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0022.混戦
しおりを挟むもう夕闇が訪れ始めていた。前方から近づいてきていた黒く巨大な狼は戦況全体が見える少し離れた位置で止まった。それは眼前の人間を捕らえるものではなくブレイズ王国そのものを捕らえるかのごとく大局を見ているようである。
「その様子だとあの化け物と知り合いってわけじゃなさそうだな」
「あんな知り合いがいてたまるかよ。非常食と見られるのが関の山だ」
だよなぁ……。
ちょっと死を覚悟しないといけないかもしれない。
いよいよ魔物が本腰を入れて攻めにきたのだろうか。しかし、なんでまたよりにもよってこのタイミングなんだ。たまたま滞在した時に重なるなんて不運にもほどがある。
黒狼の登場により狼たちの士気が戻ってきたようだ。保っていた均衡が崩れつつある。
このままだと圧される。兵士やギルドにも悲壮感が漂い始めていた。戦闘は終わりが見えず先には黒狼まで控えている。
そのとき後方から地響きが聞こえた。そしてそれはやがて兵士からの歓声へと変わった。振り向くと赤い鎧を身に纏った騎馬隊が近づいてきた。先頭で率いているのはミラ、そして隣にはフィーナが見えた。
絶妙なタイミングだな。これが持っている、ということだろうか。
周囲は凄まじい歓声だ。圧されつつあった中での増援であり、王女自ら出陣となれば兵士の士気も上がらざるを得ない。しかしそれだけでなくミラの人望もあるのだろう。鳴り止むどころかさらに歓声が大きくなる。
ミラは片手を上げるとよく通る声を放った。
「すぐに散開して兵士やギルドを援護しなさいっ!負傷者の救護も忘れないでっ!」
「「イエス・ユア・ハイネス!」」
ミラの指示が響くと騎馬隊は揃ってそれに応答し、すぐに散開を始めた。
ミラはその様子を最後まで見届けるとフィーナとともにこちらに歩み寄ってくる。
「おっ、おい!? ミラ王女がこっちにくるぞっ!?」
隣にいたリッカが少し挙動不審になりはじめた。
「そうだな。実は今朝までは一緒に居たんだ」
リッカは一瞬目を見開いた。
「ほ、本当に知り合いなのか? いったいどういう関係だ?」
「そうだな……ちょっと1200ゼムほど借りている関係だ」
「それって……!」
そこまで会話したところでミラとフィーナが話せる位置まで近づき馬から降りた。
「すごい人気だな」
「ありがとう」
「そちらのお嬢さんは?」
「ああ、成り行きで世話になることになったんだ。名前はリッカ」
恐縮しているのか直立不動なリッカを紹介する。
「ふぅーん。手が早いのね。でもまだちょっと幼すぎないかしら……発育は悪くないようだけど」
やけに私情がこもってないだろうか。特に最後の。
「まっ、冗談はいいとして。あんな化け物、聞いてないわよ」
ミラは遠く前方の黒狼を指差す。
「俺に言われても困る。見たことがないのか?」
「初めてよ。奴らのボスと見て間違いなさそうね」
明らかに異なる体格と風格は王者としての格を感じさせるのに十分だ。
「増援のおかげで流れはこちらだな」
戦場を見ると今度は息を吹き返した兵士達が次々と狼を退けていた。
しかし、いい流れは長く続かなかった。
ーーウワォーーーーン!!
状況を見ていた黒狼が突然、天に向かって遠吠えした。
するとすぐに状況に変化が訪れた。
「なっ!」
黒狼より遥か後方の森からたくさんの狼が黒い塊となって猛スピードで駆けてくるのが見えた。
「敵にも増援か!?」
「な、なんて数っ!」
リッカも声を上げる。
ミラは唇を噛み締めたが行動は早かった。
「私も出るわっ! こうなったら……貴方の能力あてにさせてもらうわよっ!」
そういうとミラは矢に炎を纏わせ、戦場のちょうど中央付近にいる狼を目掛けて放った。
鋭く射られた矢は狙い通り狼へと吸い込まれそのまま横たえた。
反撃の狼煙があがったようだった。
一瞬、遠吠えに気を取られた兵士たちだったが燃える矢を見た兵士たちはミラの参戦に再び歓声を上げはじめた。
「行くわよ、フィーナ」
「かしこまりました」
「じゃあヤマト。後でね」
そう言うとミラとフィーナは騎乗して戦場へと向かった。
「俺も行く。リッカはどうする?」
「……もちろん、私もだ!」
「余計な混乱を招きかねない。調和の力の効果についてはしばらくおいておこう」
リッカはコクリと頷いた。
そこからは混戦だった。もともと兵士たちが闘っていた狼達は数を減らしたが、第二陣の狼達が戦場に加わると激しい戦いになった。俺が狼の注意を引きリッカがトドメを刺す。というのが必勝パターンだった。戦闘が長引く可能性を考えて能力の使用はできるだけ控えるつもりだったが期せずじてそうなった。素質があったのか、慣れてきたのか戦闘を重ねるにつれ次第に狼の攻撃がゆっくりに見えてきたのだ。どうやら自分の目は悪くないようだ。ただし攻撃の手札は乏しくひたすら狼の攻撃を凌ぐばかりだった。
「くそっ、キリがないな」
囲まれないように注意しながら十匹ほど仕留めた。少し遠くで闘っているミラとフィーナも次々と狼を仕留めているが、まだ全体としては狼の数が減ったように思えない。リッカにも疲れが見え始めていた。まだ成熟していない身体に命に関わる緊張感を考えれば当然だろう。一度休みをいれたいところだが。あまり余裕はない。
「くっ!」
「ヤマトっ!」
考えごとに気を取られて狼の一振りを受けてしまう。腕から少し出血したが、すぐに態勢を立て直す。
そのまま狼の動きを抑えるとリッカが弓で狼を捉えた。狼が動かなくなったことを確認するとリッカが近寄ってきた。
「おい、大丈夫か」
「ああ、かすっただけだ」
それにしてもこのままだとまずい。消耗戦だ。
周囲も暗くなってきたし闇の中では狼のほうが有利と考えるべきだろう。
何か、何か策は……。
ーーォーーーーン!!
そのとき、遥か遠くから遠吠えが聞こえたかと思うと、次いで地響きが聴こえ出した。
「今度は何だっ!? また敵の増援か!?」
さらに数が増えるとさすがにもう手に負えないかも知れない。しかしさっきの遠吠えは黒狼ではなかった。
それらは、森の別の場所から現れた。
「……いっ! 白い! 白い狼だっ!」
敵か? 味方か?
予想だにしなかった状況に反応は様々だったが、次第に安堵に変わることになった。
白い狼達は戦場に割って入ると魔物化した狼たちを集中して攻撃し始めたのだった。兵士たちはゆっくりとその場から退きはじめ、戦場は狼対狼へと様変わりした。
遂に黒狼が腰を上げた。また一度大きく遠吠えすると、ゆっくりと森へと歩いていった。それに続くように魔物化した狼達もすぐに戦場を離脱し始めた。
どうやらこの場は助かったようだ。
戦場に残る白い狼を眺めながら一息つくのだった。
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