彼の呪は密やかに紡がれる

ちよこ

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酒呑童子③

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茜射す空、
じきに日も暮れる。
よく考えれば、昼間に行っても良かったのだが、頼光達は京中の警護があったらしい。
彼等にとっては、鬼退治も一業務に過ぎないという事になる。

牛車に揺られる晴明と梨花。
先陣を馬で行くは頼光と綱。
貞光は牛飼いの役を引き受け、鞭を振り回しながら鼻唄を歌っている。
金時と季武は辺りに気を配りながら車の横にピッタリと寄り添うように歩いていた。 


「貞光は歌が上手いのだな」


廉を少しあげ、梨花が話しかける。


「上手いのは歌だけじゃないよ?
梨花殿も試してみるー?」


貞光はくすくすと笑い、指を梨花の顎に当てた。


「いや、いい。
わらわには晴明がいるからな」

「あっそ。
きっと今に後悔するよー?
だって晴明殿いい年でしょー?」


それはきっと皆が聞きたかったこと。
京中の誰もこの男の年を知らない。
兼家と親しかった事から考えれば相当な齢なのだが、とてもそうは見えない。
肌にはシワ一つなく、髪も艶やかに肩から流れていた。 


「……そういえば、そうだな」


梨花はちらと晴明を見た。
一体いくつなのだろう。
半分でも妖の血が入っていると不老になるのだろうか。


「……人の年を聞いても何の得もないだろう?」


凝視される事に多少の居心地の悪さを感じたのか、晴明は扇で顔を隠しながら言った。
扇を持つその手すらもピンと張りがあり、若々しい。


「そこまで年齢不詳だと化けもんだよねー」


いつもの調子で言った貞光に梨花が激昂した。
今までゆるゆると笑っていたのに。


「化けもんとはなんだ!!
貞光、言って良い事と悪い事があるぞ!!」



貞光がきょとんとする。
冗談で言ったつもりだったのに。


「あ、あー……、ごめんね?」 


「以後、口に出すな!
でないとその口を縫い縛ってやるぞ?」


貞光をビッと指差し、勢いよく廉を下ろした。
黙って見ていた晴明が扇の内で笑いをもらす。


「なにもそんなムキにならなくても良いだろ?」


貞光の言葉は皆が思っている事。
耳にしてないだけで、口々に言っているはずだ。


「だが……、冗談でも化け物などと言われるのは辛い」


漆黒の瞳を涙に揺らし、声を震わせて言う。
前に自身が言われた事が脳裏に蘇っているのだろう。 


「俺は別に気にしてはいない。
一種の呼び名だ。
何と言われようとも俺が俺であればいいだけだ」


ふわりと笑い、梨花を抱き締めた。
目の前のいじらしい彼女を。
もう随分一緒にいるが、初めてこんなに近い距離に彼女を感じた。

愛しいとはこういう事か。
友に対するものとは違う、どこか気恥ずかしい感情。 


指通りのいい髪をすきながら、ぬくもりを確かめる。
梨花は目を丸くしながらも晴明の背に手を回した。


「自分が言われた訳じゃないんだ。
俺が気にしていないんだからお前も気にするな」


袿を纏った薄い肩に白い顎を乗せながら晴明が言う。


「だが晴明……」

「実際半分とはいえ人ではない。
お前も初めて会った時言っただろうが。
慣れっこなんだよ」


皮肉を含めた笑いを見せると梨花はばつが悪そうに俯いた。
今思えば心ない事を言ったかもしれない。 

梨花は晴明の腕に抱かれたまま、袍に手をかける。
さらりと流れている美しい白銀の髪。
薄紫の袍によく映える。

日もとっぷり暮れた頃、押し黙っていた梨花が口を開いた。


「晴明、一つ聞いてもいいか?」

「くだらない事でなければな」

「なぜ人として生きる?」


思いも寄らなかった問い。
言葉に詰まっていると、梨花が体を離し、まっすぐに見つめてきた。 


「わらわは人だ。
どう足掻いた所でこの世で住まねばならぬ。
だがそなたは違う。
妖として生きることも出来る。
好奇の目に曝され、蔭で謗られてまでなぜ人として生きるのだ?」


まるで人の世を疎んじているような物言い。
なんて梨花らしくない言葉。
らしくない、とは偏見かもしれないが。

心にずっと巣食っていたのかもしれない。
深く沈み込ませ、意識の外に放り出して気づかぬようにしながら。 

いつも前向きで、そんなことを気にかけてなどいないように見えたのに。
それを今宵吐露するのは闇のせいか。
光のない今なら曝け出せる。

全ては闇に融け、跡形もなくなってしまうから。


「……たまたま生きる場所がここだっただけで、何となく、楽しいからだ。
特に意味はない」


大きな瞳から視線を外し、パタ、と扇を広げた。
梨花は変わらず晴明を見つめ続けている。

牛車の中に沈黙が流れた。
聞こえるのは再び歌い出した貞光の声。 

おもむろに梨花が立ち上がる。
明かりも射さないのに、物見窓を開けた。
外を覗き込み小さく瞬く星を眺めると、晴明の隣にピッタリと寄り添うように腰を据えた。


「月がなくとも綺麗だな」

「……そうだな」


梨花はそれきり、喋らなくなった。
晴明の肩に頭を預けたまま窓の外を見ている。
外では時折りからかわれた季武の叫ぶ声や相変わらずの笑い声が響いていたが、中は別の空間であるかのように物音一つしない。


 ──キィ、キィ……


ゆっくりとわだちは軋み、山へ行く。

その先に何が待っているのか。
鬼ではない鬼、果たしてそれはなんなのだろう。

空から一つ、星が山に落ちた。
薄桃色の長い筋を残して。
それはしばらくたゆたった後、姿を消した。 
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