ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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最終章

第84話 警察の追及

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それから舞は、千早にも真桜にも瑞穂のことは黙っていた。


あくまでも自分は何も気づいていないのだという体で、真剣に話し合いをしている千早と真桜を、何の関わりもない傍観者のように見ていた。


特に隠す必要なんかないのに、もしかしたらすぐに解決できるかもしれないのに、なぜか二人に彼女のことを言うことができずにいた。


どうして自分は、この期に及んで瑞穂を庇うようなことをしているんだろう。


だけど、正直分からなくなってきていた、というのが舞の本音だった。



この前瑞穂から友樹のことを話された時に、本当に彼女は悪なのだろうかという気持ちになっていた。


彼女もまた、友樹の件に関して罪の意識を感じていた。


自分が手渡したスプレーが原因で死なせてしまったことを、もしかしたら彼女が一番悔やみ苦しんでいたのかもしれない。


別な見方をすれば、彼女だって被害者だ。


彼女が犯人だとは限らないじゃないか、と。


けれどその一方で、このままでいいのか?と警鐘を鳴らす冷静な自分がたしかにいた。



そんなことをもやもやと考えていた時。



ピンポーン♪



陰鬱な気持ちとはミスマッチな陽気なインターフォンの音が鳴り響く。


ベッドに寝そべっていた舞は、勢いよく起きるとぼさぼさになった髪の毛を手櫛で直し、玄関近くに設置されているモニターを見る。


そこに映っている人物の顔を見て、舞は心臓が凍り付いた。


しっかりと一つに結ばれた髪に、大きな丸渕メガネ。


最初に会った際にインパクトがあったので、忘れるはずがなかった。


「…はい。」


「北白川署の倉田です。」


「なにか?」


舞は警戒しながら尋ねた。


モニターごしの倉田は表情を変えることなく、淡々と続ける。


「少しお話を聞かせていただきたいので、開けていただけますか。」


少しだけ迷ったが、舞は倉田を招き入れた。


ここで拒否をすれば、変に疑われてしまうだろうと思ったからだ。



今日は馬場とおじさん刑事はおらず、倉田一人のようだ。


玄関で立ち話もなんなので、と家の中に入れようかと思ったが、倉田は結構です、と右手を出して制した。


「すぐに終わりますので。」


「そうですか。…それで何か?」


「あなたの高校時代のことです。」


倉田は眼鏡の中の瞳を、すっと細めた。


何もかもを見透かされそうな瞳に、思わず舞はたじろぐ。


「高校時代、あなたの近くでおかしな出来事が起きたことがありますね?」


「…おかしな出来事、ですか。」


「新谷友樹さん、そして織部陽菜子さん。あなたの同級生であったこの二人が亡くなっていますね。そして織部陽菜子さんに関してはあなたの友人だった方ですね?」


「…そうですが。」


「では担当直入に聞きますね。」倉田はまっすぐに舞を見つめてきた。


「警察ではどちらも特に事件性がないということで済んでしまっています。単なる病死、そして自殺であると。あなた自身は今回の久賀拓海さんのことも含め、この三つの出来事をどう思われていますか?単なる偶然だと思ってらっしゃいますか?」


「そんなの…分かりません。私に分かるわけないじゃないですか。」


舞はできるだけ平常心を装って答えた。


この女性刑事の意図がまったく分からなかった。


どうしてこんな質問をしてくるのだろう。


何か目的があって聞いているのだろうか。


何も答えられない舞を見て、倉田は少しだけ表情を崩して「すみません、それはそうですよね。」と言った。



「では質問を変えますね。これは私個人的な意見ですが、三人とも何らかの事件に巻き込まれたのではないかと思っています。つまり何者かに殺害されたのではないかと。それについてはいかがですか。」


「それは…そうかもしれません。なにしろおかしな出来事が立て続けに起きましたから。今回のこともそうですけれど…」


舞がおそるおそる答えると、倉田は満足そうに頷いた。


「では、その誰か、には心当たりありますか?」


倉田が探るような視線を向けてきた。


大きな丸渕眼鏡の奥が、きらりと光ったような気がした。


「もしかして私が疑われてるんですか?」


「そういう訳ではありません。」


舞が眉を寄せて言うと、倉田は胸の前で慌てて手を振る。「単なる捜査上の質問です。」


「いえ……その、分かりません。二人とも殺されるほど恨まれていた感じでもなかったですし。拓海さんに関してもそうです。」


「そうですか。」


女性刑事は特にがっかりした様子もなく、素っ気ない感じで答えた。


何秒かの沈黙の後、倉田はふっと表情を緩める。


「お忙しいところありがとうございました。ご協力に感謝します。また何かあればお伺いすることもあると思いますが、その際はよろしくお願いいたします。」


倉田は頭を下げ、そのまま舞に背を向けて出て行った。



彼女を見送った後、舞は身体から力が抜けその場に座り込んでいた。
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