彼の呪は密やかに紡がれる

ちよこ

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酒呑童子⑬

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「……そ、なた……」



梨花が浅い息の中掠れた声を捻り出す。
頼光は返り血を浴びた口元を歪めてまた薄く笑った。
何も、答えずに。




梨花は急ぎ晴明を抱き起こし、頬を叩くも元から白いその頬は更に血の気を失い、ピクリともしない。
貫かれた傷口からはとめどなく血があふれでていた。



「晴明……晴明……?」



体を揺すり、呼びかけるも、まるで反応がない。



「頼光殿……、なぜ晴明を……」



また涙に濡れそうな瞳を頼光に向けた。



「よく……元を断て、と言うでしょう?」



ようやく口を開いた頼光はそう言うと、貞光や季武、金時の方へと視線を滑らせた。

そこに今までいたはずの朱雀や童の姿がない。
式である彼らは晴明の意識と共に消失していた。



貞光達は手負いとなりながらも立ち上がり、綱だけに集中していた童子は背後から襲われ、組伏せられていた。
必死にもがくが四肢を固められていてどうにもならない。



『離せッッ!!』

「……離せと言われて素直に離す者がどこにいるでしょう?」



困ったように綱が笑った。
綱の息はあがり、狩衣は切り裂かれ、そこから覗く肌は深く抉れている。



「……もう、諦めてください。
今後あなたのような者が出ないよう、頼光様がこの世を変えてくださいますから」



血が伝う腕で太刀を握りしめる。



「やめろッ!お願いだからやめてくれ!!」



晴明を寝かせた梨花は童子に駆け寄ろうとする。
が後ろから伸びてきた手によって阻まれてしまった。



頼光が冷ややかな声色で囁く。



「梨花殿……、その願いは受け入れられません」

「どうしてだ……。どう……して……」



動けないよう、体をきつく抱かれながら梨花が繰り返した。



「我等の信念のためです。
何者も蔑まれない、平等な世を作るため、我等は手柄をたて、朝廷に恩を売らなければならない」



頼光の言葉に迷いはなかった。


童子の心情はよくわかる。
同情も、手助けしてやりたいとも思う。
だがそれは優先はされない。



『俺に礎となれって言うんだな……?』



身を捩りながら苦しそうに童子が言う。



「……大事を成すためには犠牲が付き物ですから」



綱は目を伏せ、呟いた。



突然、ふらつきながらも金時が酒瓶の蓋を開け、中身を未だ抵抗し続ける童子にかけた。

童子は次第に力が弱まり、しまいには指先一つ動かなくなってしまった。



「他のヤツがどんな事情を抱えていようが、どうなろうが関係ない。
俺は頼光様のために、頼光様の信じるもののために動く。
例え、悪だとされたって」



「……金時、相変わらず過激~……」



酒を僅かながらも被り、意識が朦朧としながらも貞光が言う。



「……けど、正論だよ。
俺達にとっての善は、正義は……、頼光様ただ一人だから……」



同じように朦朧とし、どこか虚空を見つめながら季武も言った。

金時は折り重なっている貞光と季武を脇に寝かせ、童子の水干を引っ張り、座らせた。
なすがままの童子は自然、首を差し出す形になる。



『……やっぱり、人間ってのは利己的な生き物だな。
吐き気がする』



脳内に流れ込む声が笑う。
改めて軽蔑したような、そんな笑い。




その笑い声は寂しくて。

……悲しくて。



「…………ッ……」



最初足を踏み入れたときとは比べ物にならないほどの頭痛が梨花を襲う。
あふれでる涙を拭うことも出来ずにただ見ることしか出来なかった。



「晴明……、そなたはこんな思いをいつもしていたのか……?」



兼家が死の床に臥せったとき、晴明がもらした言葉。
何もわかっていなかった。
何も出来ないことがこんなに辛いことだったなんて。
気楽に答えた事を後悔した。



「……せめて空を……」



しゃくりあげながら梨花が言う。
童子が語るその場にいたのか、それとも流れ込んできた声を聞いたのか。



生まれでたその時に見た空をもう一度。



綱が躊躇いながら頼光を見た。
頼光は見えるか見えないかの動作で頷くと、金時が童子の顎を持ち、空を仰がせた。



『ハッ……、最後の情けってやつなのか?
くだらない……』



顔こそ空を仰いではいるが、面をつけている童子が目を向けているかどうかはわからない。

淡々とした口調で童子は言葉を続けていく。



『……あんたらは信念だなんだって言ってるが、結局は自分がいい思いをしたいだけだろ?
そのために俺達の住処を次々と奪っていく。
……元々いたのは俺達なのに』



何もしていなくても、そっとしておいてはくれない。
存在するだけで罪だとされるから。



『俺は……、純粋な鬼でありたかった』

「……来世でその願いが叶うといいですね……」

『……それでまたあんたらに狩られるんだろ?』



童子はハハッと渇いた笑い声を上げた。

綱は困ったように笑うと、太刀を目にも止まらぬ速さで振った。
童子の顎を持ち、体を支える金時には掠り傷一つ与えずに。



灯りが、消える。

たちまち辺りは暗闇に包まれ、心細げな星明かりのみになった。

姿も表情もわからない中、何か固いものが地面に落ちる音がした。

他に聞こえるは圧し殺した悲鳴とすすり泣き。
戸を引っ掻き、打ち破ろうと叩く音。
それら全ては離れの庵から。



だがそれすらもやがて闇に紛れてわからなくなった。
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