

「なんでアイツに話したんだよ。……のに」

 その言葉に、棗は今まで浮かべていた柔らかな笑みを消して言った。

「いつまでも忘れたふりが出来るほどこの世界は甘くないからね。それに、お守りの効果が切れたらまたいつ妖怪に狙われるかわからない。その時、彼女が一人だったらどうする?」
「…………」
「いつも僕達が傍に居るとは限らないんだ。何も知らないより少しでも知っていた方がいざという時対処しやすい。彼女だってもう子供じゃないからね」
「それは……そうだけど」

 納得いかない周に、棗は諭すように話す。

「いいかい周。僕たちの術は記憶を完全に消せるわけじゃない。あくまで忘れさせるだけ。一時的なものだ。……あったことをなかったことになんて出来ないんだから」
「そんなこと、分かってる」

 周は悔しそうに俯く。棗はさっきまでの笑顔を顔に戻すとパンと一つ手を叩いた。

「さぁさ。御祈祷の準備だ。周も着替えておいで」

 周はぎゅっと強く拳を握ると、着替えるために部屋に向かって歩き出した。
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