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婚約破棄のその後で

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   そこからの僕達の行動は早かった。

 僕は王都の屋敷に戻り、その日のうちに父と母には報告した。

「お前もようやく目を覚ましたか! ずっと女のような話し方をしているし、条件のいい見合い話も全て断るし、てっきりお前は女を愛せない男なのかと思って、気を揉んでいたんだぞっ」

 普段は僕と同じ銀の髪に、僕より深い青色の瞳で、冷静沈着クールで通っているはずの父が、目に涙を浮かべ、僕の肩をバシバシ叩いてくる。

「私も、一生孫の姿を見ることができないと思っていましたわ。このままでは、グレイズ侯爵家の断絶危機、貴方の姉のテレーズの子から養子を貰わねばと、父上と本当に心配していたのですよ。それにマリアンヌの娘なら、私も安心だわ」

 母はそう言って、僕と同じサファイア色の瞳から涙をハラハラと流し、ハンカチで目を拭っていた。マリアンヌというのは、母の親友でもあるベルローズの母のことである。
 余談になるが、プラチナブロンドで優美な母エレーヌと真っ赤な髪で気品溢れるベルローズの母マリアンヌの2人は、昔、社交界で百合の花と薔薇の花に例えられ、かなり美人で有名だったらしい。もちろん、今も美しい。

 こうして、息子が男色かもしれないとずっと心配していた両親は大喜びして、僕とベルローズとの結婚を了承してくれた。



 そして翌日には、オルレイン公爵家を訪れ、公爵夫妻に対し、ベルローズと共に、王子からの婚約破棄の事の顛末を報告した。

 公爵の方には、朝には王家からすでに正式に婚約破棄の打診が来ていたようだ。公爵は終始困惑の表情を浮かべていたが、王家からの希望ということで、正式に婚約破棄に向かう流れとなった。

「で、その報告を、なんで君から聞かねばならんのだね」

 ベルロースの父だけに、オルレイン公爵は座っているだけで威圧感があり、なかなか貫禄がある。国の大臣として、重鎮なだけはある。

「実は昨日、ベルローズ嬢に求婚させていただきました。アレクサンドル王子との婚約破棄が正式に成立した折には、ベルローズ嬢との結婚を許可していただけないでしょうか」

 僕は深々と頭を下げる。

「……君は男が好きな男であるという噂を耳にしたが、まさかベルローズが王子に捨てられたからと言って、ベルローズをお飾りの妻に添えようと考えているのではなかろな」

   オルレイン公爵から厳しい視線を送られる。
 
「お、お父様っ!」

   ローズが僕を庇ってくれようとしたが、僕は手でそれを制し、自分の言葉ではっきり自分の気持ちを伝える。

「違います! 僕は昔から、ベルローズ嬢をずっと愛してきました! アレクサンドル王子の婚約者ということで、この想いは秘めておりましたが……」

 僕は真摯な瞳で、公爵を見つめる。
   公爵は黙って、僕の目を見つめ返す。そして、しばしの沈黙の後、おもむろに口を開いた。

「……イヴァンの気持ちは分かった。どうせ、王家から婚約破棄された以上、侯爵嫡男である君以上の結婚話は期待できないだろうからな。ベルローズを幸せにしてやってくれ」

 公爵は渋い顔で頷いた。

「まぁまぁ! 私はうれしいわ。ローズがエレーヌの息子と結婚だなんて! 生まれた時から、アレクサンドル王子の婚約者として決まってしまっていたから諦めていたけど、本当はエレインと自分達の子供を結婚させたかったわねって、よく冗談で話していたのよ!それが現実になるなんて、私は大歓迎よ! それにしても、秘めた愛だなんて、素敵だわ~。きっと社交界でも素敵な美談として、話題になるわ」

 ローズの母は両手を握りしめ、瞳をキラキラ輝かせ、喜んでいる。美談の噂を広める気、満々である。

 ローズの母は、黙っているとローズにソックリであるが、口を開くと全く似ていない。どうやらローズの中身は父親に似たようだ。

「……但し、王家と婚約破棄したばかりで外聞も悪い。この話を進めるのは、社交界の噂が落ち着いてからだ。グレイズ侯爵家とは、しばらく期間を空けた後、正式に婚約を取り交わすこととしよう」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 僕は改めて深々と二人に頭を下げた。
 とりあえずは、全てが順調である。



 ―――そして、あの運命の婚約破棄から一週間後、僕は王宮に呼び出されていた。

 とある王宮の一室。テーブルを挟んで、僕の正面には1組の男女が座っている。

「婚約破棄は上手くいきましたね」

 僕の目の前には、腰まであるフワフワの亜麻色の髪に、くりっとした水色の瞳が愛らしい、一人の少女。

 彼女の名前は、ソフィア。いつもと少し話し方が違うせいか、学園での彼女とは、まるで別人に見える。

「イヴァン、お前には長い間、本当に苦労をかけたな」

 その隣に腰掛けているのは、漆黒の髪に藍色の瞳のこの国の第2王子、アレクサンドル様である。

「全て僕とローズのためでもあります。お陰様で、僕とローズは順調にいっています。殿下とソフィアには、本当に感謝していますよ」

「ここからもお前の協力が必要だ。イヴァン、よろしく頼むよ」

「分かっています。そういうですからね」



 僕はソフィアと約束、いや、協定を結んだ2年半前のあの日のことを思い出していた。

 12歳から髪の毛を少しずつ伸ばし始め、13歳の春にローズにアレクサンドル王子への恋の気持ちを告白をして数か月。そこから言葉遣いや仕草を少しづつ女性らしくしていったけれど、ついに僕が本物の道化師になる日がやって来た。

 そう、オネエキャラを演じようと決意し、初めてソフィアにオネエキャラで突っかかったあの日。13歳の秋のこと。

 いつものように授業が終わり、教室から廊下に出たところだった。ソフィアが1人で歩く後ろ姿を見つけた。

(よし! 今日こそ試してみよう!)

 まだちょっと恥ずかしかったけど、今日はいよいよオネエキャラを実践してみることにしたのだ。

「ち、ちょっとアンタ、悪いけど、私のアレクサンドル様に纏わりつくのはやめてちょうだい!」

 勇気を出して、オネエ言葉で叫んでみる。

「え!?」
「アンタよ、アンタ! アンタに言ってんの! いつもアレクサンドル様にベタベタして、目障りなのよ!」

 そう言った瞬間、ソフィアの目が見開いた。
 そして、ばっと彼女は僕の袖を掴み、誰もいない空き教室に、引きずるように僕を引っ張り込んだ。
 周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、彼女はおもむろに口を開いた。

「イヴァン様、‘オネエ’という言葉を知っていますか?」
「な、何のことかしら?」

 僕の演技は、何か失敗しただろうかと不安になる。

「イヴァン様が使われている言葉は、‘オネエ’言葉ですよね!?」
「?」
「この国にもオカマな貴族の人はいると思うけど、その場合、女らしく‘貴女’と言うと思います! ‘アンタ’なんていうのは、オネエですよねっ!?」

 僕は返答に詰まる。

 ―――彼女は何が言いたいんだ?

「この世界に、‘オネエ’という概念はおりません。イヴァン様、あなた、私と同類ですねっ!?」

 彼女の言葉を反芻してみる。

(オカマ? オネエ? ……同類?)

 ―――同類!?

 僕はまじまじとソフィアを見る。

 ―――つまり、転生者!?

 ここで、もう1つの真実が判明した。


 ―――ここからは、僕がまだローズに話せてない真実の裏の話。
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